報われないロスジェネ研究者たち





第1回(更新日:2018年12月27日)

相沢勉・39歳

「結局ね、失敗を恐れずに挑戦しないといけない、なんてのは成功したから言えるんセリフなんですよ。僕みたいな中途半端な賢さを持った人間はいかにリスクを回避するかを最優先に考えないといけなかったんです。」

少し疲れた表情でそう語るのは相沢勉(仮名)。職業は研究者。来年40歳になる。

旧帝大の大学院で理学部の博士号を取り、そこの研究室で助教を2年間勤めた後、自身の研究活動の場所を海外に移した。

専門は分子生物学。大学院時代から一貫して細胞分裂の分子メカニズムを研究している。

「アメリカに留学した当初は、Cell/Nature/Scienceに論文を出して、早く独立して教科書を書き換えるような発見をしたい、なんて思ってたんですよ。それこそ寝ても覚めても研究のことを考えてましたよ。失敗なんか恐れずにひたすら頑張りながらね。でもね、ここ数年は、明日は何を食べればいいか、とか、来月の光熱費はどうやって出そうか、とか、次のアパートの契約更改のときにはどのくらい家賃があがるんだろうか、って、気がつくと生活のことばかり考えてるんですよ。研究プロジェクトのことですか?そんなの考えてる暇があったら、どうすれば少しでも安定した職に就けるかを考えますよ。」

自嘲気味にそう語る相沢の現在の職位(ポスト)はアメリカの某名門大学のInstructorだ。Instructorというポストは、研究職でのポストとしては日本ではまだ聞きなれないが、アメリカではそれほど珍しくはないらしい。

「Instructorは一応は大学の職員として扱われるので、研究者のトレーニング期間であるポスドクとは違うとされています。年金なんかも微々たる額ではありますがもらえますしね。とは言っても、やってることはポスドクと変わんないですよ。自分のアイデアをもとにした研究なんかできません。上に言われた実験をするだけです。給料も低いし、職の安定なんてのは全く期待できないですよ。」

相沢の給料は、その全てがボス(ラボのPI)がNIHから獲得した研究費(グラント)で賄われているらしい。PIは、Principal Investigatorの略で、一般にラボのボス(主宰者)のことを示す。

相沢によると、今のご時世では新たにPIになるのはほぼ不可能とのことだ。しかも、仮にPIになれたとしても、そこから待ってるのは、ラボの運営や自分自身およびラボメンバーの給料を確保するための資金集め競争らしい。多くのPIがあてにしているNIHのグラントは、その採択率が年々低下しているらしく、ラボをやめさせられるポスドク・Instructorが続出しているとのことだった。

「次は自分が切られる番かな、っていつも思いますよ。不安ですね。そうなっても大丈夫なように、僕の職位でも出せるグラントを出してはいるんですが、全然当たらないですね。もちろん、PI職の公募にも、出せるようなものは片っ端から出してます。全部書類審査で落とされてますけどね。」

一般に、PI職への応募やグラント申請をしながら実験をするのは時間的・体力的・精神的にかなりキツいらしい。だから、そういった書類の準備をしていると、どうしても実験が進まなくなる。すると、実験データが揃わないため研究論文が出せなくなり、業績が増えないのでPI職やグラント獲得からはますます遠のく。典型的な負の連鎖だ。

「もう僕も40歳ですからね、体力も気力も衰えてきているのがわかりますよ。若い人に勝てるのは経験かなって思っていたけど、PIにもなれずグラントも取れなかったら、若い人に勝る経験も手に入りません。30代前半で最初のグラントを取る人もいるし、40歳っていったらFull Professor(日本でいう教授)でなくとも、Associate Professor(日本でいう准教授)くらいは普通になってますもんね。」

相沢は日本での職探しも考えているようだ。だが、年齢がネックになり、思うような就職先は見つからない。しかも、会社への就職も難しいとのことだ。

「僕はずっと大学での研究にこだわっていたんです。やっぱり会社では自分の思うような研究ができなさそうだったから。なんですが、ここ数年は会社でもいいかな、って思うようになったんです。研究よりも生活が大事、って感じはじめたので。でも、そう思ったときは手遅れでした。会社経験もなく、研究者として独立すらできない40手前の中年を雇ってくれる奇特な会社なんてないってことに、就職活動をしてから気づいたんです。」

もう僕の人生は詰みです。最後にそう寂しそうに語った相沢の視線の先には何があるのだろうか。

執筆者:樋口恭介(サイエンス・ライター)
 編著に研究者の頭の中: 研究者は普段どんなことを考えているのかがある。

ページトップへ戻る

Copyright(C) BioMedサーカス.com, All Rights Reserved.