研究者インタビュー



2015年04月24日更新

米国国立がん研究所/米国国立衛生研究所 小林久隆 主任研究員

世界のがん研究の中心地である米国国立がん研究所(NCI)で、主任研究員としてご活躍中の小林久隆先生にお話を伺いました。

NCI の本部は、メリーランド州ベセスダという高級住宅やお洒落なカフェ・レストランが建ち並ぶ都会にありますが、広大なキャンパスは緑豊かで、ウサギやリス、色とりどりの野鳥に出会えます。鹿注意の標識を見つけた時にはまさかと思いましたが、思いがけず木陰に走り去る鹿の姿を見つけました。そんな素晴らしい環境の中に小林先生の研究室はあり、そこで革新的ながんの診断法・治療法が開発されています。

先生のがん治療法では人体に害がない近赤外光を使用するのが特徴的で、また従来の方法よりもがん細胞への特異性が高く、治療が難しいケースにも効果が期待できるという点で、大変注目されています。また、ご研究内容だけではなく、小林先生がこれまで歩んでこられた研究の道を振り返って頂きました。がん研究に対する先生の信念と患者さんへの思いを共感して頂けたら幸いです。


Q. 小林先生は現在どのようなご研究をされていますか?

私の研究室は、National Cancer Institute(NCI)/ National Institutes of Health(NIH)の Intramural の部門ある Molecular Imaging Program の中で Laboratory of Molecular Theranostics という名前の研究室です。Theranostics とは、最近使われている ”Therapy” と ”Diagnosis” とをくっつけた造語で、その名の通り分子を標的にした特異性の高い新しいがんの診断法(特にイメージング)、治療法を、生物学に限らず化学・薬学および物理・工学の知識や手法を用いて開発することを、主として行っています。

私自身が医者であり、若い頃に日本で10年以上、臨床の放射線診断、内視鏡診断、治療、病理診断など行ってきた経験がありますので、基礎の融合科学として高度であることのみならず、現実に臨床の場で役立つことを目指した開発を行っています。特に、近年力を入れているのが私たちの研究室で開発した Near Infrared Photoimmunotherapy(NIR-PIT: 近赤外光線免疫療法)の完成形への進化と臨床応用です。


Q. 小林先生の研究室で開発された NIR-PIT について教えてください。

NIR-PIT は、大変ユニークな治療方法です。近赤外光を照射することによって抗体薬剤が結合した細胞のみを、細胞膜を障害することによって破壊します。細胞は数分以内に膨れて破裂するため、破壊された細胞のすべての抗原が宿主の免疫系に露出されます。従って、生体内においても超選択的にがん細胞を殺傷できるだけでなく、壊した癌細胞の残骸に含まれるがんの特異的抗原に対して免疫反応を引き起こす事によって、この治療で壊れなかった局所のがん細胞や近赤外光の到達できなかった場所のがん細胞、ひいては遠隔臓器に転移したがん細胞にも効果を起こせる可能性があります。近年私たちはこの完成形の NIR-PIT をどのようにして現実のものにするかということを研究の中心においています。

もちろん、臨床で利用できなければ意味はありませんので、医療現場に使用しやすいように設計して開発を行っております。具体的には、がん細胞の特異抗原を認識する抗体に光を吸収する小さな化学物質を抗体結合させた薬剤と、体には全く害がなく深部まで貫通できる近赤外光のみを用いるので、人体使用への認可など臨床応用のハードルが低いことも重要な点です。

また、現実にがん患者に応用する場合に、NIR-PIT を行うことによって、ナノサイズの薬剤を10-25倍という高濃度でがん組織内に運搬できることも、この治療法の大きな利点で、使い勝手の良いのが特徴です。この点にも多くの外科医が興味を持っており、この方向で NIR-PIT とナノ抗がん剤を併用した臨床治験についても計画を進めています。このような点から、NIR-PIT はこれまでのがんに対する治療のアプローチを根本的に変える可能性がある方法と考えています。


Q. 小林先生は長くアメリカでご研究をされていますが、現在所属されている場所を選んだ理由は何でしょうか?

現在所属している場所を選んだ理由は、正直に言って「ご縁があった」としか言いようがありません。大学院博士課程を終えたら留学することは決めていたのですが、最初に留学する時に、「せっかくアメリカで学ぶのであれば、トップの研究所で学びたい。」とは思っていました。ですので、当時 NIH のクリニカルセンターで、私の関心のあった抗体-結合物を用いたがん治療に関連する研究と臨床治験をしていた、私のアメリカでの最初のボスであるホアヘ・カレスキロ先生(Dr. Jorge Carrasquillo, 現スロンケタリンがんセンター)に留学をお願いし、受け入れて頂きました。

NIH は、高度かつ自由度の高い研究ができ、そのため研究をすることが純粋に好きであるが故に、長く NIH で研究している著名な研究者が多いことも知ることができました。3年半のポスドク生活の間に、アメリカでの二人目のボスになるトマス・ワルドマン先生(Dr. Thomas Waldmann)を含め NIH 内で多くの良い共同研究者に恵まれました。ビザの関係で一旦日本に帰ったのですが、次のアメリカでのポジションを探した時には、共同研究者の先生方の援助を得て、また NIH に戻って研究することにし、そのまま Tenure になってしまいました。

ですので、アメリカ、日本両国でいくつかのお誘いを頂きインタビューにも何度も行きましたが、実際には他のアメリカの大学や研究施設で職を得た経験がないので NIH 以外のアメリカの施設の研究環境を知りません。ただ、最初に来た NIH の雰囲気や環境、周囲の研究者などが気に入ってそのまま居ついてしまった、という感じなのです。

NIH の研究環境は、素晴らしく豪華、というわけではありませんが、必要かつ十分で周囲の研究者のレベルも十分に世界のトップレベルですし、何よりも(アメリカを含め他の国でもなかなかないであろう)研究の自由があります。他分野の統合のような私の研究で競争的なグラントを取ることはかなり困難であっただろうと想像しますが、NIH の自由度がこのような融合分野の研究を可能にしてくれたものと考えています。

また、アメリカは人間関係がドライだと思われがちですが、良い研究仲間を作ること、上司に信頼されることなど、人間関係も非常に重要です。これは外部資金を獲得することも、研究を進めていく上でも、良い評価を得て研究室を維持して行く上でも必要不可欠なことです。もちろん、政治的に強い研究者も多いですが、日本との違いは、一人の強い研究者がその研究分野を牛耳ってしまうほどアメリカは狭くないところでしょうか。そういう意味で、実力が正当に評価される社会だと感じています。


Q. これまでのご研究活動の中で、苦労したこと・楽しかったことは何ですか?

私は早い時期から自分の興味を追求する道へと進んでしまいましたので、日本での直接の師匠といえる研究者がおりません。ですので、人の繋がりは自分で築いていくしかなく若いうちは特に苦労しました。また、NIH の寛容なボスのもとで、研究室に貢献するための日常の仕事以外に、自分の興味の仕事も許していただきサポートして頂きました。

しかし、自分の進めたい仕事をするために通常の時間に実験機器などを使用することができず、夜中の12〜2時の時間帯に忍び込むようにして実験しました。そうして頑張って成果を出していると、そんな時間にしか実験できないのはかわいそうだと思ってくれた共同研究者が、日中の時間を融通してくれるようになりました。そのような頃に共同研究者として研究が継続できるよう助けてくれたのが、現在のプログラムの Director であるピーター・チョイキ先生(Dr. Peter Choyke)で現在のボスになっています。

有名ラボで、政治的にも強い先生の元で実験してきた方には想像できないような経験をしてきたと思います。でも、ひとりで頑張っているときに助けてくれた人との出会いや、その人の協力で仕事が完成した時には、私にとって何よりも嬉しい出来事でした。


Q. 小林先生の将来の夢は何ですか?

将来といっても、もう53歳ですので、そう遠いことは考えられません。私の夢というか希望は、私が現役で頑張れるうちに、診断、治療含め私たちの作った方法で、少しでも多くのがん患者さんを救うことです。

私は医者として臨床で働いた11年間にも、十分に優れた医者であったという自負はありますし、それなりには世の中、そして患者さんの役に立てたことと信じています。ですが、アメリカに来てほぼ20年、その間に患者を診ることはなく研究しかしていません。しかし、新しい治療法を世に出すことで、一人の医者としてできたこと以上の社会貢献ができればと考えています。その点でも、特に光線免疫療法には大きな期待を寄せています。

この治療法の開発以来、かなりの労力をこの治療法を臨床に届けることに費やしてきました。よく、このような開発の仕事を論文にした折に、「5年後には臨床に」ということを耳にします。私もこの仕事を2011年の12月に発表した時に「5年後に臨床治験のめどをつけ、10年後までには患者さんを救う治療になるように」とコメントを出しました。

そして、今年2015年の3月には、NIR-PIT の技術をライセンスしたベンチャーの会社を通して、頭頸部癌の患者を対象にした最初の NIR-PIT の臨床治験(フェーズ1)を行うために、米国 FDA にIND (Investigative new drug)の申請をしました。ここまでは、論文を発表した時の私のコメントより、一年半の前倒しで進んでいると思います。このペースを維持して、患者さんを救う目標の実現まで頑張りたいと思っています。


Q. 貴重なお話をありがとうございました。最後に、若手研究者に向けてメッセージをお願い致します。

臨床の経験もあるので年はくっていますが、研究者としてのキャリアはまだ、NCI / NIHで約20年を費やしやっとTenureを取れたばかりの「駆け出し」であるかと思います。若い研究者の参考になるかどうかわかりませんが、若い情熱のあるお医者さんなどには、「医学部を出て、しかも臨床で働いてからでもこのような道もある」ということが少しは役に立つかもしれないと思っております。「患者さんの役に立つために」、ということは、医学研究をつづける大きなモチベーションになります。このような研究に興味を持ち進めてくれる若い先生方、一緒に頑張りましょうね。


(インタビュー:今清水真理)

小林久隆 医学博士(米国国立がん研究所 主任研究員) 
 Hisataka Kobayashi, M.D., Ph.D., Senior Investigator, Molecular Imaging Program
 Head, Laboratory of Molecular Theranostics, Center for Cancer Research,
 National Cancer Institute, National Institutes of Health
 https://ccr.cancer.gov/hisataka-kobayashi

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