研究者インタビュー
Tweet2015年06月09日更新
バージニア州立大学 高部和明 准教授
バージニア州立大学医学部の高部和明准教授にお話を伺いました。先生は分子生物学の基礎研究を行うラボを主宰されているだけでなく、外科臨床医としてもご活躍されています。バージニア州立大学病院の腫瘍外科は、アメリカの大学病院で最も古くに設立されたものの一つで、これまで多くの優秀な臨床医を輩出してきました。また、歴史ある腫瘍外科フェローシップ制度があり、このプログラムでは外科腫瘍学とがん研究の高度なトレーニングを2年間受けることができますが、毎年1人しか採用されない狭き門となっています。先生は2006年にこの名誉あるフェローシップを獲得されました。
インタビューを通して、先生の研究に対する確固たる信念と自分の理想に向かって歩み続ける強い決意を感じました。先生の教えが多くの若手研究者の糧となり、一人でも多くのがん患者さんが救われるよう心から願っております。
Q. 高部先生は現在どのような研究をされていますか?
僕は医学部の生化学・分子生物学教室で基礎研究を行うラボを主宰すると同時に、大学病院の腫瘍外科で指導医として外科臨床に携わりながら臨床に関係する研究を行っています。目指すところは基礎と臨床を双方向に結びつけるTranslational Researchです。基礎研究として主に取り組んでいるのは、癌におけるスフィンゴ脂質、特にスフィンゴシン1リン酸(S1P)の役割の研究です。癌研究の中でも、外科医として日々直面する、癌ができた後にそれが如何に悪くなり死に至らしめるかという癌進展過程の研究をしています。また、高度なTranslational Researchを行うために人の病態に近い動物モデルの確立にも力を注いでいます。
Q. 現在のご研究テーマの何が重要かを教えていただけますか?
S1Pの興味深いところは、脂質であるのにも関わらずタンパク質のように細胞情報伝達を担うことです。S1Pは細胞内でスフィンゴシンキナーゼ、SphK1あるいはSphK2によって作られ、細胞外へ放出されると細胞表面にある特異的受容体に結合することで、細胞増殖、移動、浸潤、そして血管新生など癌の生物学的特性に関係した働きをします。私達は、乳癌細胞から放出されるS1PはSphK2ではなく、SphK1によって作られること、S1Pは多剤抵抗性タンパク質であるABCトランスポーター、ABCC1とABCG2、そしてSpins2によって放出されること、細胞外へ放出されたS1Pは血管のみならずリンパ管新生も起こすこと、炎症性腸疾患起因性大腸癌においてS1Pは炎症と癌を結びつけていることなどを発見しました。今後はS1Pシグナル伝達経路が新しい治療のターゲットになる可能性を追求したいと思っています。
また癌研究以外としては、胆汁はS1P2型受容体と結合し、SphK2を介して肝細胞の脂肪代謝を司っていることを発見しました。これは肥満による脂肪肝の一因が核内のSphK2機能不全にある可能性を示唆し、脂肪肝の病態生理の新知見となりました。そして細胞内S1PはIL1によるケモカイン産生に必須であることも報告しました。
更に、これら基礎研究を人の病態理解、治療に結びつけるため、人の乳癌、大腸癌、膵癌と同じパターンで進行するネズミモデルを確立しました。人の癌進展を再現できる動物モデルは創薬において大変重要です。
2014年度高部ラボメンバー。東京慈恵会医科大学から青木寛明、日本医科大学から青木雅代、VCU外科レジデントのクリスタ・テラシーナ、シニア研究員のバーサ・ムコパッタイ、
VCU腫瘍外科フェローのレオポルド・フェルナンデス(敬称略)。
Q. 現在のご所属先を選んだ理由は何でしょうか?
僕がしたいと思うこと、自己実現できる割合が総合得点として一番高かったからです。もっと高名な施設はありますし、もっと住みよい場所もあります。多くの施設はより高い給料を提示してくれます。しかし、僕のオプションの中では、現在の所属先が一番、僕のやりたい研究をやりたいようにさせてくれ、やりたい手術をやりたいようにさせてくれます。所属施設を決めるとき、施設の格、施設のロケーション、給料を含めた待遇、研究室の広さなど利用できる設備、研究予算、将来性、家族の要望など様々な考慮すべき要因があります。ただ僕に言わせれば、結局のところ仕事をしに行くわけですから、仕事を通じて一番自己実現ができる場所が最適な場所だと思います。また、減点方式で決めると当初気づかなかった減点が後になって出てくることは多々あるので、なるべく得点方式で決めるのを勧めます。
密接に共同研究しているサラ・スピーゲルVCU生化学主任教授のラボメンバーと。
Q. 先生はなぜ基礎研究と臨床医を両立する道を選ばれたのでしょうか?
医学生の頃の僕は、臨床医が研究に関わる意義が見出せず、研究は業績を上げて出世するためのものだと誤解していました。臨床医は実験動物や、ましてや細胞の心配をする暇があるなら患者さんに寄り添うべきだと思っていたのです。それは、医学の教科書に書いてある事柄は全て立証された事実で、それらを全て覚え身に付ければ立派な医者になれると、未熟にも思い込んでいたからでした。ところが医師として働き始めると、行われている医療の実際の多くは科学的根拠の薄い慣習に基づいており、今日助けられない患者さんは、新しい手技や薬などのアプローチができない限り、明日も助けられないという現実に気づきました。その新しいアプローチを生むのが、研究です。研究は研究のプロに任せればいいという考え方もありますが、僕は臨床医が特に輝ける研究アイディア、領域はあると思っています。
NIH(National Institute of Health)大講堂での講演の様子。
Q. アメリカでPIになる夢をもっている若手研究者にメッセージをお願いします。
アメリカで働いていると、日本でもそうかもしれませんが、「勝ち負け」を強く意識します。独立した研究者として生き残るためには、「勝ち」続けなければなりません。それは、論文をインパクトの高い雑誌に採用させることであり、その業績とイノベーティブな仮説をもってグラントを獲得することです。アメリカで独立した研究者を続けるためにはNIHのグラントが不可欠です。大学職員としては、その上で講義、学生指導、更には研究・論文コンクールで表彰されるように指導することで、臨床医としては外来、回診、手術を合併症なしに成功させ、レジデントやフェローを教え、教え子たちを自分よりも高い舞台へ立つサポートをすることです。日本からの留学生ポスドクを受け入れている場合には、留学生が帰国してから日本でも輝けるように力を付けさせることもその範疇に入ります。更に僕自身のキャリアアップのためには、論文やグラントの審査員、雑誌のエディトリアルボード、そして国際的に著名な学会の委員会等をこなし、学会を開催したりネットワーキングを通じて学者として世界的に認知される必要があります。こう書くと、アメリカで研究者や臨床医をするのは大変だと思われるかもしれません。実際、多大な労力と時間を要しますし、日々自分の能力、才能の限界に挑戦し続けているような気にもなります。一方で、それだけ自分を追い込まなければできない仕事であるからこそ、達成感は一際高いですし、勝ち続ければ自分の立つ舞台はどんどん大きくなり、更にやりがいのある仕事が廻ってくるようになります。
若手の研究者のみなさんには、「負けるかもしれないから、止めておこう」と考える人もいるかもしれません。実際、僕がそうでした。アメリカに来る前の僕は、先ずは負けた時のことを考えていました。勿論、第一案がうまくいかなかったときに第二、第三の案を考え用意しておくことは最終的に勝つために必要ですが、最初から負けを考えてしまうと本気で勝ちにいく意気込みが弱まり、結局負けてしまう可能性が高まるような気がします。僕の場合、諸般の事情からアメリカでは負けるわけにいかない、負けるというオプションがなくなってしまったことから、背水の陣でのぞみ、是が非でも、石にかじりついてでも勝ちにいく以外道はありませんでした。アメリカでは自分の努力と成果に合わせて活躍できる舞台がどんどん広がります。巡ってきた数少ないチャンスを、その時々にモノにできるかどうかが勝敗を決めるのだと思います。若手のみなさんには、勝てると思える勝負には負けを恐れないで勝ちにいってほしいと思います。
世界最大の癌学会であるASCO(American Society of Clinical Oncology)の代表としてFDA(US Food and Drug Administration)会議にて発言している写真。
Q. 貴重なお話をありがとうございました。最後に、先生の将来の夢を教えてください。
柳田邦男によると、国立がんセンター三代目所長だった久留勝先生は、「一人の外科医は生涯でせいぜい千の単位の患者しか救えないが、政治は十万の単位を救える」といったそうです。僕は政界デビューする気はありませんが、僕が十人優れた後輩を育てれば万の単位、百人育てれば十万の単位の患者さんを助けられると思っています。よって、将来はより多くの後輩にインパクトを与えられるような仕事をしていきたいと思っています。Translational Researchの研究者としては、今助けられない患者さんを助けられるような研究を成就したいです。
(インタビュー:今清水真理)
Kazuaki Takabe MD PhD FACS
Virginia Commonwealth University School of Medicine
Associate Professor of Surgery
Associate Professor of Biochemistry and Molecular Biology