研究者インタビュー
Tweet2015年08月11日更新
マックスプランク心肺研究所 中山雅敬 グループリーダー
ドイツのマックスプランク心肺研究所で、グループリーダーとしてご活躍中の中山雅敬先生にお話を伺いました。
マックスプランク研究所はドイツを代表する学術研究機関で、幅広い分野の研究者が集結しています。中山先生が所属されているマックスプランク心肺研究所は、世界的に有名な温泉リゾート地であるヘッセン州バードナウハイム市にあります。研究所の建物は、歴史あるold buildingと2007年以降に建てられたnew buildingに分かれており、中山先生の研究室はold buildingの中にあります。
中山先生はこれまで、血管新生における血管内皮細胞増殖因子受容体(VEGFR)の働きについて先進的な研究をされてきました。インタビューを読んで頂くと、先生が心から研究を楽しんでいらっしゃることが伝わることと思います。「研究はたのしいですよ」との、先生のお言葉が忘れられません。
Q. 中山先生が研究者を志したのはいつ頃からでしょうか?
漠然と子供の頃から研究者になりたいと思っていました。中学生になって 柔道を始めました。他の子よりも少し力が強かったこともあり、試合で勝てたので大学4回生で引退するまで熱中しました。高校、大学の時は学業がおろそかになりひどい成績でした。しかし、いつも心の中に研究者になるぞという気持ちがありました。
そういった中、次第に「存在・思考に対する疑問というのは人間が知性を持って以来あり続ける。昔の人はその疑問に哲学、文学、宗教などで答えようとした。生物学が発達した今、いずれその疑問に答え得る知識の体系が出来上がるのではないか?だとしたら、その後も哲学、文学、宗教は同じ輝きを保ち続けるのか?知識の体系を一人で作れるとは思わないが、ブレークスルーを生み出すことで大きく進めることができるのでそれを目指したい」と考えるようになりました。
その話を大学院でお世話になる貝淵弘三先生にしたところ「君にとってベストなラボはここだ、ここに来なさい」と言われ研究の道に入りました。ちなみに大学院時代の生活を含め世の中理不尽なことだらけですが、そういった時に力を出せるのは10年間続けた柔道の経験があったからです。
Q. 現在のご所属先を選んだ理由をお聞かせください。
2010年に参加した学会の質疑応答の時に発言したことがきっかけで、英国のある大学からポジションの打診を受けました。それまではポスドク後は日本のどこかに帰れたらいいや、と考えていましたが、それがきっかけになり欧米で独立することを考え始めました。そこでJob huntを本格的に始める前に、ポスドク時代のボスや、日本にいた時に貝淵先生の研究室にお客さんとしてやってきて、観光に連れて行ってあげた外国人研究者などに色々アドバイスをいただこうと、話をしたりメールをしました。
その結果、そこから話が展開しポジションに応募する前に幾つか打診を受けました。そういうことを繰り返した結果、最終的にはアメリカの大学と現在のポジションからオファーをいただきました。当時アメリカの研究を取り巻く経済状況は厳しく、大変名誉なポジションでしたが、当面、つまり独立後5年以内にどちらの方が研究が進むかをよく考え、当研究所で独立することにしました。ドイツでポスドクをやったため、勝手を知っていたというのも大きいかもしれません。
ちなみに、マックスプランク内はほぼ全て英語で研究が行われるので語学の心配をする必要はありません。
Q. これまでのご研究活動の中で、苦労したこと・楽しかったこと・辛かったことは何ですか?
辛い時は、自分がユニークかつ本質的だと思ってやっていたことが、学会などに行き 競争のど真ん中だったと気づく時です。同時に自分の小ささを再認識し不安にもなります。他の人の仕事を見て、自分ではとても思いつかないような、本当にユニークな研究だと感じる時は素直にすごいと思いますし、そういうのを見ると楽しいです。また同時に自分の限界を思い知らされるような気がして辛い気持ちになります。
サイエンティフィックに自分たちが正しいと思っていることがフェアに扱われていないと感じるようなこともありますが、そういう時も辛いです。苦労するのはそういう難しい状況にあっても自分たちの主張を証明しないといけないことでしょうか。技術的限界や様々な事情で、いつも完全なデータを作れるわけもないので苦労しますし、先々のことが不安になります。楽しかった時は新しいことを見つけたとか考えたと思う瞬間で、わりといつもです。予想と全く違う結果が出てその意味がわかった気がする時はとても楽しい。あと、自分たちの提唱した概念が分野の概念を進めたと感じた時は楽しいですし、それが他のグループから追試という形で出てきた時は安心します。
Q. 現在キャリア構築を考慮して研究に励んでいる若手研究者の方へ、メッセージがありましたらお願いします。
31歳の時に日本を離れてドイツに来て、それから8年が経とうとしています。 今でもその時と同じような気持ちでいるので、若手研究者へのメッセージ、といわれると違和感を感じます。ただ、一点当時と違うことがあります。
当時はポスドクが余っていると言われており、アカデミックなポジションが足りないと言われ続けていました。そんな中、大学院時代お世話になった先生のラボを離れ、なんの所縁もないドイツに来て自分の将来は大丈夫なのか? と不安になることもありました。しかし、仕事の方向性は自分で決められますが、めぐり合わせもありポジションのことはいくら考えても自分だけでは決められないことが身にしみてわかりました。そこで後者は気にすることをやめました。
サイエンティストにはこれまでの実績に応じた賞味期限があります。一昔前のように牧歌的に研究ができる時代は終わったのかもしれません。ポジションや将来の心配よりもどうやって自分のサイエンスをよくし、自分を改善するかに集中すべきです。賞味期限の中でやっている限り、結果はついて回るものだと思います。サイエンス全体にインプット、アウトプットができるように頑張りましょう。
Q. 貴重なお話をありがとうございました。最後に、現在研究に興味がある、または研究者を志している高校生・大学生・大学院生へメッセージをお願いします。
ヨーロッパの生活はアメリカの生活と異なります。長男が通う学校はドイツの公立学校ではなくEU系の学校で、その入学式の時に校長先生が言っていたことがこちらに来てから聞いたことで一番印象に残っています。校長先生は「君たちがこの学校で学ばないといけないことは色々あるけれど、一番大切なことはto learn how to manage the differencesだ」とおっしゃいました。これはアメリカに行くとおそらく“how to overcome the differences”になると思いました。
違いをmanageするにはまず違いを知ることが必要です。そのためには自分自身を違う環境に晒すことが一番だと思います。日本人としてのアイデンティティを確立し是非違いを知ってほしいです。それは時には苦痛ですが、往々にしてエキサイティングなことです。そして日本人としてボーダレスに活躍する人が増えてほしいといつも考えます。PhDほど海外で働くのに有効な資格はありません。医師・弁護士の資格より、英語の試験で高い点数を出すことよりも、海外で仕事を見つけるには遥かに有効です。
研究を志向してください。研究は楽しいですよ。
研究室のメンバーと一緒にディナーに行った時の写真。右端が中山先生
(インタビュー:今清水真理)
Masanori Nakayama, PhD
Group Leader
Max-Planck-Institute for Heart and Lung Research
Laboratory for Cell Polarity and Organogenesis