研究者インタビュー
Tweet2015年10月13日更新
オックスフォード大学 秋吉文悟 グループリーダー
英国オックスフォード大学で、グループリーダーとしてご活躍中の秋吉文悟先生にお話を伺いました。秋吉先生は2010年に Harold M. Weintraub Graduate Student Award を、2015年には R.R. Bensley Award を受賞され、Biochemical Societyにおける2016年度のEarly Career Research Awardの受賞者にも選出されています。いずれも生化学や細胞生物学の分野で活躍が目覚ましい若手研究者に授与される賞です。
秋吉先生の夢は、「試験管内において完全に人工的な動原体をもつ細胞をつくりだす」ことだそうです。動原体の機能を解明するために、実験生物として先生が選んだのがトリパノソーマでした。この生物についてご存知ない方のほうが多いのではないでしょうか。その認知度が示すようにトリパノソーマは主流なモデル生物ではなく、先生のようにこの生物を使って未知の目的タンパク質を特定し、それらの機能を解明するという試みはとても大胆で、大きな賭けのようにも思えます。その賭けがいつもうまくいくとは限りませんが、秋吉先生はご自身のしたい研究を突き進め、結果として新しい道を切り開かれました。強い心と旺盛な好奇心で「一度しかない(研究)人生」を突き進む秋吉先生の姿勢に共感して頂ければ幸いです。
Q. 秋吉先生はどのようなご研究をされていますか?
2003年に学部卒研生として実験を始めて以来ずっと、動原体の研究をしています。動原体は、セントロメアDNA上に形成されるタンパク質複合体で、真核生物の染色体分配に必須な働きをします。学部時には分裂酵母、大学院では出芽酵母、ポスドクからはトリパノソーマを扱い始めて今に至ります。
Q. 現在のご研究テーマの何が重要かを教えていただけますか?
1980年代に最初の動原体タンパク質が同定され、その後複数のモデル生物で研究が進んだ結果、動原体の基礎構造を形成する約30のタンパク質は酵母からヒトまで保存されていることが分かってきました。さらに昨今のゲノムプロジェクトにより、様々な生物において保存されていることが判明したため、全ての真核生物は似たような動原体タンパク質を使っているのではないかと広く考えられるようになりました。
しかしながら、トリパノソーマを含むキネトプラスト類においては既知の動原体タンパク質のホモログがバイオインフォマティクスにより全く見つけられず、どのような動原体タンパク質を有しているか長い間謎でした。ポスドク時代に、Trypanosoma bruceiで同定した19個の動原体タンパク質が他の生物のもつ動原体タンパク質と似ても似つかないことから、キネトプラスト類は独特な動原体タンパク質を持っていることが判明しました。なぜこれらの生物群だけが独特なタンパク質を用いるのかというのは不思議なところです。
一つの可能性として、キネトプラスト類は真核生物の中で最も早く分岐したのではないかという仮説があることから、これらの生物は真核生物の進化の歴史の早い段階で独特な動原体タンパク質を作り出したと推測することもできます。いずれにせよ、動原体としての目的は他の生物と同じことから、これらのユニークなタンパク質がどのように動原体機能を果たしているのかを明らかにすることにより、真核生物の動原体たるには何が本当に必要なのかを現在調べています。またトリパノソーマと近縁の種は病気を引き起こす寄生虫であるものも多く、将来的には動原体機能を阻害する薬剤を開発し、これらの寄生虫を駆逐できればと思っています。
秋吉先生の研究室。オープンプランラボなので、となりの研究室とのしきりはない。
Q. 現在のご所属先を選ばれた理由は何でしょうか?
2004年からシアトルのFred Hutchinson Cancer Research Centerで大学院生として研究をした後、2010年からオックスフォード大学のSir William Dunn School of Pathologyという学科で、トリパノソーマの動原体タンパク質を同定するためにポスドクを始めました。最初の1つを同定するために2年間費やしてみようと思って始めたのですが、1年もたたないうちに12個見つかってしまいました。そのころ別の学科で開催されたセミナーを聞きに行く機会があり居合わせた教授とたまたま話したところ、Biochemistry学科で独立しないかとの誘いを、とある月曜日に受けました。
ヘッドハンティングみたいに聞こえもしますが、自分で外部からの研究費を取ることが必要条件で、大学からの金銭的援助は皆無です。当時、ポスドクを始めて間もないころで、トリパノソーマに関する論文はまだありませんでした。しかも締め切りはその週の金曜日ということが判明します。しかし、とりあえず応募してみようと出してみたところ、ありがたいことにWellcome Trustという財団からグラントをいただけることになりました。
その後、トリパノソーマの培養部屋を用意してもらうのに1年かかり、2013年から自分のグループを始めることになりました。日本やアメリカとは仕組みが違うことも多く、戸惑うこともありますが、少人数のグループで楽しくやっております。
Q. これまでの海外留学生活の中で、苦労されたことは何ですか?
なにかと便利な日本とは違い、海外で生活すると大変なことも多いです。例えば、イギリスに来てから既に5回も労働ビザ申請をしました。イギリスで申請できない場合は日本での申請となるので、実験を最低2週間は止めなければなりません。
イギリス国内で申請できる場合はパスポートが3ヶ月間手元にない状態になり、その間国外の学会等には行けませんでした。毎回のビザ申請の料金も安くなく、家族全員分となると大変です。さらに今年の4月からは健康保険付加料というものが導入され、ビザを取るのがさらに大変になりました。来年また申請しなければなりません。
Q. 先生はトリパノソーマという、あまり馴染みのない生物を扱っていらっしゃいますが、この生物を用いて実験を始めた当初の周りの反応はいかがでしたか?
主流のモデル生物ではない、しかも寄生虫という、多くの人にとって得体のしれない生物の得体のしれない動原体を研究し始めて5年が経ちました。このプロジェクトを始める前は、なぜそのようなことをするのか、そんなことをして意味があるのか、と理解されないことも多々ありました。
最初の3年間はその構成タンパク質を同定するのに費やし、得体のしれないタンパク質を多数発見しました。現在はこれらの動原体タンパク質の機能を研究しています。何年かかるのかわかりませんが、このように得体のしれないものの正体を明らかにしていくのが研究の醍醐味だと個人的には思っています。周りの人の意見を聞くのも大切ですが、その上で自分の意思を貫くことも大事だと思います。
Q. 貴重なお話をありがとうございました。最後に、若手研究者・大学院生へのメッセージをお願いいたします。
流行りに流されず、自分が一番やりたいと思う研究、自分でなければできない研究というものを目指してはどうでしょうか。自由な発想で。自分がやらなくても他の人がやれるものを研究してもあまりおもしろくないと思います。一度しかない(研究)人生、楽しんで下さい。
(インタビュー:今清水真理)
Bungo Akiyoshi, Ph.D.
Group leader, Sir Henry Dale Fellow
Department of Biochemistry
University of Oxford
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