研究者インタビュー
Tweet2015年11月20日更新
ロックフェラー大学 船引宏則 教授
米国ロックフェラー大学でご活躍中の船引宏則教授にお話を伺いました。ロックフェラー大学はニューヨークのマンハッタンにある大学院大学で、生物・医学系の研究機関としては世界屈指の有名校です。これまでに多くのノーベル賞受賞者を輩出し、生物学・基礎医学分野を牽引してきました。
船引先生は京都大学理学研究科で博士号を取得された後、カリフォルニア大学サンフランシスコ校とハーバード大学で博士研究員としてご経験を積まれ、2002年に助教授としてロックフェラー大学で研究室を開設されました。 大学院生の時に細胞分裂期における染色体動態の美しさに魅了されてからずっと、その時のご研究に対する情熱をそのままに、ロックフェラー大学で教授に昇進された現在も染色体分配のご研究に邁進されています。染色体分離の分子メカニズムに真摯に取り組む船引先生の熱意が伝われば幸いです。
Q. 船引先生は大学院の頃から一貫して染色体分配のご研究をされていますが、この分野を選ばれたきっかけは何だったのでしょうか?
実は、学部の時は化学専攻だったのですよ。生物の前に化学をマスターせにゃあかんやろと考えていたので。ところが、実際には京大合唱団というサークル活動に8割ぐらいのエネルギーを注いでしまいました。授業は真面目に出ていたのですけれど、ハートはそこに無かったですね。
その合唱団は、200人規模の運営を全て学生でやっていたので、ソーシャルアクティビティから派生する諸問題について常に対応しなければなりませんでした。一回生のころは上回生の運営に文句ばっかり言っていたのに、いざ自分たちが責任回生になった時、そのレベルに到底及ぶことができなかったという痛い経験は、大きな教訓として心に刻まれていますね。多分、われわれはあまりに音楽に対して「真剣」であることを重視して、より多くの団員が「楽しむ」ためにはどうしたら良いのか、ということについてきちんと向き合っていなかったのではないかと思います。より良い音楽ができれば、楽しくないはずがないと思っていたけれど、楽しい練習をするための工夫が足りなかった。このあたりの点については、ラボヘッドとしても、親としても、まだまだ修行が足りないなぁと感じていますが、今ならネットでもっと技術的なこととして共有できるのかもしれませんね。
2010年に新築されたGreenberg Buildingと、
船引研があるSmith Hall(左)。
脱線しましたが、専攻分野の決め手の話に戻ります。もともと哲学的な問題を夢想するのが好きだったので、脳が思考するメカニズムを解き明かしたいな、とボンヤリ思っていましたが、京都大学では、このテーマでピンとくる研究室が見あたらなかったのですよね。カドヘリンで有名な竹市雅俊先生の研究室が脳研究に繋がるように思えましたが、大学院入試の競争が激しかったので避けました。実際に竹市研の出身者の方々はニューロサイエンスの分野で多数活躍しておられます。
一方、分裂酵母で有糸分裂の研究をされていた柳田充弘先生は、とにかく厳しいことで有名で、それで敬遠する人も少なくなかったのです。でも、お話を伺っていると、次々とあくの強いオピニオンを主張されて、とても面白かったのですよね。研究内容やメンバーのクオリティも高く、ここならみっちり鍛えてもらえるのではないかと期待しました。もちろん、染色体分配の研究が、自分の大学院時代を賭けるに値するものかどうかは悩みました。結局、生命現象の最もファンダメンタルなものの一つであるということと、染色体が分離する様子というのがとにかく美しいということで決心をつけました。
染色体分離の分子メカニズムが、ほとんど何にも分かってなかった一方、細胞周期の研究分野がどんどん進んでいるという雰囲気にも惹かれました。実際に、柳田先生の研究室は世界の最先端で戦っているエネルギッシュな雰囲気に満ちていましたので、限界ぎりぎりまで働くのは当たり前という感じでしたね。精神的にきついことも多かったですが、柳田研を通して世界中の一流研究者の方々と交流ができたのはものすごく大きかったです。学会などでも、とりあえず柳田さんの話題をしておけば場が盛り上がったりするので、そういう面でもとても助かっています。ラボに在籍した頃は、随分反発したりもしましたが、むしろ自分がラボヘッドになってから、本当に凄い方だということをひしひしと感じていますね。
Greenberg Buildingの内部。吹き抜けを中心に、各種会議室や、
気軽にディスカッションできるソファや椅子が配置されている。
明るく、気分が軽やかになるデザイン。
Q. 現在のご研究内容について教えてください。
生命の凄さというのは、様々な時空間スケールで必要な構造体・システムを構築し、いらなくなったら再構成できることだと感じています。染色体DNAが複製され、正確に分配される過程でも、スピンドルや核膜といった装置が染色体の周りに一時的に構築されては分解されてゆきます。わたしたちが研究に用いているアフリカツメガエル卵抽出液は、これを細胞外で再現できる唯一のシステムなんです。この様子を見ていると、一度壊した卵から取り出したシステムが、まだ生きていることが実感できて、いまだに「すげぇなぁ」と思います。しかも、精製したDNAをアフリカツメガエル卵抽出液に加えると、DNAの周りにスピンドルや核が自然に形成されるのです。
では、DNAは、それらの構造体の構築をどうやって誘導しているのか?DNAに結合する最も多量で重要なタンパク質はヒストンです。でも、ヒストンは、転写制御を含む、あまりにも多岐にわたる役割を果たしているので、ヒストンの役割をピンポイントで決定するのはin vivoのシステムだけは難しかった。最近、私たちの研究室では、アフリカツメガエル卵抽出液で、ヒストンの機能をより直接的に検証できる実験系を構築しましたので、現在はこれとプロテオミクスや新たなイメージング法を組み合わせながら、ヒストンの染色体分離・分配における役割を決定していっているところです。ヒストン以外の染色体タンパク質でも、これまで全く知られていなかった機能を発見できたり、この分野はまだまだ分からないことだらけなんですよ。
船引研メンバー(2015年4月)。ヨーロッパからの短期ポスドクフェロー二人も交えて。
Q. ロックフェラー大学の魅力をお聞かせください。
ロックフェラーの魅力の一つは、研究に集中できるためのサポート体制がとても充実していることだと思います。大学院大学ですので、ラボヘッドは77人と規模が小さく、学部に分割されていないため、事務系などのサポートチームとのコミュニケーションが非常にスムーズにできます。それぞれのスタッフが、この大学で働けることに誇りをもっておられることを感じることができるのも嬉しいですね。
清掃や学内育児所のスタッフから学長まで、全学をあげて祝うパーティが、学位授与式、クリスマスと2回あります。また、10年以上の勤続表彰も職に関わらず行っていて、盛大なお祝いをします。学内バーでは、月・水・金とビールが無料で提供されるなど、大学に属するあらゆるメンバーが、コミュニティの一員と感じられるような工夫がいくつもなされています。
ニューヨークという街も、最初はうるさくて汚いところだと文句も多かったですが、どんどん好きになってきています。何と言っても、世界中からエネルギッシュな人達が集まってくるのが素晴らしいです。サンフランシスコ、ボストンも素敵な街でしたが、ニューヨークは自分が異国人であることについて全く引け目を感じないという点で特別です。様々なバックグラウンドの持ち主がもたらす多様性こそがニューヨークの魅力ですね。
いろんな人がいるということは、とても親切な人が周囲に必ずいるということでもあります。道や地下鉄で困っていることがあれば、必ず誰かがサッと助けてくれます。皆さん子供にも優しいですよ。ニューヨークの物価や家賃は高いのですが、大学院生やポスドクには、大学所有のアパートを格安で提供していますので、若い間にカッティング・エッジの研究と、ニューヨークというエキサイティングな街を、生活の不安無しに楽しめるというのが当学の魅力でもあります。
Q. ご研究以外で興味のあることや趣味などありましたら教えてください。
今まで挑戦して、才能の無さを思い知り挫折した趣味は数知れず。ピアノ、ギター、歌、テニス、生け花、陶芸、絵画、などなど。基本的に不器用なんですよ。それでも、渡米以来、必要に迫られてやってきた料理は、どんどん面白くなってきています。共働きの身としては週末に作り溜めておいたり、冷凍食品やデリバリーをうまく利用すればよいのでしょうが、ほとんど毎日、夫婦で分担して弁当と夕食をつくっています。感謝祭のターキーや、正月のお節など、大がかりな料理がうまくいくと達成感を得られます。実験と似ている部分もありますが、すぐに結果がでるし、割と高い確率で人に喜んでもらえるのがいいですね。
あとは、山登りも好きなので、子供たちがもう少し大きくなったら、アメリカ国立公園の大自然の中をテントを担いで一緒に探索して回りたいと思っています。それの準備も兼ねて、今は、週一のペースで、セントラルパークを走っています。四季の変化を感じられる朝のセントラルパークは、とても気持ちいいですよ。
決して広くないキャンパスに涼やかさと空間的広がりを
感じさせてくれている高木のLondon plane(プラタナスの一種)と、
Founders Hall。奥の図書館では、野口英世博士の
胸像を見ることができる。
Q. 貴重なお話をありがとうございました。最後に、アメリカに研究留学を考えている学生に向けてメッセージをお願いします。
アメリカに、生命科学系大学院生として進学するというオプションについて、参考までにお話しておきたいと思います。
アメリカの研究所、大学院には、世界中から一流の研究者が集まって来て、自然に彼ら、彼女らと交流できることが大きな魅力です。それに、研究室の数が桁違いに多いですから、日本では出来ないような研究もできることがあるでしょう。それ以外に、システム上の特色を三つあげておきたい思います。
まず、大学院生に給与が支給されること。給料を貰いながらトレーニングの機会を得られると考えれば、例えその先のハードルが高くてもチャレンジしてみようと思えるのではないでしょうか。
二つめは、大学院生に対する手厚い支援体制があるということ。例えば、1年目には、自分とマッチする研究室を探す「お試し期間」である、ローテーションシステムがあります。ロックフェラーのローテーションは特にユニークでして、大学院生1年目に経験したい研究室の数や期間を自由に決められます。2年目以降、指導教官とうまく合わなければ、他のラボに鞍替えすることも決して難しくありません。Thesis projectに取りかかってからも、年一回、指導教官以外の最低2名の教官と研究の進捗状況をディスカッションするthesis committee meetingが必須となっています。その際、ラボの問題やキャリアについて相談する機会も設けられています。このミーティングの報告書は、指導教官以外がなる座長によって、Dean's officeに文書で報告されます。大学院生の研究面や生活面の相談できる窓口は、Dean's OfficeやHuman Resources Officeなど複数あります。アメリカの大学院プログラムは、合わないラボにはまって抜けられなくなるということがないように積極的に工夫していると思いますね。逆に、教官の方も、大学院生に問題がある場合は、それを相談する方法がいくつかあるわけで、thesis committee meetingはこれらの問題をフェアに評価するためのシステムとして機能しているという一面もあります。このような体制は、他の大学院プログラムとの院生獲得競争や、NIHから大学院のトレーニングプログラムの援助を受ける場合、大学院生の教育・支援体制について厳しく審査されていることの影響が大きいでしょうね。とにかく、人が関わることでは、フェアに対処するという意識が徹底していますね。
三つ目は、Ph.D.取得後のキャリアオプションが、日本よりもはるかに多彩なものがあるということでしょうか。大学院では、問題を見つけ、仮説、実験計画を立てて実験をし、データを批判的、論理的に考察し、他人に伝えるー筆記、口頭プレゼンテーションーというトレーニングをみっちり積みます。このような能力が鍛えられたPh.D.取得者は、アメリカではアカデミア以外の分野でも高く評価されているように感じます。専門知識というのはもちろん重要なのですが、常にアップデートされる大量のデータ、情報にすぐにアクセスできる現代では、それをクリエイティブに使える能力がますます評価されるようになってきているのかもしれません。
とは言え、大学院選びで最も重要なことは、自分に合ったメンターに出会うこと。日本にも素晴らしい先生方が数多くおられます。運良く、そのような先生に出会うことができたならば、研究者の修行という面では、大学院の段階であえて海外留学する必要はないと思います。日本だと、学部時代にクラブ活動などにエネルギーを注いでいたとしても、院試の勉強さえしっかりしておけば、大学院から切り替えてスタートできるというのも魅力ですしね。一方、アメリカの大学院に入るためには、相当の英語力、コミュニケーション能力、充実した研究経験が要求されるので、かなり早い段階から意識的に準備をしておかなければなりませんから。しかし、ロックフェラーの日本人大学院生たちを見ていると、皆さんとても逞しく成長されていると思います。最近、日本人の留学生が減っているということですから、逆に、今、留学することは、自分を差別化するチャンスだという考え方もあると思いますが、いかがでしょう。
キャンパスの東側を流れるEast RiverとQueensboro Bridge。
(インタビュー:今清水真理)
HIRONORI FUNABIKI, Ph.D.
Professor, Head of Laboratory
Laboratory of Chromosome and Cell Biology
The Rockefeller University
http://www.rockefeller.edu/research/faculty/labheads/HironoriFunabiki/