研究者インタビュー
Tweet2016年1月13日更新
シンシナティ大学 佐々木敦朗 助教授
米国シンシナティ大学(UC)でご活躍中の佐々木敦朗助教授にお話を伺いました。 UCはオハイオ州シンシナティの郊外に位置し、多くの優れたプログラムと美しいキャンパスが魅力的な大学です。佐々木先生の研究室は、世界的建築家のFrank O. Gehry氏が手がけたThe Vontz Center for Molecular Studiesの1階にあります。
先生は自らを“GTPギーク”(ギーク(Geek)はマニア・おたくの意味)と称し、“GTPギーク”の同志を集め、 情熱と確固たる研究目標を持って、GTPに着目した細胞のエネルギー代謝のご研究に邁進されています。学生の頃からずっと研究に対する情熱を秘めていらっしゃたかというと、意外にも“バッドな学生だった”とのこと。そんな“バッドな学生”を研究の道に導いた出来事とは、出会いとは、言葉とは何であったのか。佐々木先生のお言葉はとても温かく、優しさに溢れていて、 研究の道に迷いや不安を持つ方々にとって共感でき、心に響くものであると思います。
佐々木先生の“夢リスト”を見習って、新年のスタートに自分の心に浮かんだ大小様々な夢の一つ一つを書き出してみてはいかがでしょうか。新たな気持ちで研究の道をまた一歩、前進することができるかもしれません。
Q. 佐々木先生は現在どのようなご研究をされていますか?
私の研究室では細胞のエネルギー代謝について研究しています。一つの細胞が二つに増えるためには膨大なエネルギーが必要です。エネルギーといえば皆さんATPを思い浮かべると思います。しかし私達が着目しているのは、エネルギー分子の一つであるGTP:グアノシン3リン酸です。
一般的には、GTPがエネルギー分子であるとはあまり認識されていません。でも、我々は平気です。GTPの持つ特性に魅せられて研究を始めた私達は、GTPがとにかく大好き、GTPギークなんです。その情熱だけを頼りに始めたプロジェクトですが、手探りで研究を進めるうちに、GTPエネルギー代謝は癌において特に重要であることが分かってきました。その過程で私達は、 GTPエネルギーにも、何らかのセンサータンパク質があることを予測しました。
研究を始めた当初は懐疑的な意見も多く、「それはクレイジーなアイデアだ。GTPセンサーなどというものが あればとっくに見つかっているだろう」などと言われることもありました。でも、私達はGTPギークなので、踏ん張って研究を進めていくことができたんです。そしてついに私達は世界で誰一人見つけられなかったGTPセンサーを同定し、その成果をMolecular Cell誌へ発表しました。癌細胞がどのようにGTP代謝を変化させているのか、興味深い結果がでてきており、現在さらなるGTP代謝制御のメカニズムの解明に取り組んでいます。また、癌そして代謝疾患の治療開発への応用にも取り組んでいます。
Q. 先生はなぜ研究者の道を選ばれたのでしょうか?
なぜなんでしょう。学部時代の指導教官の先生は、私が博士号を取りポスドクとして研究を始めたとき「あの、あつお、が、、、信じられん」とびっくりされました。とんでもない学生だった私を研究の道に誘ってくれたのは、尊敬する先輩と先生方の背中です。同じ境遇の方もいるかもしれませんので、少し昔のことをお話しさせてください。
東京理科大学での学部時代、私はお世辞にも良い学生ではありませんでした。大学には毎日通っていましたが、学食でバイトをしてお弁当をもらい、そのまま帰宅していました。バイト代は煙草になり、文字通り煙となり消えていきました。故郷から一生懸命仕送りしてくれた親には、何とも申し訳ないバッドな学生だったと思います。卒業研究のラボも、仲の良い友達がいくからという軟派な理由で選びました。
そこで行った実験は散々でした。試験のための一夜漬け勉強は当然何も身についておらず、指導教官のお二人、上田泰次先生と佐藤健士先生は本当に頭が痛かったことと思います。しかし、先生方は先回りしてうるさく叱ることはなく、私の失敗を見守り、解決への手ほどきをしてくださいました。初歩的な実験手技とはいえ、一つの問題に「こうかもしれない」「ではその可能性を検討しよう」「そのための実験はこうだ」と導いてくださいました。そしてある日、試行錯誤を重ねて失敗の原因を突き止め、問題を解決したときに、私の中にズシンと響くものがありました。教科書で学んできた実験、例えば“ハーシェイ・チェイスの実験”や“パスツールの白鳥の首の実験”などは、これまで実感をもって学んだことはなく、ただ試験に合格する為に憶えただけでした。しかし、この時初めて実際に自分で仮説と実証を繰り返して一つの結論に至ったことで、過去の偉大な発見の背後にも試行錯誤があったのだ、ということが腹に落ちるように感じられました。ということは、私の行った超初歩的な実験の延長線上に、未来の偉大な発見があるかもしれない!そんな感覚が湧きました。痺れました。
私にとって幸運だったのは、研究への意欲が高い友人がすぐ近くにたくさんいたことです。彼等は当然の進路として大学院進学を考えていました。私自身はというと、大学院での生活というものに対する知識もない状態でしたが、友人の見よう見まねで、なんとか大学院へ進学しました。修士課程では広島大学の大学院で、テーマを変えて植物の研究を行いました。ラボが異なると、全く違う文化と教育環境があることに驚きました。この頃から、優秀で猛烈に実験される先輩であった、現・愛媛大の澤崎達哉先生と、研究に早くから携わってきた意識の高い同僚に啓発されて、少しずつ研究生活というものが分かり始めました。とはいえ自分が先輩や先生のようになれるとも思えません。またその頃、私は既に結婚していましたから、家庭についての心配もあり、博士課程への進学は無理かもしれないと思っていました。そんなある日、 妻の値千金の一言が私の背中を押してくれました。「なんとかなるから、やりたいことをしいや。」妻も勇気がいったことでしょう。この妻の一言に、今も感謝しています。
私の研究人生を更に大きく変えたのは、博士課程の恩師である吉村昭彦先生のラボに入れて頂いたことです。吉村先生は、 サイエンスの最先端をひた走る、到底同じ人間とは思えないスーパーマンでした。吉村先生が久留米大学でラボを立ち上げられ、私はそのラボの2期生として参加しました。毎朝9時からの論文輪読会、木曜日はデータアップデート、土曜日は教科書読み会。 毎月2回から3回は発表がまわってきました。毎回、吉村先生は色々な解説やアドバイスを話されるのですが、ハイレベルすぎて○○の耳に念仏状態でした。また実験の面でも無茶苦茶アクティブなラボで、来る日も来る日も深夜2時ごろまで誰かが実験をしているという、苦しいけれど本当に楽しい環境でした。そうした日々を3年も過ごすころ、吉村先生の念仏、もといハイレベルな解説の意味が少しずつ理解できるようになってきました。成長体験は次なるステップへの勇気となります。そこで私はアメリカで独立するという大きな夢を描き、2002年に渡米してポスドクとしての研究を始めました。留学生活においても、うまくいかないことの連続で、色々な方の助けで切り抜けることができました。 その時の様子は留学体験記に詳しく記してありますので割愛します。
こうして振り返ってみると、本当に色々な方のお導きによる長い道のりを経て今の自分があることが改めてよく分かります。私がこうして、独立した研究者としてインタビューを受けているとは、自分でも「まさか自分が、、、信じられん」という思いです。
Q. アメリカで独立するという大きな夢は叶ったわけですが、先生の次の夢、または目標等はございますか?
夢は沢山あります!小さめの夢から、大きな夢まで、レター用紙(A4とほぼ同じ大きさ)に箇条書きで3ページにもなります。毎朝リストを見て、特に大事なものは毎月一回紙に書き出して、忘れないようにしています。この習慣を 7年続けていますが、不思議なもので、リストはどんどん変わっています。少しずつですが夢が叶ったり、新たな方向を見つけたりしているのでしょうね。
7年前の夢、米国での永住権(グリーンカード)取得、論文がトップジャーナルへ載ること、新しい分野となるような研究テーマに巡り会うこと、アメリカでPIとなりラボを持つこと、生涯の素晴らしい友人と次々に出会えること等々、沢山実現しています。夢を持つことで、意識と行動が違ってくると私は思います。チャンスが来たときの決断も思い切ってできます。自己実現への、手軽でお金もかからず効果抜群な方法です。
Molecular Cell雑誌へのアクセプトを記念して、ラボメンバーと
シャンペンでお祝いした時の様子。
Q. 貴重なお話をありがとうございました。最後に、 若手研究者や研究者を志している学生へ先生からのメッセージをお願い致します。
現代に生きる私達は、ウェブ上でいろいろな情報を簡単に手に入れることができます。しかし、私達の心にずっしり響き、変化を駆り立てる情報と巡り会うのは、そうたやすいことではありません。私は、様々な分野で頑張っている先輩・友人・後輩の活きた体験を参考にすることをお薦めします。 私の参加しているUJA(United J-Researchers Around the world)では、各キャリアステージでの貴重な体験談をご寄稿頂いて掲載しています。今のあなたに響くアドバイス・体験談がきっとあると思います。そのような体験談への深い共感は、あなたの構成元素となり、そしてあなたの勇気になります。
直接顔を合わせて話を聞くことも非常に効果的です。ところが、多くの若手の方々が遠慮してしまっているように感じます。尊敬する研究者とは年が離れている。役職につかれている。忙しそう。 畏敬の念が先行して、連絡をしてみようと考えるだけでも敷居が高いことでしょう。でも大丈夫です。諸先輩方にも、あなたと同じ年齢の時がありました。あなたの年齢での視点、気持ちなど、忘れるはずもありません。意外に思えるかもしれませんが、諸先輩方は、もっとあなたと仲良くなりたい、そしてご自身が学ばれたことを伝えたいと思っていらっしゃいます。私達人類が進化し発展してきたのは、先人の体験・英知を受け継ぐことを大切にしてきたからです。ぜひ勇気をだして、積極的に話を聞いてみてください。 先輩方の成功体験、失敗談、悩み、研究人生をかけた問題への取り組みに、たくさんの共感を得ていくことを強くお薦めします。
***GTPギークしませんか?***
佐々木ラボでは、GTP研究をともに進める仲間を広く募集しています。シンシナティ大または日本の大学に籍をおいての 大学院留学も歓迎致します。GTPギークとして、ともに世界のトップラボを築いていくことにご興味ありましたら、お気軽ご連絡ください。ご質問、四方山相談もどうぞ。(Email: atsuo.sasaki[at]uc.edu)
(インタビュー:今清水真理)
Atsuo T. Sasaki, Ph.D.
Assistant Professor
Div. Hematology & Oncology, Dep. Internal Medicine
Dept. Neurosurgery; Dept. Cancer Biology
University of Cincinnati College of Medicine
Brain Tumor Center at UC Neuroscience Institute
UC Cancer Inst. & Cincinnati Cancer Center
http://www.thesasakilab.org/index_j.php/