教授と僕の研究人生相談所



第88回(更新日:2021年2月8日)

嘘は言っていない

僕「あ、教授、聞こえますか?」

教授「聞こえるよ。君の疲れた顔もよく見える」

僕「恐れ入ります。お忙しいところお時間すみません。少し遅くなってしまいましたが、明けましておめでとうございます」

教授「年が明けてからもう3週間か。時間が経つのは早いな。君は元気かね」

僕「はい、お陰様で。教授もお元気そうで何よりです」

教授「ま、コロナのおかげで家に居られる時間が増えたからな。通勤は年寄りにはしんどい」

僕「コロナのおかげ、とかと言うと怒られてしまいそうですが・・・」

教授「そんなことで怒りたい奴は勝手に怒らせておけばいい。そんな奴は自分のストレスを発散させるために、正義ヅラして叩いても誰からも文句を言われないような題材を四六時中探してるんだ。とはいえ、コロナで大変な目に合っている人たちがいるのはよく知っている。可哀想だとは思うし、そういう人たちが出てきてしまっているのは非常に残念だ。だが反面、コロナによって得している人がたくさんいるというのも事実なんだよな。世の中は厳しい」

僕「はい、そう思います。世の中は厳しいです」

教授「ん?何か相談したいことがありそうだな。金か?恋愛か?」

僕「えっと・・・実は今日は教授に研究のことで相談したいと思っているんですが」

教授「俺に研究のことを相談したい、だと。君もなかなか面白いジョークが言えるようになってきたじゃないか」

僕「冗談ではありません」

教授「正気かね?仕事が大変すぎておかしくなってしまったのか?いや、君がおかしいのは昔からか。まあいい、何を相談したいんだ?」

僕「研究活動に行き詰まりを感じてしまって」

教授「研究なんて行き詰まりを感じるところがスタート地点だぞ」

僕「仰るとおりです。頭ではわかっているんですが、なかなか思うように先が見えず、どうやって先に進むのかもわからず・・・ということで悩んでいるんです」

教授「君は大学院で何を学んできたんだ?そんなところでつまづきおって。指導教官は誰だったんだ?あれ、君の指導教官って俺だという設定だったか?」

僕「設定とか言わないでください。教授や僕の素性がばれるとよくないので、僕が大学院生のときの教授と僕の関係性は僕らの連載ではやや曖昧にしています」

教授「ああそうか」

僕「話を戻しますが、僕らみたいなアカデミアの研究者って一体なんのために存在しているのかなって思うようになったりしてるんです」

教授「君の言わんとしてることが良くわからん。俺の頭でもわかるように説明してくれ」

僕「すみません。えっと・・・僕みたいなのがこんなことを言うのは烏滸(おこ)がましいのは重々承知なのですが、アカデミアのバイオ研究者として僕は、営利目的ではなく、生命活動の基本的なメカニズムや病気の病態メカニズムを明らかにしたいなと思っているんです。その上で自分の研究成果がもとになって新しい治療薬なんかが誕生したりするといいなとも思ってるんです。まあ、お金が欲しくないといえば嘘になるので、その上でちょっと贅沢できるお給料がもらえればいいなと思ったりもしてるんですが」

教授「ちょっと贅沢ってどんな?」

僕「回ってないお寿司が食べられるとか、庭付き一戸建ての家に住めるとか、ときどき海外旅行に行けたりとか。いやまあ、そこまでの贅沢は無理だとしても、読んでみたいなと思った本や観てみたいなと思った映画を値段を気にせず鑑賞できるくらいにはなりたいです」

教授「はぁ・・・」

僕「分不相応な願いだというのはわかってます」

教授「いや、逆だよ」

僕「は?」

教授「君みたいに倹約して毎日休みなく働いている若者が、そんな些細な楽しみすらできない状況を嘆いているんだよ。君だって世間一般からみれば高学歴の賢くて真面目な若者だろ。それなのに、そんなことすらできんのか。一体誰がこんな世の中にしたんだ。あ、俺ら世代か。すまんな」

僕「・・・」

教授「ま、世代間の不公平さは今に始まったことではない。バイオの研究業界でも若者は苦労してるもんな。可哀想にな」

僕「いえ、世代間の不公平さや今のアカデミアの悲惨な状況はある程度は納得済みです。なんですが・・・」

教授「なんだ?」

僕「そもそも今のバイオの基礎研究って嘘が多すぎるんじゃないかなと思ったりするんです」

教授「嘘?」

僕「えっと、意図的かどうかはわからないんですが、論文にある実験データは本当じゃないことが多いんじゃないかと。今、僕は学生にも実験を教えてるんですが、学生の実験手技の練度って結構差がありますし、実験に不慣れな学生のデータって再現とれないことがよくあるんです」

教授「それが普通だな」

僕「やっぱりそうなんですね」

教授「やっぱりとは?」

僕「勉強会や学会の懇親会とかで、そういう悩みを言うと、そんなものだよって言われるんです」

教授「だろうな」

僕「でも、そうすると学生のデータを使って論文とか書けないですよね」

教授「書けないな」

僕「ですよね。でも、そういう悩みを論文を量産しているところの先生方に言うと、そんなことを気にしてたら論文なんて出ないよって言われたりするんです。数値をいじったりしない限りは捏造じゃないし、実験をして出たデータを正直に論文にするのは正しいことだって。自分たちの研究には税金も使われてるんだから、実験をして論文にしないのは税金の無駄遣いだ、みたいなことも言われてしまったりします」

教授「ほぉ」

僕「でも、再現が取れないデータなんて論文に出したらむしろ害悪なだけの気がしますし、再現の取れないデータは実験条件が毎回一定していなかったり、手技が安定していない人間が実験してるんだから、そもそもその実験は成立していないんじゃないかと思うんです」

教授「君のその意見は論文を量産しているところの先生方に伝えたか?」

僕「言ったこともあります」

教授「どんな答えだった?」

僕「ちょっと語気が荒くなり、そんな細かいこと気にしてたら論文は出ないし、論文が出なかったら研究費は取れないよ、と窘められました。あとは、学生の実験だからスタッフがきちんと面倒みないといけないんだとも言われたことがあります。ちなみに、これはコロナ前の懇親会でのことで、みんなが気持ち良くお酒を飲んで楽しんでいたのに、僕みたいな若造が生意気なことを言い始めたので気分を害してしまったのかもしれません」

教授「この業界、偉い人や有名な研究室の人には逆らわない方がいい。それこそ研究費が取れなくなる」

僕「はい、反省しています」

教授「で、君は追試が取れなさそうな学生のデータを使って論文を書いたりするようになったのかね?」

僕「いえ、してないです。でも、あまり再現性にこだわると論文を書けないのも事実で、学生も自分の実験は論文に繋がらないと感じるとモチベーションが低下してしまったりするのかなと心配しています。そうなってくると僕自身の論文リストも増えないですし・・・」

教授「で、君はどうしてるのかね?」

僕「今は学生の実験を僕自身でもやってみて同じ傾向のデータが出ればOKという感じにしています。でも、それをすると自分の実験に支障が出たりしますし、お金も余計にかかりますし、特にin vivoの実験ではそんなことはいつまでも続けられないかなと思ってるんです」

教授「そんなこと続けてたら君の心身が持たないよ。その考え方は変えた方がいい」

僕「再現性の問題には目を瞑れ、と?」

教授「それができれば楽なんだろうが、君に無理だろうな」

僕「教授はどうだったんですか?」

教授「内緒(ハート)」

僕「茶化さないでください」

教授「そんなムキになるな。俺は再現性の問題には目を瞑らなかったよ。俺の中でクライテリアを設定し、それをクリアしていないであろう実験データは論文には使わないようにしていた」

僕「安心しました」

教授「だがな、それでも俺がcorreponding authorとして出した論文の全てが再現のあるデータだとは正直断言はできない」

僕「なぜですか?」

教授「生き物の体なんて複雑すぎて、俺らみたいな人間が理解できるような仕組みにはなってないんだよ。同じ条件で実験をしたと言っても、生き物の細胞や動物を使っていたら、本当に同じ条件での再実験をできることなんてない。バラツキは避けられない。だからこそ例数が必要なんだ。その上で自分の実験データを論文にまとめて発表することで、自分のアイデア・仮説が妥当かどうかを研究コミュニティーで議論してもらう必要があるんだ」

僕「その通りだと思います」

教授「そして、そういう意味でも、自分のアイデア・仮説を証明してもらうことになる実験ノートには、できるだけ多くの情報を記載する。ま、『陽性かくにん!よかった。』なんて書いてある実験ノートも世の中にはあるみたいだがね」

僕「・・・」

教授「さらにだ、実験する人間はきちんと自分の手技が一定レベル以上になっていることを事前に確認しておく必要がある。学生なんかの場合は、もちろん指導教官やラボのスタッフ・先輩たちが確認すべきだがね。その上で、自分の使っている実験道具・機器に問題ないことも確認しておく。だからこそ、実験にはコントロールやポジティブ・コントロール/ネガティブ・コントロールが必要になってくる」

僕「勉強になります」

教授「そこまで事前準備をした上で真面目にきちんと実験をしても再現が取れないデータになることはある。複雑怪奇な生き物の仕組みを明らかにしようとしてるんだ。ある意味では仕方のないことだ」

僕「はい」

教授「問題はだな、そういう再現性が取れないことがあるという事実を逆手にとって、『俺は嘘を言っているわけではないからOK』という姿勢で適当な実験をして適当な論文を出しまくる奴がいるということだ。いるという表現は生ぬるいかな。どちらかと言うと、そういうことをしている奴が偉くなりやすかったりする」

僕「やっぱりそうなんですか」

教授「そうだ。ま、俺の身の安全にも関わるから、こういうことはあんまり詳しく言いたくないんだがね」

僕「では僕はどうすればいいでしょうか」

教授「回らない寿司を食べるためにどういう金策をすればいいかってことか?」

僕「違います。学生の指導を含めてどうやって研究活動をしていけばいいか、ということです」

教授「それについてはコロナが終わったあと、一緒に回らない寿司でも食いながら教えることとしよう。俺、明日が締め切りの書類があるから今日はこのくらいでいいかな」

僕「え、今日はここまでですか?」

教授「ここまで」

僕「超絶中途半端な連載記事になってしまうんですが」

教授「しょうがいないね。じゃ、また(プツッ・・・)」

僕「・・・」

執筆者:「尊敬すべき教授」と「その愛すべき学生」

*このコーナーでは「教授」への質問を大募集しています。質問内容はinfo@biomedcircus.comまでお願いいたします(役職・学年、研究分野、性別等、差し支えない程度で教えていただければ「教授」が質問に答えやすくなると思います)。

本連載の書籍化第5弾です!

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