教授と僕の研究人生相談所
Tweet第92回(更新日:2025年1月5日)
バイオ系研究業界は明るい話題がいっぱい(笑)
僕「今はまだ2024年ではありますが、この回の掲載は年が明けてからになります」
教授「そうか、じゃあ明けましておめでとうだな」
僕「はい。明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」
教授「今年もよろしくと言っているが、今年はあと2週間足らずで終わる。君のその挨拶は、2週間だけよろしくということなのか?、というボケはいらないんだよな」
僕「いらないですね。なんか以前にも同じようなやり取りをした気がするんで」
教授「そうだな。俺もうっすらとだが記憶にある。で、今回は何について話すんだ?どうせもう君の連載なんか読んでる奴はいないだろうし、俺らに相談メールを送ってくる奴もいないだろうよ」
僕「読者様を『奴』よばわりしないでください」
教授「このやり取りも前にやった記憶があるな」
僕「ですね」
教授「ネタ切れだな」
僕「この連載が始まってから10年以上も経ってますし」
教授「10年!それは本当か?」
僕「教授が驚くというのは珍しいですね。年を取ると大抵のことは驚かなくなるって前に言ってましたけど?」
教授「老人扱いしおって」
僕「そのやり取りも昔やりました。話が前に進まないので、本題に行きます。相談メールはもちろん来てないんですが、この回は年が明けたばかりに掲載してもらえるので、いつものようなバイオ系研究業界の闇ではなくて何か明るい話題をお願いします」
教授「断る」
僕「えー、そんなぁ。それって、明るい話題がないってことですか?」
教授「いや違うよ。明るい話題なんてたくさんある」
僕「え、あるんですか?」
教授「あるに決まってるだろ。でも、そんな明るい話題を君の連載でやってどうする。アイドルオタクが読む雑誌に田舎暮らしDIYの記事が載るようなもんだぞ。君の連載を読む奴が、バイオ系研究業界の明るい話題を期待しているわけないじゃないか」
僕「その例えはわかるようなわからないような気がしますけど、いずれにしても教授からバイオ系研究業界の明るい話題が出るのは、きっと読者の皆様は喜ぶと思いますよ」
教授「なんで?」
僕「えっと・・・なんとなくです。でも、少なくとも僕自身は聞いてみたいです」
教授「そうか」
僕「でも本当にあるんですか?」
教授「あるよ。闇が深いところには光がある。光がないと闇はできないからな。だから、これだけ闇深い業界ということは、それ相応の光がきちんとあるんだよ」
僕「なんかいつものような流れになっているような気もしますが・・・。で、どんな明るい話題がバイオ系研究業界にあるんでしょうか」
教授「科学の進歩は早い。最近の例でいくと、世界中がパニックに陥った新型コロナに効果があるワクチンが驚くほどの短期間でできたじゃないか。しかも、その技術はノーベル賞受賞にもつながったという明るいニュースつきだ」
僕「確かに。でも、それって数年前のことなので最近と言っていいのかわかりませんが・・・」
教授「老人にとっては数年前のことなんて、つい先日みたいなもんだ。そういえば、この間ちょっと早い忘年会で同世代の知り合い何人かと飲んだんだが、『一昔前』の定義で盛り上がったよ。俺ら世代にとって一昔前は数十年前のことだからな。数年前の出来事なんかつい最近起きたことなんだよ」
僕「えっと・・・話がそれてきていますが?」
教授「あれ、何の話だっけ?『光陰矢のごとし』の語源について議論してたんだっけ」
僕「違います」
教授「ああ、それはこないだの飲み会での話題か」
僕「全てのボケを拾う時間はないので先に進みますね。たしかに新型コロナのワクチンは明るい話題だと思います。他には何かありますか?」
教授「一昔前のでもいいか?」
僕「できれば最近のを」
教授「じゃあ、10年以内の出来事なら全然問題ないな」
僕「違います」
教授「そんな厳しいこと言うなよ。じゃあ、日本中が歓喜に喜んだiPSの作製の成功・・」
僕「それ、20年くらい前の話じゃないですか?」
教授「話は最後まで聞け」
僕「はい、すみません」
教授「iPSの作製に成功してから20年で実用化の目処が経ってきているんだぞ。すごいことじゃないか」
僕「たしかにそうですね」
教授「iPSやmRNAワクチンだけでなく、どんどん新しい技術が開発され、それらが実用化されたり実用化に向けて着実に進んでいたりする。アカデミア発の技術・発見だけじゃないぞ。医薬品業界だって年々新しい薬ができている。この間なんかアルツハイマー病の薬が日本から出たじゃないか。それに、日本の某私大では次々と大学発ベンチャーが上場している。明るい話題ばかりじゃないか」
僕「たしかに。でも、この業界で頑張っている研究者を見ると、みんな疲弊しているように見えますが?」
教授「みんなってことはないだろう」
僕「そうですね。6割くらいですか?」
教授「9割くらいかな」
僕「それって『みんな』と言ってもいいのでは?」
教授「みんなの定義はみんなで決めよう!」
僕「(ボケをスルーしながら)でも、だとしたら、1割くらいの研究者は疲弊していないんですか?」
教授「すまんが、ボケを拾ってくれないとやはり少し寂しい。それに9割という数字も出鱈目だ。悪かった。というか、この業界という表現が曖昧すぎる。アカデミアと企業でも状況は全然違うだろうし、研究分野の違いもあるだろう。年代の違いももちろんあるしな。だが、40代や50代前半でアカデミアにいる奴はかなりの割合で疲弊しているような気がする」
僕「たしかに」
教授「で、俺の勝手な印象では、バイオ系で日本のアカデミアにいる奴は、研究分野問わず疲弊している奴は多い」
僕「ですよね。でも、そんな状況でも何か明るい話題ってありますか?」
教授「研究者個々人にとってか?」
僕「はい」
教授「あるよ。闇あるところに光ありだし」
僕「どんな光があるんですか?」
教授「女性優遇の流れがアカデミアにも来てるだろ」
僕「ああ、たしかに」
教授「だから、比較的若い年齢の女性にとっては色々と有利だろうな。ま、今までが大変だっただけかもしれんがね。だが逆に、ポジションを探そうとしている男性にとってはしんどい。今までが楽すぎただけ、という批判が女性からは来そうだがね」
僕「なるほど。他にも何かありますか?」
教授「40代後半以上の研究者を切り捨てる方向になっているが、その一方で学生支援が充実していきそうだ。働き方改革もあるし、若い奴らは上の世代よりも待遇が良くなるだろうな」
僕「ポスドク一万人計画で量産されたアカデミア在住のバイオ系研究者はより悲惨になりそうですが」
教授「まあな。でも、その世代にはもう触れてはいけないことになっている」
僕「そうなんですか?」
教授「おう。静かに滅びゆくのを見守るだけだ」
僕「・・・」
教授「そう言えば、今はアメリカなんかに行ったら、ポスドクでも円換算で年収1000万円とかいくぞ。それも明るいニュースなんじゃないのか?ま、あっちは物価が高いから日本での年収1000万とは状況がちょっと違うだろうがね」
僕「僕もいずれは留学したいなと思っています」
教授「日本に帰ってこれなくなるぞ(ボソ)」
僕「え?」
教授「業績も出ず、日本とのつながりもなくなり、次のポスドク先も見つからず、貯金も底をついて人生終了するぞ(ボソ)」
僕「怖いこと言わないでください。でも、たまにそういう話を聞きますが、やっぱり教授もそう思いますか?」
教授「いや、そんなことはない。海外には若いうちに行っておいた方がいい。知識も見聞も広がるし、留学すればきっと明るい未来が待っているよ(目を逸らしながら)」
僕「やっぱり留学しない方が安全なんですかね・・・」
教授「真面目な話、留学の是非は人それぞれだな。運もあるし、巡り合わせもある。行くべきか行かないべきかは一概には言えん。やった後悔よりもやらない後悔の方が大きいと偉そうに言っている奴があちこちにいるが、それが事実であることも間違いであることもある」
僕「でも、今のままでも僕の研究人生は詰みそうですし」
教授「人生そのものは詰まないとでも思ってるんだな(ボソ)」
僕「きちんと聞こえていますよ」
教授「ま、留学するにしろしないにしろ、俺は君の味方だよ。困ったことがあったらいつでも頼ってきなさい」
僕「ほんとですか!?」
教授「その頃には俺はすでに引退していて何の権限もない老人になってるけどな」
僕「・・・」
教授「ああそうだ。留学を成功させるコツというのがある」
僕「え、どんなですか?」
教授「大御所のラボに行って、そこのボスの言いなりになって実験をして、ボスの仮説通りのデータを量産するんだ」
僕「それが出来れば苦労しないのでは?」
教授「バレないように捏造するってことだよ。でもって、他のポスドクを蹴落とす工作もきちんとしておく。ボスに告げ口したりな」
僕「そんな・・・」
教授「そうやって良い論文をだして、フェローシップも出して、グラントも出して、ポジションもゲットして、って奴は多くいる」
僕「そういうのをやってるの日本人じゃないですよね」
教授「まあな。でも、日本人でもそういうのやってる奴はいるよ。俺の耳に入ってるだけでも何人もいる」
僕「みんなアメリカでポジションをゲットしてるんですか?」
教授「そういう奴もいるし、海外での華々しい業績(笑)を引っ提げて日本に戻ってきてる奴もいる。まあ、後者の方が多いかな、俺の観測範囲では」
僕「でも、そんなことやったら研究する意味ないような」
教授「人生終了するよりいいんじゃないか?カルネアデスの板みたいなもんさ」
僕「そんな・・・」
教授「ま、君がそういう反応をして俺はちょっと安心したよ。こういう話をして気分が落ち込む奴は真面目に研究をしている証拠だ」
僕「そんな闇深い話をして気分が落ち込まない人っているんですか?」
教授「真面目に実験とかを頑張らなくても、そういうことをすれば偉くなるんだ!って喜ぶ奴はそれなりにいるぞ。そういうことを考える奴らにとっては、こういう状況は明るい話題だろうな」
僕「えぇ・・・」
教授「世界は広い。君の常識は世界では非常識かもしれないんだ。留学をして見聞を広めてきなさい」
僕「・・・」
教授「というわけで、この業界には明るい話題がたくさんある。君もめげずに2025年も頑張ろう」
僕「はい、頑張ります(落ち込んだ表情で)」
執筆者:「尊敬すべき教授」と「その愛すべき学生」
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