読書感想文:「ポストドクターの正規職への移行に関する研究」を読んで



その6(更新日:2014年8月18日)

正規職

本連載で取り上げている『ポストドクターの正規職への移行に関する研究(http://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads /NISTEP-DP106Fullj.pdf)』は、ポスドクの正規職への移行が平均で6.3%にしか過ぎないというショッキングな数値を出しています。

この数値の基になったデータ収集およびデータ解析は、科学技術・学術政策研究所が行っています。科学技術・学術政策研究所は、国の科学技術政策立案プロセスの一翼を担うために設置された国家行政組織法に基づく文部科学省直轄の国立試験研究機関です。したがって、「ポスドクは6.3%しか正規職に移行できない」という調査結果の正当性は国が保障しているとも言えます。

そのため、「ポスドクは6.3%しか正規職に移行できない」という結論は、その報告書の中身を精査されないまま一人歩きをして、「ポスドクの不遇さ」を人々の脳裏により強く焼き付けることになってしまいました。

しかし、これまで本連載で見てきたように、この報告書(『ポストドクターの正規職への移行に関する研究』)には数々の問題点があり、その結論(ポスドクは6.3%しか正規職に移行できない)をそのまま信じることは危険です。

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今回は「正規職」をキーワードとして、この報告書の問題点を考えていこうと思います。

今回も『ポストドクターの正規職への移行に関する研究』だけでなく、その研究で使ったデータの詳細が報告されている『ポストドクター等の雇用・進路に関する調査−大学・公的研究機関への全数調査(2009年度実績) (http://data.nistep.go.jp/dspace/bitstream/11035/930/7/NISTEP-RM202- FullJ.pdf)』も見ていきます。

そこで前回同様、便宜的に本連載で取り上げている『ポストドクターの正規職への移行に関する研究』を報告書Aとして、その参照先の調査である『ポストドクター等の雇用・進路に関する調査−大学・公的研究機関への全数調査(2009年度実績)』を報告書Bとさせていただきます。

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はじめに「正規職」が何を意味するのかを見ていきます。

「正規職」という単語を聞いて連想する職種は人によって違うかもしれません。本連載で取り上げている報告書A(『ポストドクターの正規職への移行に関する研究』)は「正規職」というものを「常勤で任期なしの職」(24ページ)と定義しています。 しかし、その定義の仕方は非常にフランクな表現です。その箇所を引用します。

(引用ここから)
 常勤で任期なしの職を「正規職」とみなすと...(24ページ目の最後の段落の一文目)
 (引用ここまで)

本報告書(報告書A)では「正規職」というものは非常に重要な意味合いを持っています。しかし、「正規職」は分野などによってその意味するところが変わってきます。そのため、個人的には「正規職」の定義はもっときちんと説明するべきかと思います。少なくとも「正規職とみなすと...」のような軽い気持ちで定義するべきではないと思います。

ちなみに、報告書Aの著者達が「正規職」という定義にあまり注意を払っていない(軽い気持ちで「正規職」を定義している)ということは、29ページ目にある以下の文からも読み取れます。

(引用ここから)
 研究者のキャリアコースの中で、任期付きのポストドクターという職を経て「テニュア職(正規職)」として安定的なポジションに就くことは...
 (引用ここまで)

24ページで「正規職」とは「常勤で任期のない職」と定義したのに、ここでは「正規職」の説明が「テニュア職」になっています。「常勤で任期のない職」が必ずしも「テニュア職」でないことは敢えて説明する必要がないくらい常識です。

報告書Aのメイントピックは「ポスドクから正規職への移行」であるのに、なぜ「正規職」という非常に重要なポイントにおいて、このような「いい加減さ」が生じるのでしょうか?

異論や反論があるかもしれませんが、報告書Aの著者たちは結論ありきで今回の報告書を仕上げたのではないでしょうか。もちろん、その「結論」とは、「ポスドクという職業は正規職ではなく、その実態は悲惨で正規職に移行することが難しい」というものです。

私がこのように考えたのには理由があります。

この報告書(報告書A:『ポストドクターの正規職への移行に関する研究』)では、ポスドクが任期のない不安定な職であると繰り返し強調されています。例えば、17ページから始まる本編では、一番最初の「はじめに」の一文から、

(引用ここから)
 近年、研究者としてのキャリアの入り口として広く認識されつつあるポストドクターは任期付の職位である。本稿ではポストドクターから任期のない正規の雇用(正規職)への移行状況、移行パターンを...
 (引用ここまで)

とスタートしており、ポスドクが「任期あり&正規雇用でない」ということが強調されています。

しかし、任期があるというのは、博士号を取得した人が就く職として本当に「正規雇用でない」と言い切れるのでしょうか?この報告書(報告書A)では、「常勤&任期なし」を正規職と定義して、ポスドクが正規職へ移行しにくいと論じていますが、実は「常勤&任期なし」にどのような職が含まれるのかは具体的には示されていません。

一方で、報告書Aで使用したデータが掲載されている報告書B(『ポストドクター等の雇用・進路に関する調査−大学・公的研究機関への全数調査(2009年度実績)』には、そこら辺の詳しいデータが示されています。

以下の2つの表を見てください。これは報告書Bの173ページと174ページにある「ポスドクから職種変更をした後の常勤・非常勤の状況の内訳」と「ポスドクから職種変更をした後の任期の状況の内訳」を示したものです。

(クリックで拡大)

(クリックで拡大)

これを見ると、「ポスドク」から「助教・講師・准教授・教授」へと移った人は、全てが「常勤」となっています。しかし、「講師・准教授・教授」クラスでさえ、その3〜4割は任期がある契約となっています。

「ポスドク」が、常勤ではあるが任期もある「講師・准教授・教授」へと職種を変更するのは、「正規職へ移行できなかった」と言ってもいいのでしょうか?

もちろん大多数のポスドクにとって、常勤かつ任期のない「講師・准教授・教授」という職種へと移行するのがベストなのだと思います。しかしながら、常勤ではあるが任期もある「講師・准教授・教授」も正規職ではないのだと切り捨て、そういった職へと移行したポスドクのことは考慮に入れず、「ポスドクは正規職へと移行しにくい」などとするのはいかがなものでしょうか。

しかも問題なのは、報告書A(『ポストドクターの正規職への移行に関する研究』)では「正規職」=「常勤&任期なし」を強調している一方で、常勤かつ任期のある「講師・准教授・教授」職などを、注釈もせずに(読者に分からないように)非正規職に分類しています。その非正規職には、常勤でありかつポスドクでない公的研究機関等の研究開発職(任期はある)も含まれているので、例えば「ポスドク」が「理研のユニットリーダー」へと移行したとしても、それは非正規職のままと見なされることになります。

こういったことは、報告書Aが「ポスドクは正規職へと移行しにくい」という結論にするべくミスリーディングなデータ解析(および公表)をしたと言われてもおかしくないのではないでしょうか?

そのため、やはり私には、報告書Aの著者らは、彼女らの「ポスドクのイメージ(=ポスドクという職業は正規職ではなく、その実態は悲惨で正規職に移行することが難しい)」に沿って、大した調査やデータ解析もせずに、「結論ありきの報告書」を仕上げたとしか思えません。

別の言い方をすれば、報告書Aが参照した報告書B(『ポストドクター等の雇用・進路に関する調査−大学・公的研究機関への全数調査(2009年度実績)』)のデータを不正確なバイアスなしで解析すれば、ポスドクの正規職への移行に関して報告書Aとは異なる結論が出る可能性があるということです。

次回は報告書Bのデータを見返して、「ポスドクの正規職への移行」を私なりに解析していこうと思います。

執筆者:広義の意味でのポストドクター

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