読書感想文:「ポストドクターの正規職への移行に関する研究」を読んで



その7(更新日:2014年9月1日)

コメントへの回答

本連載は、科学技術・学術政策研究所が報告した『ポストドクターの正規職への移行に関する研究(http://www.nistep.go.jp/wp/wp- content/uploads /NISTEP-DP106Fullj.pdf)』の内容が正しいかどうかを論じています。この報告書『ポストドクターの正規職への移行に関する研究』では、ポスドクの正規職への移行が平均で6.3%にしか過ぎず、その移行率は大卒や高卒の非正規職の人が正規職へと移行する率よりも大幅に低いとまとめています。

しかし、これまでに見てきたように、この報告書の内容には不正確と言わざるを得ない点が多数見受けられます。誤った解析により誤ったメッセージを国の機関が報告する、これがどれくらい危険なことかは敢えて説明するまでもないと思います。

私はバイオ業界に長年いるのですが、昨今のポスドクを取り巻く環境の悪さには非常に大きな懸念を抱いています。そんな状況で、国が不正確な情報をあたかも真実のように発信することは非常に問題であると考えます。そのため、本連載では取り上げている報告書(『ポストドクターの正規職への移行に関する研究』)をかなり厳しく批判しています。

しかし、他者を厳しく批判するということは、その内容が仮に正しかったとしても、それを見た人々に不快感を引き起こすことがあります。そして、他者を批判している人が逆により強烈に批判されるということも多々あります。事実、私の連載にはこれまでにも色々な批判や中傷にも似たコメントが来ています。

それらが単に感情的な悪口であればスルーしても問題ないと思っています。ですが、その批判が理性的に行われたものであれば、その批判に対しては真摯に対応する必要があると思います。

私は本連載に関するネット上での全てのコメントを見たわけではないのですが、これまでに少なくとも3つの意味のある意見/批判/反論を見かけたので、今回は予定を変更して、それらに対する私の意見を述べようと思います。

***

1. アカデミアに限って言えば6.3%という移行率は妥当ではないか

この方のコメントは本連載への批判というわけではないのですが、本連載が件の報告書が出した『ポスドクから正規職への移行率が6.3%』という数値に疑問を投げかけていたのに対して、ご自身の意見を述べられていたようです。

結論から言えば、この方の感覚は非常に鋭いです。

前回と前々回も述べましたが、この報告書(『ポストドクターの正規職への移行に関する研究』)が使っているポスドクのデータは『ポストドクター等の雇用・進路に関する調査−大学・公的研究機関への全数調査(2009年度実績) (http://data.nistep.go.jp/dspace/bitstream/11035/930/7/NISTEP-RM202- FullJ.pdf)』にあるデータです。

そこにあるデータ(166ページの参考図表III.1.1および172ページの参考図表III.2.5)を詳しく見てみると、ポストドクター17,116人のうち、次の年度に大学の助教・講師・准教授・教授(任期付も含む)になった人は1,139人(助教:697人、講師216人、准教授185人、教授41人)で7.0%弱となります。

したがって、アカデミアに限って言えば、たしかにポスドクから正規職への移行は6.3%としても、大きなズレはないように思います。

しかし、この報告書(『ポストドクターの正規職への移行に関する研究』)の問題は、6.3%という移行率が『ポスドクからアカデミアの職』ではなく『ポスドクから正規職』としているところです。この両者の違いは大きいです。なぜなら、正規職と表現した場合、そこにはアカデミアだけではなく企業での研究職や他の研究職以外の職種も含まれるからです。

しかも、この報告書では6.3%という移行率の数字を別の学歴の正規職への移行率の数字と比較しています。この報告書における「別の学歴との比較」に関しても様々な問題があるのですが、いずれにしろ本連載で取り上げている報告書にある『6.3%』は「アカデミアの職への移行」ではなく「正規職への移行」ということを、ここで改めて強調したいと思います。

2. ポスドクから任期付准教授は昇進ではない

こちらのコメントは私の連載への直接のご意見ではないと思うのですが、本連載へのコメントをしていただいた別の方への意見としてネットで見かけました。

ちなみに、その元となったコメントは、今回取り上げている報告書が常勤で任期なしの職のみを正規職としてるということに触れ、そうであるならばポスドクからアメリカでPI(*注:Assistant Profなら通常は任期がある)になっても正規職には移れなかったと結論づけるのかと疑問を呈したものでした。(この疑問は私も全く同意見です)

さて、「ポスドクから任期付准教授は昇進ではない」とコメントされた方は、上記のコメントに関して「40過ぎの准教授が任期切れで解雇される例を2件、ポスドクだった時に見ました。 30台前半なら、人生やり直しが可能です。解雇前、人前で泣いていたよ。とても見ていられなかった。」と述べて、そのため「ポスドクから任期付准教授は昇進ではない」との結論を書いていました。

個人の見解の相違に過ぎないのですが、この方のご意見と私の意見は少し異なります。もちろん、40歳を過ぎた研究者が任期切れで准教授の職を解任されて人前で涙するという状況は心が痛くなります。そのような光景を二度も目の当たりにしたら、ポスドクから任期付准教授へは昇進ではないと考えるようになっても仕方がないかもしれません。

ですが、研究者の世界はある意味で非情です。常任ではあるが任期がある職に就いていて、業績が出ずに任期が切れると同時に職を解任されるということは今や珍しくはなく、今後似たような事例はもっと増えると思います。

しかし、だからと言って「ポスドクから任期付准教授は昇進ではない」とは言えないはずです。仮に私がポスドクだったとして、任期付准教授の話があったとして、その話を「ポスドクから任期付准教授は昇進ではない」として断るか?そんなことはないと私は言い切れます。おそらくポスドク100人に任期付准教授の職があるけどどうするか?と聞いたら、もしかしたら100人全員、少なく見積もっても95人はその申し出を受け入れるのではないでしょうか。

その任期付准教授の職が、ポスドクをしている研究機関と同じであればほぼ確実に全員が准教授への道を選ぶはずです。つまりは「ポスドクから任期付准教授は昇進」であり、もっと言えば、任期付准教授は任期があるからと言って「正規職ではない」とは言えないということになると思います。

したがって、やはり私は、この報告書(『ポストドクターの正規職への移行に関する研究』)が「常任かつ任期なし」のみを正規職としていることに大きな疑問を感じています。

3. この連載は何が言いたいのか。ポスドクは悲惨ではないと言いたいのか。そうすると現在のポスドク支援は縮小されてしまうのではないか。

私の文章力が足りず、本連載の主旨が上手く伝わっていないことをまずお詫びしたいと思います。

この連載の目的は単に国が出したポスドクに関する報告書『ポストドクターの正規職への移行に関する研究』の内容が間違っているということを示したいだけです。

国が行ったポスドク調査で報告された数値がいい加減なものであるというのは由々しき事態です。それは国がまともにポスドクの実態を理解しようとしていないということであり、そんな状態でのポスドク支援が実を結ぶとは思えません。同時に、国の科学技術政策にも不正確なところが多々あるのではないかという疑念を抱きかねません。

私は「ポスドクは悲惨ではない」とは思っておらず、むしろポスドクの支援は今以上にするべきだと思っています。そのためには、ポスドクの実態を正確に把握する必要があります。ポスドクから正規職への移行が6.3%で高卒・大卒の非正規職から正規職への移行よりも低い、などという不正確な結論になど何の意味もありません。

私の文章に何も力がないことは承知していますが、それでも本連載がきっかけで国がもう少しまともにポスドク問題に向き合うようになってくれればと思っています。

***

わかりやすい文章にするように心がけてはいますが、私の力量の限界もあり、読みにくい点がどうしても残ってしまいます。ですが、次回以降も、この連載で取り上げている「ポストドクターの正規職への移行に関する研究」の問題点を、出来る限りわかりやすく解説していこうと思います。

改めて多くの読者の皆様に本連載を読んでいただけていること、ならびにコメントを頂けていることを感謝しております。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

執筆者:広義の意味でのポストドクター

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