読書感想文:「ポストドクターの正規職への移行に関する研究」を読んで



その8(更新日:2014年9月29日)

ポスドクからの脱出

本連載は、科学技術・学術政策研究所が報告した『ポストドクターの正規職への移行に関する研究(http://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/NISTEP-DP106Fullj.pdf)』の内容を精査しています。

この報告書『ポストドクターの正規職への移行に関する研究』では、ポスドクの正規職への移行が平均で6.3%にしか過ぎず、その移行率は大卒や高卒の非正規職の人が正規職へと移行する率よりも大幅に低いとまとめてい ます。

しかし、これまで見てきたように、この報告書のデータの捉え方や解釈は、“結論ありき”と言わざるをえない点が多々あります。その結論とはズバリ「ポスドクは悲惨」ということです。

もちろん、ポスドクを取り巻く環境は悲惨です。

一般論としてポスドクは高学歴です。バイオ系に限って言えば、ポスドクはほぼ100%が博士号を有しています。そして、博士号を取得するには大学院での高等教育を受ける必要があります。それはすなわち、ポスドクの教育には、国が多額の税金を使っている(=将来への投資)ということに他なりません。

したがって、現在のようにポスドクを使い捨てる状況は、国にとっては投資を失敗したということになってしまい、それは結局のところ国力の低下に繋がってしまいます。そのため、ポスドクを悲惨な状態から救う手だては国として本気で考えなければなりません。

しかし、だからと言って、国が出す報告書に「ポスドクが悲惨である」という結論を出すため、適当なデータ解析/解釈をしていいということにはなりません。前回の繰り返しになりますが、ポスドクが悲惨であるのは「なぜ悲惨なのか?」そして「それがどのように悲惨なのか?」を正確に把握する必要があります。そうでなければ、「ポスドク問題」を解決する効果的な方法は見つかりません。

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さて、改めて本連載で取り上げている『ポストドクターの正規職への移行に関する研究(http://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/NISTEP-DP106Fullj.pdf)』を見てみましょう。

この報告書では、3ページ目の要旨の1文目に『研究機関に在籍している「狭義」のポストドクターの場合、将来のキャリアパスが不透明であり、任期を繰り返しつつ不安定な雇用のままで高齢化することが問題視されている。』とあります。

そして、この要旨の4文目からは『正規職への移行率は博士修了後5〜7年程度でもっとも高く、ポストドクターというトレーニング期間を経て、任期の変わり目で移行するケースが多いことが明らかになった。しかし平均移行率は6.3%と、一般大卒者の非正規職から正規職への移行率よりも著しく低い状況にある。』とまとめられており、ポスドクは不安定な職に捉われ続けるというメッセージを発しています。

しかし、ここには巧妙に(?)ミスリーディングを誘う罠がしかけられています。

上で見たように、この報告書では「ポスドクの将来のキャリアパスが不透明である」として、「ポスドクは任期を繰り返しつつ不安定な雇用のままで高齢化することが問題視されている」という前提を示しています。そして、この報告書でのデータ解析により、「ポスドクは正規職への移行率が6.3%にすぎない」からポスドクは悲惨であると結論づけています。

ところが、本連載の「その6」で見たように、この報告書における「正規職」は非常に条件が厳しく(常勤で任期なし)、現在の研究業界においては、ポスドクであるかどうかは別として、そもそもそのような職に就くことは困難な状況です(任期があれば教授であっても非正規とみなされる)。

しかも、この報告書ではその前提としている「ポスドクが任期を繰り返す」を示すデータはありません。本当にポスドクはポスドクのまま任期を繰り返すのでしょうか?

下記のグラフを見てください。

(クリックで拡大)

これは、この報告書『ポストドクターの正規職への移行に関する研究(http://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/NISTEP-DP106Fullj.pdf)』が解析に使ったポスドクデータが記載されている『ポストドクター等の雇用・進路に関する調査−大学・公的研究機関への全数調査(2009年度実績)』の166ページにある「ポストドクター等の継続・職種変更に関する状況内訳」の図です。

これを見ると、次年度もポスドクを継続している人は69.8%となっています。70%という数字は大きいので、一見すると「やはりポスドクはポスドクのままなのか」と思う人もいるかもしれません。しかし、この70%は「一生ポスドク」の割合ではなく、「次年度もポスドク」の割合です。

やや極端な例かもしれませんが、仮にあなたが誰もが羨むホワイト企業に勤めているとして、でも翌年は全社員の70%しか会社に残れないとしたらどうでしょうか。すなわち、次年度もポスドクなのは70%というのは、「ポスドクが任期を繰り返す」とは相容れない数字だと言えます。

もちろん、上記の円グラフの中には、「転出後の職業不明または転出の状況不明」が少なくない割合(12.5%)含まれています。そのため、70%がポスドクを続けているとしても、残りの30%が全てポスドク以外の職に変わるというわけではありません。

ですが、もし仮に「転出後の職業不明または転出の状況不明」に当てはまるデータを、次年度の職を正確に追跡できなかったとして除外すると、ポスドク総数が14,979人(17,116人-2137人)で次年度にポスドクでなかった人は3,041人なので、その割合は20.3%(3,041/14,979 x 100%)となります。

したがって別の表現を使えば、「ポスドクの5人に1人は翌年にはポスドクを卒業できる」と言えます。そのためやはり、「ポスドクが任期を繰り返す」という本連載で取り上げている報告書『ポストドクターの正規職への移行に関する研究(http://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/NISTEP-DP106Fullj.pdf)』の前提は正しくはないと言わざるをえません。

もちろん、ポスドクを卒業したとしても、次の職が安定した職でなければ意味はないかもしれません。しかし、現在は変化の激しい時代で、かつてのように一生生活を保障してくれる職というものはそもそも少ないです。したがって、最低限「常勤」であれば、「きちんとした職」と言えるのではないでしょうか。

それでは、ポスドクから職を変更した人(3,041人)のうち、「常勤」である人はどのくらいいるのでしょうか。再び『ポストドクター等の雇用・進路に関する調査−大学・公的研究機関への全数調査(2009年度実績)』を見てましょう。そこの173ページにある表を以下に示します。

(クリックで拡大)

データを見ると、3,041人のうち少なくとも2,011人は常勤です(常勤職に学生や主夫/主婦は含まれていない)。つまり、ポスドクから職種を変えた人のうち約70%は「ポスドクでない常勤職」についています。

すなわち、これらポスドクデータを詳しく見てみると「ポスドクの5人に1人は次年度にはポスドクを“卒業”していて、卒業したポスドクのうち約7割は常勤の職についている」となります。これは本連載で取り上げている報告書『ポストドクターの正規職への移行に関する研究(http://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/NISTEP-DP106Fullj.pdf)』で出した「ポスドクの正規職への移行が6.3%」という結論とは印象が大きく異なります。

これらの数値を見て読者の皆様がどう感じるかはわかりませんが、少なくとも私は、本連載で取り上げている『ポストドクターの正規職への移行に関する研究(http://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/NISTEP-DP106Fullj.pdf)』は、不正確な解析の元、いたずらに「ポスドクの悲惨さ」を広めているだけのような気がしてなりません。

もちろん、だからと言ってポスドクの状況は実は良いのだというつもりはありません。博士号を取得するだけの高等教育を受けた人をもっと効率的に活用することが国の科学技術力ならびに国力を向上させるために役立つのは疑いはありません。ですが、いたずらに「ポスドクを悲惨」ということを示していては、そもそも博士号を取得しようとする若い人たちがいなくなってしまい、さらに日本の科学技術力は低下してしまうでしょう。その意味でも、本連載で取り上げている報告書『ポストドクターの正規職への移行に関する研究(http://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/NISTEP-DP106Fullj.pdf)』の不適切な内容は、国の報告書にしては無責任と言わざるをえません。

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さて、今回の最後に『ポストドクターの正規職への移行に関する研究(http://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/NISTEP-DP106Fullj.pdf)』のいい加減さをもう1つだけお伝えします。

この報告書の25ページには、「転出・移動後の就業形態と任期の有無」という表があります(下表)。

(クリックで拡大)

この表では、「同一機関でポスドク継続」が10,607人(78.2%)とあります。しかし、上で示したように、この報告書『ポストドクターの正規職への移行に関する研究(http://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/NISTEP-DP106Fullj.pdf)』が使っているデータ(『ポストドクター等の雇用・進路に関する調査−大学・公的研究機関への全数調査(2009年度実績)』)では、「同一機関で同一の状態でポストドクター等を継続」している人は9,443人しかいません。

本連載の「その5」でもお伝えしましたが、『ポストドクターの正規職への移行に関する研究(http://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/NISTEP-DP106Fullj.pdf)』は、『ポストドクター等の雇用・進路に関する調査−大学・公的研究機関への全数調査(2009年度実績)』のデータを一部除外して使っています。

それなのに「同一機関でポスドク継続」という数値が増えているのは不可解です。きっと単純なミス(もしくは意図的にデータを改竄?)だとは思うのですが、いずれにしろ、本連載が取り上げている報告書『ポストドクターの正規職への移行に関する研究(http://www.nistep.go.jp/wp /wp- content/uploads /NISTEP-DP106Fullj.pdf)』のデータ解析は不正確であると言わざるをえません。

次回も引き続き『ポストドクターの正規職への移行に関する研究(http://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/NISTEP-DP106Fullj.pdf)』にある不正確な箇所を指摘していこうと思います。

執筆者:広義の意味でのポストドクター

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