失楽 ー夢から覚めた、その先はー



第4回(更新日:2014年07月15日)

左遷

私が泣いた数日後、私は教授に呼び出されました。

(何を言われるのだろう。また何か責められるのだろうか)

竦む足で教授室に向かい、告げられた言葉は・・・

「君、来週からちょっと別の研究室に行って研究してきてよ」

こうして私は“左遷”という形で研究室を後にすることになりました。

【左遷】

“別の研究室に行って実験をする”

言葉通りにとらえれば、何でもないようなことに聞こえるかもしれません。
むしろ、「共同研究を任されるなんて、信頼されている証では」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、私たちの研究室の場合、この言葉は全く別の意味を持っていました。

教授は「共同研究先」という、自分の気に食わない相手を送りつける当てをいくつか持っていました。

「共同研究」と言えば聞こえはいいですが、送り先は何の実験設備もない小部屋だったり、申し訳程度の実験設備を置いた元物置部屋だったり、...「研究室」とは名ばかりの場所です。

「あそこに送られてしまえば、研究者としてはもう終わりだ」

これが私たち研究生の共通認識でした。

特に、創薬科学科の学生は必死でした。

私の知る限り、左遷される学生はほとんど薬学の学生でした。
薬学科の学生が、能力的に劣っているというわけではありません。むしろ彼ら彼女らは、優秀すぎるあまりに教授とうまくいっていないようでした。

また、創薬科学科の学生は、教授に贔屓される傾向にありました。
研究者養成を声高に叫ぶ大学でしたから、薬剤師を目指す薬学科の学生よりも、研究者を目指す創薬科学科の学生が可愛がられるのは、当然と言えば当然の事かもしれません。

創薬科学科でありながら、左遷される。
私は、それほどまでに教授に嫌われたのかと、身震いしました。
込み上げてきたのは、怒りよりも悲しみ、そして絶望でした。

“研究者としての能力も上がらず、ただ無駄に残りの3年間を過ごすのか”

“ただでさえ、創薬系企業の研究職は生物系・医療系よりも有機系の方が有利なのに、こんなところに飛ばされてしまって、私は将来無事に就職できるのか”

自分の立っている足場が、足元から崩れ去っていくような、何とも言えない虚無感と焦燥感。ザッと全身の血液が失われていくような、そんな心持ちがしました。

【気乗りしない日々、そして転機】

左遷され、テーマも変更になりました。

物性評価系から細胞実験へ。
今まで学んできたことがほとんど役に立たず、一からの勉強を余儀なくされました。

新しいことに、すぐに興味など持てるはずもありません。
未練がましく以前のテーマに近い論文を読みながら、無為に毎日を過ごしていました。

そんな中、転機が訪れました。

どうやら、ここにもう一人送られてくるらしいというのです。

「いったい誰が来るのだろう」
期待と不安と、そして困惑。

やってきたのは、最初の研究室体験でお世話になった先輩、R先輩でした。

「私も飛ばされちゃった」

そういって、彼女は切なげに笑いました。

「飛ばされた」とは言っても、彼女は私の様に何かヘマをやらかしたわけでも、教授と不仲になったわけではありません。

(彼女はとても優秀な研究生で、研究を始めて一年足らずで論文を出せるような手腕の持ち主でした。)

ただ、運が悪かったのです。

彼女の指導教官が、引き抜きに合い、この研究室を出ていくことが決まりました。

学部生だった彼女は一人では実験を進められる手腕もなく、新たな指導教官の下に就く必要がありました。
しかし、本部には手の空いている指導教官など一人もいません。
あぶれた学生は、必然的に余所へ送られることになりました。

また、運がいいのか悪いのか、彼女の研究テーマが「論文」という形でまとまってしまい、ちょうど研究の区切りがついてしまっていました。

テーマ変更に何の支障もない彼女は、真っ先に余所へと送り出されることが決まってしまいました。

***

R先輩とは公私ともに仲良くさせてもらっていました。

転属が決まった当初、ひどく落ち込んでいたのをよく覚えています。

完全な左遷じゃないのに、そこまで落ち込まなくても、と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

確かに、教授との仲がこじれての左遷ではない以上、彼女が本部に戻れる可能性は十分に残っていました。
しかし、何か下手を打ったり、いえ、下手を打たなかったとしても状況如何では、完全に本部と絶縁状態になることは目に見えていました。

私はかける言葉を見つけられず、ただ黙って話を聞く事しかできませんでした。

けれども数日後、彼女は私に朗らかに言い放ちました。

「ここで一旗揚げて、教授に目にもの見せてやる。
...万久里、私たちダブルファーストで論文を出すのよ!」

開き直ったR先輩はどこまでも前向きでした。
彼女の情熱に触発され、私は少しずつ研究に対するやる気を取り戻していきました。

私は、彼女の明るさに救われたのです。

第5回に続く

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