SFミステリー小説:永遠の秘密
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第一章:転校生
田中洋一(たなか・よういち)はごく普通の小学生男子だった。運動ができるわけでもなく、勉強ができるわけでもない。かと言って、悪ガキや不良といった『落ちこぼれ』というわけでもなかった。本当にどこにでもいるような普通の児童であった。
ただ、手品だけはクラスの誰よりも上手で、休み時間に田中洋一が手品をするためのトランプなんかを机の上に出すと、それとはなしに人が集まってくるのだった。
本来、手品というのは不思議な現象を見て楽しむものだ。しかし、多くの人は手品を見るとなると、そのタネを暴くことに必死になる。タネが見つけられれば自分の勝ち、見つけられなければ負け、というわけだ。
田中洋一の手品を見に集まるクラスメートたちも、その多くが手品のタネを見つけることに集中していた。そして実際、時には田中洋一の手品のタネが暴かれることも少なからずあった。
田中洋一は、初めの頃は自分の手品のタネがばれるのを嫌がっていた。しかし、手品のタネがばれたときの方がみんなが喜んでくれていることに気づき、それ以来、積極的に手品のタネを明かすことはないにしろ、手品のタネをひた隠しにしたり、手品のタネがばれないように必死になったり、ということはなくなった。
そんな大らかな態度のおかげか、ごくごく普通の小学生男子であるにも関わらず、田中洋一は、それなりにクラスのみんなと仲良くできていた。そして、彼の手品は、彼の周りに人を惹きつける大きな武器ともなっていたのである。
***
小学六年生になって二ヶ月が経ったある日の朝、田中洋一のクラスである六年三組の担任の先生に連れられて知らない男子が教室に入ってきた。
「はい、みんな席について。これから朝の会を始めるよ。」
「先生、その人だれ〜。」
「これから紹介するから、はやく自分の席に座りなさい。」
「は〜い」とやる気のない声でそう言いながら、一之瀬さとし(いちのせ・さとし)はだるそうに自分の席についた。一之瀬さとしは、体が大きく乱暴な子供だ。勉強は苦手で、先生の言っていることを遮ることが多く、いつも授業の邪魔ばかりしていた。
しかも、六年生になってからは、彼の隣に座っている酒見正(さかみ・ただし)と一緒に、色々と悪いことをしていると周りからは噂されていた。
「今日はみんなに新しいお友達を紹介します」と、担任の先生がそう言って朝の会を始めようとすると、「新学期が始まって二ヶ月も経ってるのに今さら転校生かよ」と、いつものように一之瀬さとしは先生の発言を邪魔するようなことを言った。
しかし、担任の先生は一ノ瀬さとしを注意するでもなく、「彼は沢木キョウ君です。沢木君は今まではアメリカに住んでいたのですが、ご家族の都合で日本に戻ってきました。久しぶりの日本での生活ということで皆さんの助けが必要なこともあると思います。みんな親切にしてくださいね」と、新しくクラスに入ってくる男の子のことを紹介した。
「なんだよ、アメリカ帰りかよ。日本語わかんのかよ、そいつ」と、今度は酒見正が茶々を入れた。そして、隣にいるさとしと一緒にゲラゲラと笑った。
「さとしにただし、少しは静かにしていなさい。そんなことは言ってはいけませんよ。沢木君、彼らは口は悪いですが、優しい子たちです。他のクラスメートもみんな良い子ばかりなので、心配しないでくださいね。」
「はい」と静かにうなずいた沢木キョウだったが、一之瀬さとしにも酒見正にも、それどころか、クラスの誰に対しても、彼は全く興味を持っていないようだった。
そして、「沢木君、自己紹介をしたいですか?」との担任の質問には、沢木キョウは「いいえ」と軽く返事をして首を横に振っただけだった。そのため、転校生である沢木キョウの紹介はすぐに終わり、いつもどおりの朝の会が始まった。
沢木キョウは、黒板に向かって左端の一番後ろの席に座るようにと言われ、最近買ったであろうランドセルを右手に持ったまま、そこの席に向かった。沢木キョウの隣の席に座る男の子は田中洋一だった。
***
その日は、梅雨の時期にも関わらず久しぶりに天気が良かった。そのため、給食の後の休み時間には、多くのクラスメートが校庭に出て遊んでいた。しかし、何人かのクラスメートは、この日も田中洋一の周りに集まっていた。
「今日はどんな手品を見せてくれるの?」
田中洋一の机の前のイスに後ろ向きに座っていた真中しずえ(まなか・しずえ)が聞いてきた。
真中しずえはこのクラスの中心的な人物で、田中洋一とは違って、運動も勉強もできる女の子だった。
彼女は科学と不思議なことが大好きで、学校の科学クラブには四年生のときから入っていた。
昨年の夏休みの自由研究では、科学クラブ仲間でクラスメートでもある空木カンナ(うつぎ・かんな)と一緒に、『土壌のアルカリ性が植物の根の伸長に与える影響』という研究プロジェクトでC県の教育長賞を受賞していた。
「沢木君は手品は好き?」
真中しずえは田中洋一の隣に座っている沢木キョウにそう聞いた。
「うん、それなりに好きだよ。」
「じゃあ、沢木君も一緒に洋一君の手品を見ようよ。彼の手品はね、ときどき失敗したりするから手品のタネを見破れることが多くて楽しいよ。」
「余計なお世話」と言いながら、田中洋一は手品の準備をした。実はこの日、田中洋一は新しい手品をランドセルの隅っこに入れて持ってきていたのだ。
田中洋一は先週の誕生日で十二歳になり、そのときに誕生日プレゼントとして新しい手品用トランプを親に買ってもらっていた。
「じゃあ、今日は皆さんに新しい手品をお見せします」と言いながら、少し大げさな素振りで田中洋一はトランプを箱から出して、こなれた様子でトランプをシャッフルした。そして、「誰かトランプをシャッフルしてくれる人いますか?」と周りのギャラリーに聞いた。
この日は、真中しずえ、沢木キョウの他にも、空木カンナと羽加瀬信太(はかせ・しんた)も田中洋一の手品を見ていた。
***
羽加瀬信太は、年齢の割には小柄な男の子だった。運動は苦手だったが、勉強は得意で、授業も真面目に受けていて宿題もきちんと毎日やってきていた。そのため先生や周りのクラスメートからは、勉強を頑張っている優等生との評価をされることが多かった。
しかし、そのことが逆に、一之瀬さとしや酒見正の気に触っているらしく、時々その二人に意地悪をされていることもあった。特に六年生になってからは、一之瀬さとしや酒見正からのちょっかいが酷くなってきているように、他のクラスメートの目にもうつっていた。
ただ、クラスの中心的存在であった真中しずえが、羽加瀬信太に対する一之瀬さとしや酒見正の言動を担任の池田先生に事細かに伝えていたため、これまでは大きな問題にはなっていなかった。
空木カンナは、真中しずえといつも一緒にいる女の子だった。彼女は一年前、小学五年生のときに転校してきた。自分から積極的に話しかけるタイプではなかったため、転校してきてからしばらくは一人で登下校する姿が目立った。そんなとき、ある授業で真中しずえとペアを組むことがあり、それ以来、二人の距離は急激に縮まった。
空木カンナはは、真中しずえとは対照的な性格で、何事にも落ち着いて対処していた。そのため、いつも活発でひたすら前に突き進む真中しずえにブレーキをかける場面も多かったが、彼女たちの正反対の性格が逆に二人を親友として強く結びつけていたようだった。
***
田中洋一の「シャッフルしてくれる人いませんか?」という問いかけに、この日は「私がシャッフルしようかな」と空木カンナが答え、田中洋一からトランプをもらって小さな手で何回かシャッフルをした。
「空木さん、ありがとう。じゃあ今度は、空木さんが持ってるトランプの束から、信太君に一枚だけ選んでもらおうかな。」
「え、僕が?」
「うん。どこからでもいいよ。あ、でも表は誰にも見せないで。」
「う、うん。じゃあ、これにしようかな。選んだトランプの表は僕は見てもいいの?」
「いいよ。」と田中洋一に言われて、羽加瀬信太は誰にも見られないように自分の選んだトランプの表を見た。ハートの五だった。
「じゃあ、次に、そのトランプを裏面を上にして机の上に置いて。」
田中洋一に言われるまま、羽加瀬信太は自分が選んだトランプを田中洋一の机の上に置いた。
「これから僕はそのトランプが何のカードかを当てます。実は、みんなには内緒にしていたんだけど、僕の目には不思議な力があるんです。」
そういって大げさにトランプを凝視する田中洋一を、横から沢木キョウが見ていた。左手で頬杖をついていた沢木キョウだったが、机の上に置かれたトランプを田中洋一が見ているときは、その手は左目を隠しているようにも見えた。
「沢木君も興味津々だね」と、真中しずえが沢木キョウに話しかけた。
「うん。どんな力が田中君にあるのか興味があるよ」と、沢木キョウは答えた。
「知りたい?実はね、僕は物を透過させて見る力があるんだ。レントゲン写真みたいな感じなんだよ。だからね、こうやって裏向きに置かれたカードだって、そのカードが何かわかるんだ。」
「そうなんだ」と、今度は一気に興味がなくなった感じで沢木キョウが答えた。
「あ、その様子だと信じてないね。いいよ、僕の力を見せてあげるよ」と言いながら、田中洋一は「う〜ん・・・」と小さく唸ったあとで、「見えた!このカードはハートの五だ!」と言った。
そして、みんなが一斉に、そのトランプを選んだ羽加瀬信太の方を見た。羽加瀬信太は「あ、あたり」と小さな声で言いながら、そのトランプを表向きにした。本当にハートの五だった。
「すごーい!」と大きな声で言ったのは真中しずえだった。
「なんでなんでー。なんでわかったの?わたし、タネが全然わかんなかった。」
「タネも仕掛けもないよ。だって、これは僕の不思議な力のおかげだからね。」
「えーそんなことないよ。あ、わかった。このトランプ、全部ハートの五なんじゃないの?」
「違うよ」とちょっと得意気な様子で、空木カンナの目の前に置いてあったトランプの束を手にして、田中洋一は他のトランプがハートの五でないことを示した。
「あれ?ほんとだ。じゃあ何で羽加瀬君が選んだカードがわかったの?もっかいやって。」
「いいよ、何回でもやろうか。じゃあ、今度は信太君がシャッフルして真中さんが一枚トランプを選んでみる?」
言われるままに、羽加瀬信太がトランプの束を受け取りシャッフルをして、真中しずえが自分の選んだトランプの表を確認してから机の上に裏向きに置いた。
「クローバーの十!」
「えーーー何でわかるの!?」
「もう一回やろうか?」
「うん、やるやる。」
再び羽加瀬信太がシャッフルし、真中しずえが選んだ。
「えっと、これはちょっと難しいな・・・。うん、わかった。ハートの八、だよね?」
「どうしてわかるの?」
「だから言ったでしょ、僕の目には特別な力があるって。」
「そんなことあるわけないよ。ねぇ、タネを教えて。」
「タネも仕掛けもありませ〜ん。」
と、ちょっと小馬鹿にするようなジェスチェーを田中洋一をしていた。真中しずえは悔しそうにしていたが、それでも面白い手品を見ているということで、彼女は楽しそうな表情をしていた。
「沢木君は手品が好きなんだよね。タネがわかった?」と、ドヤ顔をしている田中洋一にあっかんべーをしてから、真中しずえは沢木キョウに助けを求めた。
「どうだろう。えっと、空木さんだっけ?君はわかった?」と、沢木キョウは左手で頬杖をついて顔の左半分が隠れた感じのまま、空木カンナに話を振った。
「私も全然わからなかったよ」と空木カンナが答えると、「ふ〜ん、そうなんだ」と、微笑を浮かべながら沢木キョウは言って、「ねえ、田中君、今度は僕が選んでもいいかな?」と田中洋一に聞いた。
「もちろん、いいよ。」
「ありがとう。でも、選んだトランプを机の上に置いたあと、その上から残りのトランプの束を置いてみてもいいかな?」
「え?」
「田中君がレントゲンみたいな目を持ってるなら、選んだカードの上にたくさんトランプが置いてあっても大丈夫かなって思ったんだけど、それだとやっぱり難しい?」
田中洋一が焦ってる様子を見て、真中しずえは嬉しそうに「あー、トランプの裏に何か目印があるんだー」と言った。
「そ、そんなことないよ。ほら、どのカードも同じでしょ」と田中洋一はパラパラと一枚ずつトランプの裏面を見せた。
「あれ、たしかに。どれも同じだ・・・。」
「でしょ。」
「じゃあ、どうしても選んだトランプの上に何か置いたらダメなの?」
「えっと、それは・・・。」
「手品って、タネがわからないから楽しいんだと思うよ。それに、田中君もタネがバレたら嫌なんじゃないかな?」と、沢木キョウが田中洋一に対して助け舟を出した。
「いいのいいの。この人の手品はタネがバレるところまでが芸だから」と、真中しずえは沢木キョウの発言を全く気にせずにタネ明かしをしたがった。
「タネがバレるのが芸って・・・」と、田中洋一は苦笑いをしながらも、「沢木君はタネがわかったの?」と沢木君に聞いてきた。
「まあ、なんとなくは」と沢木キョウが答えると、「えー教えて教えて」と真中しずえは沢木キョウに詰めよった。
「それはマナー違反かと思うんだけど・・・。」
「大丈夫大丈夫、と言いたいところだけど、まあ確かに沢木君の言うこともわかる。でもタネ知りたいな−。」
「そう思ってモヤモヤするのも手品を見る楽しみだよ。」
「うーん、そうなのかなー。」
すると突然、「僕は別にいいよ」と、沢木キョウと真中しずえの会話に田中洋一が割って入ってきた。
「え、ほんと?」と、真中しずえの声のトーンが一段あがった。
「うん、これまでもネタバラシされたことあったし。」
「さすが洋一君、寛大だね。」
「でも、沢木君の考えが違ってる可能性もあるよ。」
「そっかー。でも、沢木君の考えが間違ってても本当のタネは教えてくれる?」
「それはさすがにダメだよ。」
「だよねー。でも、沢木君の予想が当たってたら正直にそれが正解って言ってね。」
「いいよ。でも、合ってたら、だよ。」
***
「と言うわけで・・・」と真中しずえは沢木キョウの方を向いて発言を促した。
「田中君が良いんだったら言うけど、本当に良いんだね?」と、左手で前髪を上げる仕草をしながら沢木キョウは田中洋一に確認した。「うん、いいよ」と田中洋一は答えた。
「僕が思うに、このトランプってカードの裏に何のカードかが書いてあるような気がするんだよ。」
「でも、どれも同じ模様だよ。」
すると空木カンナが、「ねぇ、しずえちゃん、このカードとこのカード、なんか裏の模様が違くない?」と沢木キョウと真中しずえの会話を遮ってきた。
「そうかなあ・・・」と真中しずえは言ったが、「ほら、ここ。この真ん中の円形の模様がちょっと違うよ。こっちは青い色が濃いのに、こっちは色の濃い場所が少しずれてる」と言いながら空木カンナは模様が違ってる箇所を指で押さえた。その途端、田中洋一は「あちゃー」という顔をした。
「え。本当?それがタネなの?トランプの裏の模様でどのカードかわかるってこと?」
「まあ、そうかな。」
「えー、でもそれだけじゃわからないよ。だって洋一君はトランプの裏の模様を見ただけでしょ。一枚ずつ全ての模様を覚えたってこと?洋一君が?そんなことできるわけないじゃん。」
「なんか僕ちょっとバカにされてる?」
「え?違う違う。全然違うよ。バカになんかしてないよ。」
「本当?」
「ほんとほんと。だから、どうやって裏の模様だけでカードを見分けたか教えて。」
「えー、どうしようかなー。羽加瀬君や空木さんはわかる?」
羽加瀬信太はちょっと間を置いて「模様の違いに何かパターンがありそうな気がするんだけど、よくわからないや」と言った。そして、トランプの裏の模様を何枚か比べていた空木カンナに目を向けて「空木さんは何かわかった?」と聞いた。
「このトランプの裏って円形の模様が五つあるでしょ。真ん中に大きな円形の模様と、四隅にはそれよりも少しだけ小さな円形の模様。その五つの模様ってぱっと見では同じに見えるんだけど、よくみると少しずつ違うんだよね。点対称になっていたり線対称になっていたり、で。でも、ほら、このカードみたいに対称になっていない模様もあるんだよね。」
「あー、ほんとだ。良く気づいたね、カンナ」と、真中しずえは感心して言う。そして「いきなりそんなところまでバレちゃうとは思わなかったな・・・」と頭をポリポリと書きながら田中洋一がため息混じりで続いて言った。
「って言うことは、それが正解?」
「うん、正解。裏の模様のパターンでどのカードかわかるんだ。」
「でも、どうやって?」
「えっとね、真ん中の大きな円形の模様はトランプの種類を示してるんだよ。例えば、こっちは線対称の模様でしょ。それはハートなんだよ。」
「じゃあ、こっちの点対称は?」
「それはダイヤ。」
「これは?」
「えっと、それは点対称でも線対称でもないから、クローバーだね。」
「じゃあ、点対称でもあり線対称でもある模様はスペード?」
「正解。」
「で、数字を表すのは周囲の4つの模様なんだよね?」と、沢木キョウが二人の会話に割って入った。
「うん、そうなんだ。そっちはちょっと複雑。周囲の四つの模様のうち、一つだけ点対称かつ線対称なら、そのカードは『1』を表すんだ。そして、点対称かつ線対称の模様の数が増えるごとに『2』、『3』、『4』となるんだよ」と田中洋一が続ける。
「そうすると、点対称の模様の数が一つだけならそのカードは『5』で、点対称の模様が増えるごとに『6』、『7』、『8』となるんだね」とトランプの表と裏を見比べながら空木カンナが付け加える。
「うん。で、『9』から『12』は線対称の模様の数で表してるんだよ」と田中洋一が言うと、「じゃあ、『13』は?」と真中しずえが間髪入れずに聞いてきた。
「それは四隅の模様が全て点対称でも線対称でもない図形のカードなんじゃないかな?」と、これまで黙ってみんなの会話を聞いていた羽加瀬信太が少し小さな声で言った。
「当たり。みんな良くわかるね。この手品のタネが今日バレるとは思わなかったよ」と、田中洋一が苦笑いをしながら言うと、「沢木君がトランプの裏にタネがあるって言ったからだね」と、トランプを両手に何枚かずつ持ちながら真中しずえが沢木キョウに向かって言った。
「手品のタネをばらすようなことをしてごめんね。」
「ううん、全然いいよ。でも、よくわかったね。」
「実はね、これと同じような手品をアメリカでも見たことがあって、僕もお店で買って持ってたんだよ。」
「あー、そうなんだ。」
「でも、タネがあるとは言っても、模様のパターンを覚える必要があるから、これって少し面倒な手品だよね。」
「まあね。これでも結構頑張って覚えたんだ。」
「手品のタネはわかったけど、確かにちょっと複雑だね。洋一君にしては良く覚えたなと思うよ」と、半分からかいながら真中しずえが言うと、「余計なお世話」とトランプの束を揃えていた田中洋一が笑って言った。
すると、「あれ、どうしたの?」と空木カンナが沢木キョウに聞いた。
「え?」
「なんか考えごとしているような感じだったから。」
「いや、別に何でもないよ。ただ、田中君が頑張って覚えた自分の手品のタネがばれたのに、普通ににこやかにしてるから少し驚いただけ。悔しがったり、ムッとしたりはしないんだね。」
「洋一君はそんな細かいことは気にしないよね?」と、真中しずえが言うと、「手品のタネがばれてみんなに笑われるまでが僕の手品ショーだからね」と言って、涙をぬぐうそぶりをして田中洋一はみんなを笑わせた。
「ほんとに怒ったりしてないの?」と、左目にかかりそうだった前髪をあげながら沢木キョウは聞いた。
「全然だよ。本音を言うとちょっと悔しいなとは思うけど、みんなが僕の手品を見て楽しんでくれてるってだけでいいんだ。ほんと気にしないでいいよ。」
「君はナイスな人なんだね。」
「え?そう面と向かっていわれるとちょっと照れるね。」
「いつも褒められることないもんね!」と、真中しずえが再びからかう。
「もう、本当に余計なお世話だよ。でも、僕の手品を見てくれる友達が一人増えて嬉しいよ。って、えっと、沢木君はもう僕らの友達・・・だよね?」
「もちろんだよ。友達が一人もいない学校に転校してきて不安だったけど、初日にこんなに沢山の友達ができて嬉しいな。これからよろしく。あ、それと、僕のことはキョウって呼んでいいよ。アメリカでもみんなそう呼んでたし。」
「じゃあ、みんな下の名前で呼びあおうね」と、真中しずえが割って入る。「それ、この会話の流れ的には僕のセリフだと思うんだけど・・・」と田中洋一が言うと、みんなは一斉に笑った。
(「第一章:転校生」おわり)