生成AIが書いたバイオ系短編小説集



生成AIが書いたバイオ系短編小説集

実験ノート

朝の5時37分、研究室の窓から見える空はまだ薄暗く、藍色と灰色が混じり合ったような色合いだった。僕は白衣のポケットから使い古したボールペンを取り出し、ノートに昨夜の実験データを書き写していた。PCRの結果がまたしても期待と微妙にずれて、DNAの増幅曲線がまるで酔っ払いの散歩みたいにふらついている。隣のベンチでは遠心分離機が低く唸っていて、その音が僕の思考を少しずつ溶かしていくようだった。

僕の名前は佐藤健司、38歳。東京の郊外にある小さな大学の生命科学研究所で助教をやっている。専門は遺伝子発現の制御で、特に植物がストレスにどう適応するかを調べている。カッコよく言えば「生命の謎を解く仕事」だけど、実際はピペットと試薬とエクセルの表に埋もれた毎日だ。同僚には「君はもっと派手な研究テーマを選べばいいのに」とよく言われる。でも、僕には派手さなんて必要なかった。ただ、植物が静かに生きていく仕組みが知りたかった。それが僕のささやかな反抗だったのかもしれない。

その朝、いつものようにコーヒーを淹れようと給湯室に行くと、カウンターに誰かが置き忘れたノートが一冊あった。表紙は濃い青で、染めたような模様が不規則に広がっていて、まるで細胞染色の実験スライドみたいだった。パラパラとめくってみると、中には細かい文字で何かがびっしり書かれている。でも、それは実験記録じゃなかった。詩のような、散文のような、妙にリズミカルな文章だった。

「青い光が細胞の隙間を流れ、時間はそこで止まる。君はそれを顕微鏡で見るだろうか。それとも、目を閉じて感じるだろうか。」

僕は一瞬、誰かの悪戯かと思った。でも、研究室にこんな感性の持ち主はいない。隣のラボの山田教授は論文の引用数にしか興味がないし、大学院生の田中君は実験ノートにアニメの落書きしか書かない。じゃあ、これは誰のものなんだろう。コーヒーを淹れるのも忘れて、僕はノートを手に研究室に戻った。

その日から、僕の日常に小さな歪みが生まれ始めた。実験の合間に青いノートを開くと、毎回新しい文章が現れる。昨日まで白紙だったページに、いつの間にか文字が浮かんでいるのだ。たとえば、ある日はこうだった。

「植物は声を上げない。でも、彼らは知っている。根の先で土を読み、葉の裏で風を聞く。君は彼らの言葉を翻訳できるか?」

最初は自分の疲れ目か、過労による幻覚だと思った。だって、僕は連日徹夜でデータを取っていて、睡眠時間は3時間あればいいほうだったから。でも、顕微鏡を覗くたびに、細胞の染色がいつもより鮮やかに見えるようになった。青い染色液が、細胞壁の隙間を縫うように流れていく。その動きが、ノートの言葉と奇妙に共鳴している気がした。

ある夜、実験室に一人で残っていたとき、僕はノートに向かって小さく呟いてみた。「君は誰なんだ?」もちろん、返事なんて期待していなかった。でも、次の瞬間、ページに新しい文字が浮かんだ。

「君が僕を見つけたんだ。僕が君を呼んだのかもしれない。どちらでもいい。問題は、これからどうするかだ。」

背筋が冷たくなった。僕は慌ててノートを閉じ、引き出しの奥に押し込んだ。でも、その夜は眠れなかった。遠心分離機の音が頭の中で反響し続け、青い染色液が夢の中で渦を巻いていた。

翌日、僕はいつものように実験を始めた。試料はシロイヌナズナ、モデル植物としてよく使われる小さな雑草だ。ストレス応答遺伝子の発現を調べるために、塩ストレスをかけた個体とコントロールを比較する。単純な実験だけど、データが揃えば論文一本分にはなる。少なくとも、僕のささやかなキャリアを保つには十分だ。

でも、その日は何かが違った。顕微鏡を覗くと、塩ストレスをかけたシロイヌナズナの細胞が、いつもと違う動きを見せていた。細胞質が微かに脈動し、青い染色液がまるで生きているみたいに流れていた。僕は目をこすって、もう一度覗いた。でも、変わらない。いや、むしろその動きがはっきりしてきた。まるで、植物が僕に何かを伝えようとしているみたいに。

慌ててノートを取り出した。新しいページには、こんな言葉が書かれていた。

「彼らは君を見ている。君が彼らを見ているように。彼らの時間は君の時間と交わり、青い線を描く。」

その瞬間、僕はある仮説を思いついた。ありえないことかもしれない。でも、試してみる価値はある。僕は急いで新しい実験プランを立て始めた。塩ストレスに加えて、微弱な電場をかける。それが遺伝子発現にどう影響するか。直感でしかないけど、ノートの言葉が僕を導いている気がした。

それから数週間、僕は研究室にこもり続けた。電場をかけたシロイヌナズナは、予想外の反応を見せた。ストレス応答遺伝子の発現が急激に上がり、細胞内の代謝経路が活性化した。顕微鏡で見ると、青い染色液が細胞の間で踊るように動いていた。データは信じられないほど綺麗で、まるで教科書に載るような結果だった。

でも、同時に、僕の中で何かが変わり始めていた。実験が成功するたびに、ノートの文章が短くなり、曖昧になっていった。ある日、ついにこう書かれていた。

「君はもう僕を必要としない。青い線は君の手の中にある。」

そのページを最後に、ノートに新しい文字は現れなくなった。僕はそれを引き出しにしまい、鍵をかけた。でも、不思議と寂しさはなかった。むしろ、解放されたような感覚があった。

数ヶ月後、その研究成果を国内の小さな学会で発表した。タイトルは「電場刺激による植物ストレス応答の増強」。地味なテーマだけど、質疑応答では予想以上に質問が飛び交い、その内容を論文にして発表すると、海外の研究者からもメールが来た。山田教授は「佐藤君、君にしては上出来だね」と笑いながら肩を叩いてきた。田中君は「先生、やっと本気出したんですね」とニヤニヤしていた。

でも、僕にはその賞賛がどこか遠くに感じられた。発表が終わった夜、僕は研究室の窓から空を見上げた。藍色と灰色が混じり合った空は、あの朝と同じだった。遠心分離機の音が静かに響き、コーヒーの匂いが漂っている。僕は白衣のポケットからボールペンを取り出し、ノートとは別の、新しいメモ帳に書き始めた。

「植物は声を上げない。でも、彼らは知っている。僕はその言葉を翻訳できたのだろうか。それとも、ただ耳を傾けただけなのか。」

その答えはまだわからない。でも、青い染色液が細胞の隙間を流れるたびに、僕は何かを感じ続けるだろう。それが僕の研究であり、僕の人生だった。


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