■相澤香の「脳卒中最前線」
第4回:A novel poly(ADP-ribose) polymerase-1 (PARP-1) inhibitor(2012年1月18日更新)
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高齢化社会が進む日本および先進国において、脳卒中という疾患は大きな社会問題となりつつあります。脳卒中は何らかの原因で脳組織への血流がストップする病気で、先進諸国においては死因の第2位〜第3位となっています。また、疾患部位が脳であるため、脳卒中を発症すると通常の生活に戻ることが難しく、脳卒中は医療経済的な面からも非常に大変な疾患と捉えられています。
現在では、医学の発展により多くの病気で効果的な治療薬が開発されてきています。しかし、脳卒中に限って言えば、医学の進歩の恩恵はそれほど享受できていません。特に、急性期(発症直後)に脳細胞が死滅するのを防ぐような薬剤は皆無と言ってよく、アメリカでは僅かに血栓溶解剤(血管に詰まった血の塊を溶かして血流を再開させる薬)のみがアメリカ食品医薬品局(米国FDA)の認可を受けている状況です。
しかし、ここ日本ではエダラボン(商品名ラジカット)という医薬品が脳卒中急性期に使用されています。この薬はラジカル・スカベンジャーに属するもので、脳卒中後に過剰に発生する活性酸素種を除去することで脳細胞を保護すると考えられています。既に認可から10年以上が経過していますが、この医薬品は現在も広く医療の現場で用いられています。
エダラボンを開発した製薬企業は三菱ウェルファーマ(現:田辺三菱製薬)という会社です。前置きが長くなりましたが、今回紹介する論文は、田辺三菱製薬から発表された2つの論文です。ともにBrain Research誌に掲載されたもので、1報目は「Neuroprotective effects of a novel water-soluble poly(ADP-ribose) polymerase-1 inhibitor, MP-124, in in vitro and in vivo models of cerebral ischemia.」というタイトル、2報目は「MP-124, a novel poly(ADP-ribose) polymerase-1 (PARP-1) inhibitor, ameliorates ischemic brain damage in a non-human primate model.」です。
いずれもMP-124という開発番号のついた化合物が、脳卒中のモデル(培養細胞、小動物、大動物)で効果を示したという論文です。MP-124の作用機序はpoly(ADP-ribose) polymerase-1(PARP)の阻害を介して細胞死を防ぐということになっています。PARP阻害剤は既にいくつもの会社が合成していますが、MP-124は水溶性の溶媒にも溶けるなど、新しいタイプの阻害剤という特徴があります
これら2つの論文の実験プロトコルは非常に良く考えられており、丁寧に実施された研究という印象を受けました。化合物の効果を培養細胞および動物モデルを用いて検討する論文としてのお手本となるように思います。今後、この化合物は臨床治験で効果があるかを検討することになると思いますが、ぜひとも新たな脳卒中の治療薬が誕生すればと思っています。