FANTOM5データベースを活用した新規角膜内皮細胞特異的マーカーの同定



執筆者情報

執筆者:吉原正仁1,2、川路英哉2,3、西田幸二1

執筆者所属:1大阪大学大学院医学系研究科脳神経感覚器外科学(眼科学)、2理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センター機能性ゲノム解析部門、3理化学研究所予防医療・診断技術開発プログラム

原著論文:Discovery of molecular markers to discriminate corneal endothelial cells in the human body. (PLoS ONE 10:e0117581, 2015)

更新日:2015年4月14日

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概要

角膜内皮再生医療の実現のためには、細胞の純化・品質評価を可能にする角膜内皮細胞特異的マーカーが必要不可欠である。本研究では、既報のヒト角膜内皮細胞のRNA-seqデータと、ヒトの多様な細胞における遺伝子発現を網羅的に解析したFANTOM5データベースを比較することにより、角膜内皮細胞特異的に発現する遺伝子を抽出し、そのうち5つがRNAおよびタンパク質レベルにおいて特異的に発現することを示した。

背景

角膜内皮は角膜の最も内側に存在する単層の細胞群であり、バリア機能ならびにポンプ機能により、角膜の水分を前房側へ排出することで角膜の透明性を維持する役割を担っている。角膜内皮細胞はヒト生体内においては増殖能が極めて乏しいため、外傷や疾患、手術等により細胞数が著しく低下すると角膜浮腫により透明性を維持できなくなり、水疱性角膜症と呼ばれる重篤な視力障害を来す。このような重度角膜内皮障害に対する根本的治療としては角膜移植が最も有効な治療法であるが、慢性的なドナー不足が深刻な問題となっている。

近年、多能性幹細胞を用いた角膜内皮細胞の再生医療が注目を浴びている。多能性幹細胞からの分化誘導段階においては多種多様な細胞が分化しうるため、正確に目的産物である角膜内皮細胞を同定するための特異的マーカーが必須となる。これまで、ZO-1[1]、Na+-K+-ATPase[2]、N-Cadherin[3]等が角膜内皮細胞のマーカーとして使用されているが、これらは他の多くの細胞でも発現しているため、これらの発現を基に角膜内皮細胞のみを単離することは困難である。

そこで本研究では、細胞内における遺伝子の発現状況を網羅的に把握するトランスクリプトームデータを用い、ヒト生体内において角膜内皮細胞特異的に発現するマーカーの同定を試みた。

バイオインフォマティクス解析によるマーカー候補遺伝子の抽出

まず、ヒト生体内の角膜内皮細胞に発現する遺伝子の情報として、Chenらによって報告された角膜内皮細胞のRNA-seqデータ[4]を解析した。このデータには、3個体の成人(31歳,56歳,64歳)および2個体の胎児 (胎生16週~18週) 由来の角膜内皮細胞における遺伝子発現プロファイルが含まれていた。しかし、56歳の成人由来の検体における遺伝子発現を確認したところ、角膜上皮細胞のマーカーであるKRT3およびKRT12[5]が発現していたため、この検体には角膜上皮細胞が混在しているものと判断し、以降の解析は残りの4検体の発現プロファイルを用いて行った。

一方、比較対象となるヒト生体内の各種細胞における遺伝子発現情報として、180種類以上の正常細胞種を含む975のヒト由来サンプルの遺伝子発現を網羅的に解析したFANTOM (functional annotation of the mammalian genome) 5データベース[6]を使用した。このデータベースでは、理化学研究所(以下「理研」)独自の技術であるCAGE (cap analysis of gene expression) 法を用いて、各種細胞におけるゲノム上の転写開始点を網羅的に同定すると同時に、その転写活性を、得られたリード数からTPM (tags per million) を単位として定量している[7]。FANTOM5データベースでは初代培養細胞や生体細胞、癌細胞株などが網羅的に解析されているが、角膜内皮細胞の発現プロファイルが含まれていなかったため、角膜内皮細胞のRNA-seqデータと比較し、他の細胞種で発現している遺伝子を排除することで、角膜内皮細胞特異的に発現する遺伝子を同定できると考えた。

解析の流れを図1に示す。まず、角膜内皮細胞に発現する遺伝子として、RNA-seqデータで10FPKM (fragments per kilobase of exon per million mapped fragments) 以上発現している10,627の遺伝子を抽出した。更に、将来、目的産物である角膜内皮細胞を生きたままの状態で単離することを見越し、遺伝子オントロジー (GO) term[8]の定義に基づき、細胞膜に局在するタンパク質をコードする遺伝子を選択したところ、1,494の遺伝子に絞り込むことが出来た。これらの遺伝子について、FANTOM5データベースを参照して初代培養細胞または生体細胞における発現量を確認し、5以上の細胞種で10TPM以上発現している遺伝子を除くことにより、マーカー候補を13遺伝子まで絞り込んだ。

マーカー候補遺伝子の角膜内皮細胞における発現特異性の実験的検証

バイオインフォマティクス解析を用いたスクリーニングにより抽出された13遺伝子について、まず、ヒト角膜内皮細胞および22種の全身組織由来のRNAを用いて、定量的PCRによる発現定量を行った。13遺伝子のうち、8遺伝子は角膜内皮細胞以外の組織でも高発現しており、中には角膜内皮細胞よりも発現量が高いものもあったため、これらを除外し、最終的にマーカー候補は5遺伝子まで絞り込まれた。これら5遺伝子は角膜内皮細胞に極めて特異的に発現していた(図2A)。

更に、ヒト眼球組織におけるこれら5遺伝子の発現定量を行った。眼球由来の12種の生体細胞に加え、初代培養角膜内皮細胞のRNAを抽出し、定量的PCRにより発現定量を行った結果を図2Bに示す。一部の遺伝子に関しては他組織でも発現を認めたが、いずれも角膜内皮細胞に特異性の高い発現パターンを示した。角膜実質は角膜内皮に隣接する組織であり、角膜内皮細胞同様に神経堤細胞由来の組織であることから、角膜内皮細胞特異的マーカーとしては角膜実質に発現しないものが望ましい。CLRN1は僅かに角膜実質で発現が検出されたものの、他の4遺伝子は角膜実質で発現を認めなかった。

最後に、タンパク質レベルでの発現を確認するため、これら5つのマーカーについて、ヒト角膜組織切片を用いて免疫染色を行った。図2Cに示す通り、いずれも角膜内皮特異的に染色された。

以上の結果から、これら5つのマーカーはRNAおよびタンパク質レベルで角膜内皮細胞特異的に発現していることが示された。

おわりに

角膜内皮細胞の特異的マーカーを同定する試みは過去にも為されているが、いずれも、角膜実質や他の限られた組織と発現比較することにより、候補遺伝子を抽出している[4,9,10]。一方、本研究では、ヒト由来の多種多様な細胞における遺伝子発現を網羅的に解析したFANTOM5データベースと比較することで抽出しているため、既報のものより極めて特異性の高いマーカーを同定できたと考える。実際、既報のマーカーはFANTOM5データベースにおいて他の細胞種で高発現していることが確認されたため、スクリーニングの解析段階で除外された。

本研究は、公開されているデータを元にしたバイオインフォマティクス解析(イン・シリコ・スクリーニング)により13のマーカー候補を抽出した後、それらの発現を実験的に検証することで、新たな5つの角膜内皮細胞特異的マーカーを見出した。このアプローチは、バイオインフォマティクスによる公開データ再解析の有効性を示すと同時に、その限界をも示していると言えよう。データを慎重に評価すること、またその結果を新たな文脈において実験的に検証することが、本研究では特に重要であった。

本アプローチは、他の細胞種のマーカーの同定にも応用可能と考えられる。FANTOM5データベースはヒトの各種細胞における遺伝子発現のリファレンスとして、今後、本研究のような再生医療の分野だけでなく、臨床応用へ繋がる様々な分野の研究での活用が期待される。

謝辞

本研究は科学技術振興機構(JST)「再生医療の実現化ハイウェイ」ならびに理研運営費交付金の助成を受けて行われたものであり、理研の大学院生リサーチ・アソシエイト制度の下での成果である。

参考文献

1. Barry PA et al. (1995) Invest Ophthalmol Vis Sci 36: 1115-1124.
 2. Zam ZS et al. (1980) Invest Ophthalmol Vis Sci 19: 648-652.
 3. Vassilev VS et al. (2012) Invest Ophthalmol Vis Sci 53: 7183-7193.
 4. Chen Y et al. (2013) Hum Mol Genet 22: 1271-1279.
 5. Rodrigues M et al. (1987) Differentiation 34: 60-67.
 6. FANTOM Consortium and the RIKEN PMI and CLST (DGT) (2014) Nature 507: 462-470.
 7. Kanamori-Katayama M et al. (2011) Genome Res 21: 1150-1159.
 8. Gene Ontology Consortium (2012) Nucleic Acids Res 40: D559-564.
 9. Chng Z et al. (2013) PLoS ONE 8: e67546.
 10. Cheong YK et al. (2013) Invest Ophthalmol Vis Sci 54: 4538-4547.

リンク

FANTOM5 ウェブリソース http://fantom.gsc.riken.jp/5/

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