90Y標識抗トランスフェリン受容体完全ヒト抗体の膵がんモデルマウスにおける治療効果の評価
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執筆者:辻厚至、須堯綾、須藤仁美、佐賀恒夫
執筆者所属:放射線医学総合研究所 分子イメージング研究センター 分子病態イメージング研究プログラム(研究チーム紹介webサイト)
原著論文:Evaluation of Efficacy of Radioimmunotherapy with 90Y-Labeled Fully Human Anti-Transferrin Receptor Monoclonal Antibody in Pancreatic Cancer Mouse Models. (PLoS ONE 10:e0123761, 2015)
更新日:2015年6月3日
概要
膵がんは予後不良のがんのひとつであり、効果的な治療法の開発が必要とされている。膵がんにはトランスフェリン受容体が高発現している。そこで、トランスフェリン受容体に対する完全ヒト抗体を、細胞殺傷性があるベータ線を放出する放射性核種のひとつイットリム-90で標識し、膵がんモデルマウスで治療効果を評価した。MIAPaCa-2腫瘍は完全に消失させることができたが、BxPC-3腫瘍では、増殖を抑えることしかできなかった。BxPC-3腫瘍のような治療抵抗性の腫瘍の治療のために、治療効果の増強に向けてさらなる研究が必要である。
はじめに
膵がんは予後不良のがんのひとつであり、新しい効果的な治療法が求められている[1,2]。膵がんでは、トランスフェリン受容体(TfR)が高発現しており、細胞増殖や転移の増加に寄与していることが報告されている[3]。TfRは、診断・治療標的分子のひとつと考えられている。筆者らは以前に、TfRに対する完全ヒト抗体TSP-A01をポジトロン放出核種のひとつジルコニウム-89(89Zr)で標識し、ヒト膵がん細胞株のMIAPaCa-2を移植した腫瘍モデルマウスでポジトロン断層法(positron emission tomography: PET)イメージングを行い、TSP-A01は、MIAPaCa-2腫瘍に高集積するが、正常臓器への集積は低いことを報告した[4]。このことから、ポジトロン放出核種の89Zrを細胞殺傷性のあるアルファ線やベータ線放出核種に換えることで、TSP-A01を放射免疫療法へ応用できる可能性が示された。本論文では、エネルギーの高いベータ線放出核種のひとつであるイットリム-90(90Y:最大エネルギー 2.3 MeV、半減期64時間)で標識し、その治療効果を膵がんモデルマウスで評価した。
膵がん細胞株におけるTfR発現
3種のヒト膵がん細胞株、AsPC-1、BxPC-3、MIAPaCa-2のTfRの発現を蛍光免疫染色で評価した。MIAPaCa-2細胞が最も高い発現を示し、次にAsPC-1細胞で、BxPC-3細胞が最も低かった。動物実験には、最も発現の高いMIAPaCa-2細胞と最も発現の低いBxPC-3細胞を用いることにした。
抗TfR抗体のin vitroにおける評価
先行論文で用いたTSP-A01に加え、TfRに対する親和性の高い別の抗体TSP-A02も合わせてin vitroで評価し、どちらが治療に適した抗体であるかを検討した。抗体をガンマ線放出核種のインジウム-111(111In)で標識し、AsPC-1細胞、BxPC-3細胞、MIAPaCa-2細胞への細胞結合能を評価したところ、いずれの抗体もMIAPaCa-2細胞に最も高い結合率を示し、次にAsPC-1細胞、BxPC-3細胞の順であった。TfRの発現と細胞結合率には、どの抗体でも相関関係があった。また、競合阻害実験から平衡解離定数(結合の強さ)を求めたところ、どの抗体もほぼ同様であった。
抗TfR抗体の膵がんモデルマウスにおける体内分布
2つの111In標識抗TfR抗体を、BxPC-3とMIAPaCa-2皮下移植腫瘍モデルマウスにそれぞれ投与し、1日後から10日後の体内分布を評価した。111In標識TSP-A01は111In標識TSP-A02に比べて、どちらの腫瘍へもより高い集積を示した(図1)。また、どちらの抗体もMIAPaCa-2腫瘍への集積の方がBxPC-3腫瘍に比べ高かった(図1)。この結果を元に、90Yで標識した抗体を投与した際の腫瘍の吸収線量を推定したところ、TSP-A01では、BxPC-3腫瘍が8 Gy/MBq、MIAPaCa-2腫瘍が12 Gy/MBq、一方、TSP-A02では、BxPC-3腫瘍が3 Gy/MBq、MIAPaCa-2腫瘍が5 Gy/Mqであった。また、111In標識抗TfR抗体の正常組織への集積は、TSP-A01の方が低い傾向があった(図1)。この結果より、治療実験には、TSP-A01を用いることにした。
図1. 111In標識抗TfR抗体の膵がんモデルマウスにおける体内分布
A: TSP-A01、B: TSP-A02。%ID/g: % injected dose per gram。
90Y標識抗TfR抗体TSP-A01の膵がんモデルマウスでの治療効果の評価
BxPC-3腫瘍またはMIAPaCa-2腫瘍を移植した皮下腫瘍モデルマウスに、0 MBq(未標識抗体のみ)、0.74 MBq、1.85 MBq、3.7 MBqの90Y標識TSP-A01を投与し、経時的に腫瘍サイズを測定した。BxPC-3腫瘍では、0.74 MBq投与群には治療効果がみられず、1.85 MBq、3.7 MBq投与群では0 MBq投与群に比べ有意な増殖抑制がみられたが(それぞれP<0.05、P<0.01)、腫瘍サイズの縮小はみられなかった(図2A)。一方、MIAPaCa-2腫瘍では、0.74 MBq投与群でも増殖抑制がみられ、1.85 MBq、3.7 MBq投与群では、腫瘍サイズの縮小効果がみられた(図2B)。特に3.7 MBq投与群では、投与6週間後に腫瘍が完全に消失した(図2B)。一過性の体重減少の他には、下痢等の有害事象はみられなかった。腫瘍の放射線感受性をみるために、外部から15、30、60 GyのX線を腫瘍に照射したところ、MIAPaCa-2腫瘍ではすべての線量で腫瘍が完全に消失したのに対し、BxPC-3腫瘍では15、30 Gy照射群において腫瘍縮小の後に再増殖がみられたことから、BxPC-3腫瘍の方が放射線抵抗性が高いことがわかった。
図2. 90Y標識TSP-A01投与マウスの腫瘍増殖曲線
A: BxPC-3腫瘍、B: MIAPaCa-2腫瘍。黒丸: 0MBq、白四角: 0.74MBq、
黒三角: 1.85MBq、白菱形: 3.7MBq。*P<0.05、**P<0.01。
病理学的解析
治療評価とは別の実験群として、3.7 MBqの90Y標識TSP-A01を投与し、1、3、7日後にサンプリングした。H&E染色標本では、BxPC-3腫瘍にほとんど変化はみられなかったが、MIAPaCa-2腫瘍では3日後に壊死がみられ、7日後にはその範囲が拡大し、繊維化も観察された。TUNEL染色標本では、BxPC-3腫瘍にアポトーシスの有意な増加はみられなかったが、MIAPaCa-2腫瘍では7日後に有意な増加がみられた(P<0.01)。細胞増殖マーカーKi-67を染色した結果、BxPC-3腫瘍では1日後から7日後まで有意にKi-67陽性細胞の割合が下がったのに対し(1日後: P<0.05、3日後・7日後: P<0.01)、MIAPaCa-2腫瘍では、1日後に陽性細胞の割合は下がったが(P<0.05)、3日後以降は有意差のない水準まで回復した。無処置の腫瘍のマッソントリクローム染色の結果、BxPC-3腫瘍ではMIAPaCa-2腫瘍に比べ間質が多かった。また、CD31免疫染色の結果はどちらの腫瘍も血管が少なく、両者に大きな差はみられなかった。
考察
90Y標識抗TfR抗体TSP-A01による放射免疫療法の結果は、MIAPaCa-2腫瘍で効果が高く、3.7 MBq投与群では完全に腫瘍が消失したが、BxPC-3腫瘍では増殖抑制効果しか得られなかった。このことは、TfRの発現がMIAPaCa-2細胞では高くBxPC-3細胞では低いことから予想されていたが、TfR発現が低い腫瘍であっても、ある程度の効果があることが示唆された。TfR発現量以外の要因としては、MIAPaCa-2細胞に比べ、BxPC-3細胞の方が放射線抵抗性が高いということも考えられる。MIAPaCa-2腫瘍では、90Y標識TSP-A01投与によりアポトーシスが増えたが、BxPC-3腫瘍では増えなかった。また、どちらの腫瘍も投与1日後には増殖細胞の割合が減少したが、MIAPaCa-2腫瘍ではその後割合が上昇し、BxPC-3腫瘍では低いままだった。一般的に放射線による細胞死は再増殖後に起こることから[5]、BxPC-3腫瘍での低い再増殖率が、治療効果の低い原因のひとつかもしれない。また、TSP-A01の腫瘍への集積は、MIAPaCa-2腫瘍の方がBxPC-3腫瘍に比べ高く、特に2日後までの集積の差が大きかったが、投与7日後以降は集積の差はほとんどなかった。BxPC3腫瘍ではこの早期の低い集積により、MIAPaCa-2腫瘍に比べ低い線量しか与えられていないと考えられる。最初に低い線量を照射すると、放射線の効果が低くなる現象が知られている[5]。BxPC3腫瘍での低い治療効果は、このことも影響しているかもしれない。両腫瘍で血管の数に大きな差はなかったが、BxPC-3腫瘍の方が間質が多かった。抗体は高分子であるため、この豊富な間質によりBxPC-3腫瘍組織への浸透が低いことが想定される。BxPC-3腫瘍におけるTSP-A01投与後早期の低い集積は、TfRの低発現が主な原因と考えられるが、豊富な間質の寄与もあったかもしれない。
一般的に、膵がんは間質が豊富で、放射線を含めて治療抵抗性である[6]。つまり、MIAPaCa-2腫瘍よりもBxPC-3腫瘍の方が、より臨床に近いモデルと考えられる。90Y標識TSP-A01による放射免疫療法は、MIAPaCa-2腫瘍では奏効したが、BxPC-3腫瘍では増殖抑制効果しかみられなかったことから、治療効果向上のための改良が必要である。その方策として、以下のようなことが考えられる。1) 放射線感受性を高める。膵がんの治療で使われているゲムシタビンは、放射線増感効果があることが知られており[7]、有力な候補のひとつと考えられる。2) 今回用いた90Yはベータ線放出核種であるが、さらに細胞殺傷力の強いアルファ線放出核種を利用する。3) 間質を減らし腫瘍組織への浸透性を高める。例えば、nab-paclitaxelによる膵がんの間質の減少が報告されている[8]。4) 分割投与。分割投与により、正常組織への有害事象を抑えながら、単回投与よりも高い線量を腫瘍に与えることができたとの臨床研究が報告されている[9]。本論文で用いたTSP-A01は完全ヒト抗体であり、分割投与に適した抗体である。上記の改善策を単独で実施するだけでなく、それらを組み合わせる等、臨床応用へ向けた治療効果の向上を目指した研究を行っていく必要がある。
参考文献
1. Evans et al. BMJ Open (2014) 4:e004215-e004215.
2. Hidalgo. N Engl J Med (2010) 362:1605-1617.
3. Neckers and Trepel. Cancer Invest (1986) 4:461-470.
4. Sugyo et al. Nucl Med Comm (2015) 36:286-294.
5. Halperin et al. Philadelphia: Lippincott Williams & Wilkins (2008)
6. Rucki. World J Gastroenterol (2014) 20:2237.
7. Koppe et al. Cancer Biother Radiopharm (2006) 21:506-514.