造血幹細胞と成熟巨核球をつなぐ分化経路



執筆者情報

執筆者:錦井秀和、千葉滋

執筆者所属:筑波大学医学医療系 (血液内科)

原著論文:Unipotent Megakaryopoietic Pathway Bridging Hematopoietic Stem Cells and Mature Megakaryocytes. (Stem Cells 33:2196-2207, 2015)

更新日:2015年9月8日

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概要

正常造血における巨核球・血小板分化は、造血幹細胞から骨髄球系共通前駆細胞を経て巨核球・赤芽球共通前駆細胞へと分化した後、成熟巨核球・血小板へと分化するモデルが広く受け入れられてきた。しかし、最近になって自己複製能や多分化能を有する造血幹細胞の段階で、巨核球系統に偏った分化能を持つ細胞が存在することが報告され、既成のモデルに変更が迫られている(1,2)。本研究で我々は、従来巨核球分化成熟抗原と考えられてきたCD42bの発現パターンに注目し、生体内の血小板需要・トロンボポエチンシグナル依存的に制御される巨核球分化経路の解析を行った。

はじめに

造血幹細胞移植や抗癌剤治療の後に血小板が減少した時には、生体の需要に応じて末梢血中の血小板を緊急に供給する機構が存在していると考えられる。血小板分化機構は、造血幹細胞(HSC)→骨髄球系共通前駆細胞(CMP)→巨核球/赤芽球系共通前駆細胞(MEP)→成熟巨核球→血小板放出という分化モデルが一般に受け入れられてきた。しかし最近では、HSCから直接的に巨核球系列へと分化する新たな分化経路も示唆されている。一方、トロンボポエチン(TPO)は巨核球系造血刺激因子としてのみならず、HSCの維持、増殖にも重要な役割を担っていることが明らかになっている。

このような背景から、本研究ではHSC/前駆細胞レベルでの巨核球系列への分化運命決定機構におけるTPOシグナルと、血小板・巨核球特異抗原であるCD42b(GPIbα)の発現に注目して解析を行った。

CD42bは巨核球前駆細胞(MKP)の単離に有用である

CD42bは主に巨核球・血小板膜表面上に発現する糖蛋白質で血小板が血栓を形成するのに必要な分子であるが、HSC・前駆細胞での発現様式は明らかでなかった。一方、分化能力が巨核球だけに限定された前駆細胞(MKP)は、CD150/CD41high, CD9highなどの表現系で定義されていたが、多重染色の限界からCMP/MEPとの関係には不明な点があった。フローサイトメトリーを用いて詳細に解析をした結果、CD42bは、定常状態のマウス骨髄においてLin(分化抗原)-Sca1-cKit+CD34+CD16/32-で定義されるCMPの一部で発現しており(図1A左)、これはより単純な3色の蛍光色素染色によりCD34+CD42b+Lin-細胞として捉えられることが明らかになった。この細胞集団をソーティングしin vitro/in vivoにおける分化能を評価した結果、CD34+CD42b+Lin-細胞は、巨核球/血小板だけを産生する単分化能性MKPであり、過去に発表されているMKPの表現系とも一致した。CD42bを利用したMKPの単離法は従来法と比較して簡便である。

CD41陽性LSK細胞の一部はトロンボポエチン依存性に巨核球系列へと分化する

定常状態のマウス骨髄において、MPP(多能性前駆細胞)を含むcKit+Sca1+Lin-分画(LSK:一部にHSCを含む)ではCD42bの発現は認められない(図1A)。一方、CD41(GPIIb/IIIa)は巨核球・血小板膜表面上に発現する糖蛋白質で血栓形成に寄与するが、造血過程においては胎生期の造血前駆細胞のマーカーとして知られており、成体マウスでもLSKの一部で発現していることが報告されている。CD41+LSK分画と、リンパ球/骨髄球系前駆細胞分画として知られるFlt3+LSK細胞・MEPにおいてMKP/血小板への分化能を比較した結果、前者の方がMKP/血小板への分化能が高く、in vivoでも骨髄移植後早期に血小板を産生することが示された(図1B(i)上、(ii))。シングルセルレベルで遺伝子発現解析をした結果、CD41+LSK分画では巨核球分化関連遺伝子(GATA1、 vWF、cMpl)の発現が高い頻度で検出された(図1C上、黄枠)。

興味深いことに、蛋白質レベルでは確認できなかったCD42bの発現もCD41+LSKではCD42bのmRNAが高頻度で検出された。これは、少なくともHSC/MPPレベルで、巨核球系列への分化運命が決定づけられている細胞が存在することを示唆する。また、TPO刺激に対するSTAT5/Akt/Jak2のリン酸化レベルをシングルセルで調べたところ、同様にCD41+LSK分画ではTPO刺激に反応する細胞の頻度が有意に高かった。TPOの受容体、cMpl欠損マウスでCD41+LSK分画がMEPと比較して著減していることからも、CD41+LSK分画からMKPを介して血小板を産生する経路はTPOシグナルに依存していると考えられた(詳細は論文を参照)。

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造血回復期においてCD42bは巨核球系列への分化運命過程を追跡できる

化学療法・骨髄移植時は、生体内でのホメオスタシスを維持するために血小板需要が高まる。生体内での血小板需要増加時における巨核球・血小板系列への分化過程を解析する目的で、5-FU投与後、造血回復期に転じたマウス骨髄を解析した。CD42bの蛋白質レベルでの発現パターンは定常状態と異なっており、MKP分画のみでなく、CD41+LSK分画の一部にも発現が認められた(図1A右)。このCD41+CD42b+LSK(CD41+α+LSK)分画は、定常状態のCD41陽性細胞と比較して高い巨核球分化能を有しており、CD42bcMplを含む巨核球関連遺伝子を高頻度で発現していた(図1B(i)(iii)、図1C下青枠)。これらの結果は、化学療法後などの造血回復期には、HSC/MPPレベルにおいて巨核球系列への分化に大きく傾いた細胞集団が顕在化することを示唆しており、CD42bのmRNA/蛋白質レベルの発現を調べることで、よりHSCに近い未分化な段階での分化運命決定過程を追跡することが可能であると考えられた。

おわりに

本研究により、生体内で血小板需要が高まった状況では古典的な分化モデルによる巨核球分化・血小板産生経路のみならず、HSCレベルにおいて巨核球系列への分化運命が決定する単分化能的な巨核球産生経路が存在することが示唆された(図2)。定常状態における分化経路との相違、スイッチングの制御機構、赤血球をはじめとした他の分化系列との相違など不明な点は多く、今後の検討課題である。

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参考文献

1. Sanjuan-Pla A, Macaulay IC, Jensen CT, et al. Nature 2013;502(7470):232-236.
 2. Yamamoto R, Morita Y, Ooehara J, et al. Cell. 2013;154(5):1112-1126.

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