SRYとOCT4は癌幹細胞様の形質の獲得機構に重要であり、分化誘導療法の治療標的となる可能性を秘めている
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執筆者:村上重和1、田代文夫2
執筆者所属:1Georgetown University, Tumor biology and Oncology、2東京理科大学 基礎工学部 生物工学科
原著論文:SRY and OCT4 Are Required for the Acquisition of Cancer Stem Cell-Like Properties and Are Potential Differentiation Therapy Targets. (Stem Cells 33:2652-63, 2015)
更新日:2015年10月20日
概要
肝癌の進行に癌幹細胞が深く関わっていることが近年の研究で明らかとなっている。しかし、癌細胞が幹細胞様の性質を獲得する機構や癌幹細胞をいかに取り除くかに関してはまだ理解が乏しい。本論文で我々は、性決定因子SRYが幹細胞性因子OCT4の機能を介して幹細胞の性質の獲得に関わっていることを見出した。また、癌幹細胞集団の多分化能を明らかにすることで新たな癌幹細胞治療の可能性を示した。
はじめに
肝癌は発症率・死亡数ともに男性のほうが3倍以上高い性差が存在する。この理由の一つは、肝癌発症の90%以上がB型とC型肝炎ウイルスの感染による慢性肝炎に始まり、その炎症過程で重要なIL6の機能をエストロゲンが抑制するためである(1)。これに加え、我々は以前、精巣分化の運命決定時期に発現するSRYが、肝癌細胞の進行を促進することを明らかにした(2)。つまり、肝癌の発症から進行において性決定に関わる遺伝子群が重要な要素であることが強く示唆された。
癌幹細胞は、幹細胞と同様に自己複製能を持ち、腫瘍形成能と薬剤抵抗性を併せ持つ悪性度の高い癌細胞である(3)。一方で、癌幹細胞の多分化能に関してはまだ議論の余地があるが、仮に癌幹細胞の運命決定を人為的に操作可能となれば癌治療後の再発等の問題点が解決されることが期待される。本研究では、SRYの癌幹細胞における機能に焦点を当てて解析を進め、in vitroにおける癌幹細胞の多分化能の検証と分化誘導療法の可能性を探った。
性決定因子SRYは幹細胞性遺伝子の発現を誘導する
我々は以前、ラットに肝癌細胞を用いて性決定因子SRYが癌促進的に働く遺伝子であることを見出した。ヒトにおいても約12%の肝癌患者でY染色体上におけるSRYコード領域の転写増大が観察されることから、ヒトでも重要な働きを担っている可能性が示唆されている(4)。SRYは転写因子であるが、下流のシグナル経路はよく理解されておらず、その機能解明には標的遺伝子の同定が不可欠である。我々は、in silico解析によりSRYのコンセンサス結合配列を有するプロモーター領域を探索し、候補遺伝子の中に幹細胞性の遺伝子であるOCT4、NANOG、ALDH1A1、WDR5などが含まれることがわかった。そこで、7種類の細胞株を用いて、SRYと候補タンパク質の発現量を比較したところ、2種類の細胞株で特にOCT4とSRYが高発現しており、発現パターンに相関性がみられた。
OCT4は山中ファクターの一つで、多分化能の維持に極めて重要な遺伝子であり、また様々な癌細胞においても高発現していることが知られている。そこで、OCT4の発現がSRYにより誘導されるかを調べるため、SRYを一過的に発現させた際の様々な候補遺伝子のmRNA量を解析した。その結果、SRYによってOCT4の発現が上昇することが明らかとなった。
OCT4はSRYの標的遺伝子である
OCT4がSRYの標的遺伝子であるかを明らかにするために、SRYのコンセンサス結合配列を含むレポーター遺伝子、またネガティブコントロールとしてコンセンサス結合配列を含まない領域のレポーター遺伝子を用いてルシフェラーゼレポーター解析を行った。その結果、SRYがOCT4のプロモーターを活性化することが明らかとなった。SRYは、そのHMG boxドメインが標的遺伝子のプロモーター領域に結合し、DNAを湾曲する機能を有しており、そのドメインの変異はヒトにおいてもXY女性の表現型となることが知られている。M64R変異とG95R変異は転写活性を15%以下に、M78T変異は70%程度示すことが報告されている(5)。そこで、SRYの野生型と変異型を用いてOCT4のプロモーター活性に与える影響を解析した結果、OCT4のプロモーター活性はSRYの転写活性に依存することが明らかとなった。さらに、クロマチン免疫沈降法により、SRYがOCT4プロモーター領域に結合することがわかった。これらの結果から、OCT4がSRYの標的遺伝子であることが明らかとなった。
SRYはOCT4を介して癌幹細胞の形質維持に関わる
近年、OCT4は癌の幹細胞の性質維持に重要な働きをしていることが報告されている(6)。我々は、SRYがOCT4を介して癌幹細胞の機能に影響を与えるという仮説を元に、2種類の肝癌細胞株を用いてSRYの発現抑制細胞株を作製し、SRYが癌幹細胞の性質に与える影響を調べた。その結果、SRYの発現抑制細胞株では、コントロールと比べOCT4の発現が減少し、自己複製能の指標であるスフェア形成数が低下した。また、シスプラチンとアドリアマイシンに対する薬剤抵抗性が減少し、薬剤トンランスポーター遺伝子ABCC2とABCG2の発現も低下した。免疫不全マウスにSRY発現細胞株を異種移植したところ、腫瘍形成能が著しく低下した。つまり、SRYは癌幹細胞様の性質維持に重要であることが示唆された。
次に、これらの現象がOCT4を媒介しているかを調べるために、SRYとOCT4の発現が見られなかった2種類の細胞株を用いて、それぞれの遺伝子を強制発現させた細胞株と、SRYの強制発現細胞株においてOCT4の発現を抑制した細胞株を作製し、癌幹細胞の性質を解析した。その結果、SRYとOCT4の強制発現細胞株は自己複製能や薬剤抵抗性を促進し、免疫不全マウスにおいてもコントロールの細胞と比べ、より少ない細胞数を移植した際も高効率で腫瘍を形成することが明らかとなった。一方で、SRY強制発現細胞株でOCT4の発現を抑制すると、自己複製能と薬剤抵抗性が抑制されたことから、OCT4はSRYによる癌幹細胞の性質維持に必要であることが示唆された。
癌幹細胞は多分化能を有し、分化誘導療法の可能性を示す
癌幹細胞は、初め白血病で概念化され、固形癌においては上皮間葉転換が癌細胞における幹細胞形質を獲得させることが最近明らかにされるまで、生殖細胞等の一部の癌にしか存在しないものと考えられていた。白血病は、造血幹細胞や前駆細胞の分化異常により終末分化した血球細胞が不足する疾患であり、古くから正常細胞への分化誘導療法が行われてきた(7)。一方、固形癌は細胞増殖メカニズムの阻害に注力されており、分化誘導療法は一般的ではない。古くから、化合物や遺伝子操作により正常細胞様に偶発的に形態変化を起こす現象は報告されていたが、その機序は不明であった。
我々は、複数の肝癌細胞株を用いてスフェア形成した細胞集団を濃縮し、その自己複製能の高い細胞集団に対して分化誘導を行った。癌幹細胞がES細胞と同様に多分化能を有しているのならば、異なる胚由来の細胞へも分化誘導が可能であると仮定し、レチノイン酸を用いて肝臓とは異なる外胚葉由来の神経細胞への分化誘導を試みた。その結果、Zfp521やNestinなどの神経前駆細胞マーカーの発現レベルが増加し、Tuj1陽性のニューロン様の細胞が5%程度観察された。この分化効率を高めるために、血清濃度が分化効率を上昇させるという報告を元に、低血清下で分化誘導を試みたところ、分化効率が約2倍程増加した。さらに、肝癌幹細胞はBMP4によりCYP3A4やALBなどの肝細胞マーカーを高発現する肝細胞様の細胞へも分化した。SRYの発現抑制細胞株では、分化している細胞の割合は減少傾向にあったが有意な差は見られなかった。これらの結果より、癌幹細胞は分化誘導により特定の細胞へと運命決定される可能性が示唆された。
おわりに
本研究により、性決定因子SRYが肝癌幹細胞の性質維持において重要な役割を担っているだけでなく、新たにOCT4を介したシグナル伝達に関わっていることも明らかとなった。また、肝癌幹細胞が神経細胞へと分化することから多分化能を有していることが示唆された(図1)。
分化誘導療法を行うためには、癌幹細胞以外の癌細胞は従来の抗癌剤等で死滅させる必要があり、生き残った癌幹細胞に対して行うことが理想的である。本研究から、低血清により癌幹細胞の分化効率が増加することが示唆された。臨床応用するためには、今後より厳密な条件で検討する必要があり、今後の大きな課題である。
参考文献
1. Naugler WE, et al. Science 317:121-124, 2007
2. Murakami S, et al. Oncogene 33:2978-2986, 2013
3. Valent P, et al. Nat Rev Cancer 12:767-775, 2012
4. Katoh H, et al. Gastroenterology 133:1475-1486, 2007
5. Mitchell CL, et al. Mol Genet Metab 77:217-225, 2002
6. Kumar SM, et al. Oncogene 31:4898-4911, 2012
7. Avvisati G, et al. Blood. 88:1390-1398, 1996