HTLV-1 bZIP Factor (HBZ) RNAとタンパク質はT細胞の増殖、生存に異なる影響を与える



執筆者情報

執筆者:水戸部悠一

執筆者所属:京都大学ウイルス研究所ウイルス制御研究領域、京都大学生命科学研究科高次生体機能学

原著論文:HTLV-1 bZIP Factor RNA and Protein Impart Distinct Functions on T-cell Proliferation and Survival. (Cancer Research 75:4143-4152, 2015)

更新日:2015年11月16日

ページトップへ戻る

概要

ヒトT細胞白血病ウイルス1型 (HTLV-1)は成人T細胞白血病 (ATL)や炎症性疾患の原因ウイルスであり、ヒトで初めて同定されたレトロウイルスである。しかし、どのようにしてHTLV-1がこれら疾患を引き起こすのか、その機構は十分には明らかとなっていない。本論文で我々は、HTLV-1にコードされる遺伝子の一つであるHTLV-1 bZIP Factor (HBZ)が、その産物のタンパク質としての機能だけではなくmRNAも機能を有し、ATLや炎症性疾患の発症に関連している可能性があることを見出した

はじめに

HTLV-1はATLや炎症性疾患であるHTLV-1関連脊髄症、HTLV-1ぶどう膜炎の原因ウイルスであることが知られている(1, 2)。HBZはHTLV1-にコードされる遺伝子の一つで、mRNAはアンチセンス転写産物である。HBZは全てのATL症例で発現が確認されることから、ATLの発症に重要な因子であることが示唆されている(3)。

以前の研究で我々は、HBZがT細胞株の一つであるKit225細胞の細胞増殖を亢進することを明らかにした(4)。また、変異体を用いた実験からHBZによる細胞増殖亢進機能は、HBZタンパク質によるものではなくmRNA (HBZ RNA)によって担われていることを明らかにした。しかしながらHBZ RNAが正常T細胞においてどのような機能を有しているかは十分に明らかになっていない。

そこで本研究ではマウス由来の初代培養T細胞を用いてHBZ RNAとタンパク質の機能を包括的に調べることを目的として解析を行った。

HBZ RNAとタンパク質は細胞生存性に反対の機能を持つ

まず初めにGFP competition assayを用いて、HBZ RNAとタンパク質がマウス初代培養T細胞の生存にどのような影響を与えるかを調べた(図1A)。この実験ではマウス由来CD4陽性T細胞に標的遺伝子をGFPと共に導入し、遺伝子導入から48時間後と144時間後にGFP陽性率をそれぞれ測定、比較することで標的遺伝子の細胞生存に関わる影響を調べることができる。例えば標的遺伝子が細胞生存率を低下させる場合、GFP陽性細胞(標的遺伝子発現細胞)は陰性細胞に比べて細胞数が増加しにくいため、GFP陽性率は遺伝子導入から48時間後に比べて144時間後では低下する。HBZの機能をRNAとタンパク質に分けて調べるために、それぞれの変異体(TTG, SM)を作成しGFP competition assayを行った。その結果、HBZ RNAは細胞の生存率を上昇させたが、一方で、HBZタンパク質は細胞生存率を低下させることが明らかになった。(図1B)。

HBZ RNAとタンパク質の細胞死に対する影響をAnnexin V染色を用いて調べたところ、HBZタンパク質は細胞死を誘導し、HBZ RNAは抑制に働くことがわかった。また、細胞増殖に対する影響をみるためにBrdU取り込み能を調べたところ、HBZタンパク質とRNAはどちらも細胞増殖能を亢進させていた。以上の結果は、HBZ RNAとタンパク質はそれぞれ細胞増殖能に影響を与え、細胞生存率と細胞死に相反する効果を有することを示している。

HBZ RNAとタンパク質はそれぞれ別の経路に影響を与える

次にHBZ RNAとタンパク質がどのような遺伝子群に影響を与えうるのかを調べるために、マイクロアレイを用いて遺伝子発現解析を行った。その結果、HBZ RNAはsurvivinmcm5cenphなどの細胞増殖や細胞死に関わる遺伝子群の発現を上昇させることが判明した。また、マイクロアレイにて解析したデータを元にパスウェイ解析を行ったところ、HBZ RNAはp53やCDKN1Aなどの細胞増殖、細胞死に関わる遺伝子の機能に、HBZタンパク質はFoxp3やIL-4などの宿主免疫に関わる転写因子、サイトカインの機能に影響を与えうることがわかった(図1C)。以上の結果はHBZ RNAとタンパク質はそれぞれ異なる経路に影響を与えていることを示唆する。

次に、HBZ RNAの標的遺伝子のプロモーターをクローニングし、HBZ RNAの機能を調べたところ、HBZ RNAがsurvivinを含む各プロモーターを活性化することを明らかにした。survivinはinhibitor of apoptosisファミリーのメンバーで、caspaseに直接結合することでその機能を抑え、細胞死を抑えることが明らかとなっている(5)。既にATLを含めた様々な癌で発現が亢進していることが報告されている(6)。また、HTLV-1遺伝子の一つであるtaxsurvivinの発現亢進に寄与しているという報告が既にあるが、実際のATL症例では、taxを発現しない症例も多く存在し、ATL症例でのsurvivin発現の亢進にはHBZ RNAが重要な役割を担っている可能性が示唆された。

YM155はHBZ RNAによる細胞生存率亢進効果を抑制する

YM155はsurvivinのプロモーター活性を低下させることで、survivinの発現を低下、細胞死を誘導する薬剤である(7)。我々は以前にHBZ RNAを発現させたKit225細胞はコントロール細胞に比べ細胞増殖が亢進することを示した。そこで、YM155がHBZ RNAによる細胞増殖効果に影響を与えるか調べたところ、YM155はHBZ RNA発現Kit225細胞の増殖を低濃度で有意に抑えた。この結果はHBZ RNAによる細胞生存率の上昇に、survivinの発現亢進が重要な役割を担っていることを示している。またYM155のATL細胞、HTLV-1感染細胞株への毒性を調べたところ、HTLV-1非感染細胞株に比べて低濃度でATL細胞、HTLV-1感染細胞株の生育を抑えたことから、survivinの発現亢進がHBZ RNA発現細胞、HTLV-1感染T細胞の生育に重要な役割を担っていることが明らかになった。

最後に

本研究では、HBZ RNAとタンパク質は細胞の生存、もしくは細胞死に関して相反する機能を有しており、さらにマイクロアレイによる発現解析では別々の経路に影響を与えうることが示された。mRNAが機能を有することは、細胞遺伝子においても報告されており、ウイルスに限った現象ではない。HTLV-1はそのゲノムサイズが約9kbと限られており、極めて巧妙にコードする遺伝子を利用してATLや炎症性疾患の発症に寄与していることを示唆している(図2)。本研究ではHBZ RNAが直接結合し、影響を与えている因子を同定するには至らなかった。長鎖RNAの機能はまだ不明な点が多く、今後の検討課題である。

参考文献

1. Y. Hinuma et al., Adult T-cell leukemia: antigen in an ATL cell line and detection of antibodies to the antigen in human sera. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 78, 6476 (Oct, 1981).
 2. M. Osame et al., HTLV-I associated myelopathy, a new clinical entity. Lancet (London, England) 1, 1031 (May 3, 1986).
 3. M. Matsuoka, K. T. Jeang, Human T-cell leukaemia virus type 1 (HTLV-1) infectivity and cellular transformation. Nature reviews. Cancer 7, 270 (Apr, 2007).
 4. Y. Satou, J. Yasunaga, M. Yoshida, M. Matsuoka, HTLV-I basic leucine zipper factor gene mRNA supports proliferation of adult T cell leukemia cells. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 103, 720 (Jan 17, 2006).
 5. D. C. Altieri, Survivin, cancer networks and pathway-directed drug discovery. Nature reviews. Cancer 8, 61 (Jan, 2008).
 6. S. Kamihira et al., Aberrant expression of caspase cascade regulatory genes in adult T-cell leukaemia: survivin is an important determinant for prognosis. British journal of haematology 114, 63 (Jul, 2001).
 7. T. Nakahara et al., YM155, a novel small-molecule survivin suppressant, induces regression of established human hormone-refractory prostate tumor xenografts. Cancer research 67, 8014 (Sep 1, 2007).

ページトップへ戻る

Copyright(C) BioMedサーカス.com, All Rights Reserved.