転写因子Sox4はADAMTS4およびADAMTS5の発現を誘導して変形性関節症の発症に関与する



執筆者情報

執筆者:高畑佳史1、福井尚志2,3、西村理行1

執筆者所属:1大阪大学大学院 歯学研究科 生化学教室; 2東京大学大学院 総合文化研究科; 3独立行政法人国立病院機構 相模原病院臨床研究センター

原著論文:Sox4 is involved in osteoarthritic cartilage deterioration through induction of ADAMTS4 and ADAMTS5. (The FASEB Journal 33:619-630, 2019)

掲載日:2019年2月21日

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概要

超高齢社会に突入した我が国では、変形性関節症(OA)を始めとする関節疾患が増加し、医学的にも医療経済学的にも大きな問題となりつつある。関節軟骨細胞は増殖性に乏しいため一度破壊されると、自己修復することは困難であり、OAに対しては、人工関節置換術や消炎鎮痛剤などによる対症療法が行われているが、適切な原因療法は開発されていない。OAに対する新規治療薬や早期診断マーカーの開発が渇望されているにも関わらず、OAの発症の分子メカニズムは不明で、その解明は依然として困難を極めている。本研究では、OAにおける関節破壊の分子機構を理解するために、OAの発症に関与する分子を探索し、関節軟骨破壊に対する候補分子の関与について検討した。

背景

関節軟骨組織の生理学的恒常性を維持するために、関節組織は多数の細胞外マトリックスを含んでいる。その主成分であるアグリカンは、運動時の痛みの軽減、力学的圧力の緩和、運動中の摩擦の軽減等において必須の役割を担っている (1)。関節機能の障害は、アグリカンの喪失および分解によって引き起こされ、変形性関節症の初期段階から誘発される。

ADAMTS4 (アグリカン分解酵素1)およびADAMTS5 (アグリカン分解酵素2)はアグリカンを最も効率的に切断する酵素として同定され、ADAMTS4とADAMTS5のいずれも変形性関節症患者の関節軟骨に発現し、これらの酵素の局在はアグリカン消失領域と一致している (2) 。変形性関節症の発症および進行過程におけるADAMTS4およびADAMTS5の酵素活性および機能的役割に関する解析は進んでいるものの、OAにおけるADAMTS4とADAMTS5の発現機構については未だよく分かっていない。

本研究では、ADAMTS4とADAMTS5の発現を制御する転写因子としてSox4を同定し、マウスとヒトの双方の関節軟骨の破壊と変形性関節症の進行におけるSox4の役割を明らかにした。

関節軟骨破壊に関与する転写因子の探索と同定

関節軟骨破壊に関与する転写因子の探索を行うために、マウス関節組織より関節軟骨表層(SFZ)細胞の採取と培養条件の最適化を試みた(3) 。軟骨表層マーカー遺伝子であるプロテオグリカン4 (Prg4)の発現が、SFZ細胞においては、他の組織由来の軟骨細胞や組織と比較して顕著に高いことを確認した。このSFZ細胞を用いて、軟骨破壊を引き起こす炎症性サイトカインであるIL-1やレチノイン酸を添加し、発現変動する転写因子群をMicroarray解析にて網羅的スクリーニングを行った。その結果、発現が増加した転写因子の中から骨・軟骨の発生に関与するSoxC ファミリー転写因子の一つであるSox4に着目した (4)。SFZ細胞にIL-1またはレチノイン酸を添加するとSox4の発現が上昇することをRT-qPCR法により確認した。さらに、IL-1あるいはレチノイン酸の添加は濃度依存的にADAMTS4ならびに ADAMTS5の発現を誘導することを観察した。

転写因子Sox4によるADAMTS4およびADATS5発現誘導メカニズムの解明

Microarrayによるスクリーニングによって得られたSox4と、Sox4と高い相同性を示すSoxC転写因子ファミリーメンバーであるSox11のADAMTS4およびADAMTS5の発現への効果を検討した。マウスならびにヒトの軟骨細胞様株化細胞にアデノウィルスを用いてSox4あるいは Sox11を過剰発現し、ADAMTS4およびADAMTS4の発現量をRT-qPCRにより検討した。その結果、Sox4あるいはSox11の過剰発現は、ADAMTS4および ADAMTS5の発現を誘導した。次に、ルシフェラーゼレポーターを用いてAdamts4遺伝子プロモーターに対するSox4あるいはSox11の転写活性能を検討した。Adamts4遺伝子プロモーター上にはSox4結合配列が複数存在し、Sox4またはSox11の導入によりルシフェラーゼ活性の上昇を認めた。さらにPAタグ化 (5)したSox4タンパク質を用いてクロマチン免疫沈降法(ChIP)アッセイを行い、ADAMTS4遺伝子プロモーターにPA-Sox4が結合することを見出した。

関節軟骨器官培養系によるSox4, Sox11の機能解析

培養細胞での解析に加えて、関節軟骨器官培養系 (6)を用いて、Sox4およびSox11の関節軟骨に対する作用を検索した。3週齢マウスの大腿骨頭を摘出し、Sox4またはSox11アデノウィルスを感染させ、無血清培地で3日間培養後、病理組織学的解析を行った。Safranin O染色を行った結果、Sox4あるいはSox11のアデノウィルス感染群ではコントロール群と比較して軟骨器質の部分消失および関節表層から中層の細胞の形質変化を認めた。さらに免疫組織学的解析により、Sox4または Sox11のアデノウィルス添加群において、Adamts5およびMmp13の発現の増加を観察した。

ヒト変形性関節症患者におけるSox4およびSox11の発現上昇

ヒトOA患者とコントロール群として非OA患者の関節軟骨表層から深層を含むサンプルを採取した(7)。採取したサンプルから全RNAを抽出し、SOX4およびSOX11の発現量を検討した結果、変形性関節症患者の膝関節の破壊の程度に応じて、SOX4ならびにSOX11の発現量が増加していることが明らかとなった。

総括

本研究では、SFZ細胞の培養系を用いて、関節軟骨破壊を引き起こす候補分子の探索を目的としたものである。本培養系は、既存の軟骨研究に用いられてきた成長板軟骨細胞とは異なり、関節軟骨表層から集めた細胞で関節軟骨の形質を損なわない培養系であり、関節軟骨に関する研究を行う上で有用なツールであることも示すことができた。本培養系を用いて転写因子Sox4を同定し、その機能解析を通じて、OAの発症および進行に関わる分子メカニズムの解明を行い、Sox4が関節軟骨基質の分解酵素であるADAMTS4およびADAMTS5の発現制御に関わっていることを、分子、細胞ならびに組織レベルで明らかにした。さらにヒトOA患者の膝関節では、非OA患者の関節組織と比較して、関節破壊の程度に並行してSox4およびSox11の発現が上昇していたことを示すことができ、Sox4ならびにSox11がOAの早期診断マーカーあるいは新規治療薬の標的として活用できる可能性が期待される。



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参考文献

1. Nagase, H., and Kashiwagi, M. (2003) Aggrecanases and cartilage matrix degradation. Arthritis Res. Ther. 5, 94-103
 2. Tortorella, M. D., Liu, R. Q., Burn, T., Newton, R. C., and Arner, E. (2002) Characterization of human aggrecanase 2 (ADAM-TS5): substrate specificity studies and comparison with aggrecanase 1 (ADAM-TS4). Matrix Biol. 21, 499-511
 3. Yasuhara, R., Ohta, Y., Yuasa, T., Kondo, N., Hoang, T., Addya, S., Fortina, P., Pacifici, M., Iwamoto, M., and Enomoto-Iwamoto, M. (2011) Roles of b-catenin signaling in phenotypic expression and proliferation of articular cartilage superficial zone cells. Lab. Invest. 91, 1739-1752
 4. 4. Kato, K., Bhattaram, P., Penzo-Mendez, A., Gadi, A., and Lefebvre, V. (2015) SOXC transcription factors induce cartilage growth plate formation in mouse embryos by promoting noncanonical WNT signaling. J. Bone Miner. Res. 30, 1560-1571
 5. Fujii, Y., Kaneko, M., Neyazaki, M., Nogi, T., Kato, Y., and Takagi, J. (2014) PA tag: a versatile protein tagging system using a super high affinity antibody against a dodecapeptide derived from human podoplanin. Protein Expr. Purif. 95, 240-247

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