環境応答型分子シャペロンの働きは「綱渡り」:大腸菌HdeAの機能と線維化に関する研究



執筆者情報

執筆者:宮脇史織1、植村優実2、本郷邦広1,2,3、河田康志1,2,3、溝端知宏1,2,3

執筆者所属:1鳥取大学大学院 持続性社会創生科学研究科、2鳥取大学工学部、3鳥取大学グリーン・サステイナブル・ケミストリー研究センター

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原著論文:Acid-denatured small heat shock protein HdeA from Escherichia coli forms reversible fibrils with an atypical secondary structure. (The Journal of Biological Chemistry 294:1590-1601, 2019)

掲載日:2019年3月15日

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概要

大腸菌HdeAはペリプラズムに存在する蛋白質を守る分子シャペロンである。中性pHでは不活性なHdeAは、ペリプラズム内のpH低下に伴い酸変性し、この酸変性構造が分子シャペロンとして機能する。我々は、このような「環境応答型」HdeAの酸変性構造が同時に規則正しい線維状の不溶物、所謂「アミロイド線維」を可逆的に形成し、この線維が様々なユニークな特徴を持つことを発見した。HdeAは、機能的な酸変性状態、不溶性な線維沈殿、そして不活性な天然状態の構造3態を自由に行き来する蛋白質であった。

背景

グラム陰性細菌の外膜・内膜間ペリプラズムは,外膜が分子量600程度の分子を透過する性質のために環境の変化、特にpHの変化に敏感な空間である。ヒトに経口感染する大腸菌などは侵入時に胃の中の強酸性環境(pHおよそ1)を通過し、生きたまま小腸に到達する必要があるため、生存に重要なペリプラズム蛋白質の構造と機能をこの急激なpH低下から守るための手段を備えている(1)。

大腸菌にはHdeA、HdeBという2種類のペリプラズム蛋白質が存在する(2)。一定のアミノ酸配列相同性を共有するこの2種の蛋白質は、凝集と不活性化の危機にさらされている構造を損なった(変性した)蛋白質を認識して結合、その構造を安定化し、回復を促す「分子シャペロン」の仲間である。共に100残基にも満たないポリペプチド鎖からなるHdeAとHdeBはpH7においてそれぞれ規則正しい2量体天然構造を形成するが、興味深いことにこの2量体構造は分子シャペロンとして働くことができない「不活性型の構造」である(図1(3))。ペリプラズムにおけるpHが低下するとまずHdeBが、次いでHdeAが順にこの天然構造を失い、酸で変性した構造をとるが、この酸変性構造が他の変性蛋白質と結合し、保護するHdeA・HdeBの「活性化構造」である(4,5)。HdeAとHdeBはしたがって、ペリプラズムの環境変化に応じて自分の構造を変性させ、生理的機能に結びつける「環境応答型」の興味深い分子シャペロンの例である(6)。

HdeAの活性型酸変性構造は線維状の沈殿も形成でき、線維形成は分子シャペロン機能と競合する

酸変性構造が機能を発揮する大腸菌HdeAの独特の分子機構に興味を持ち、実験を開始したところ、分子シャペロン活性を持つHdeAの「活性型酸変性構造」は同じ低pH条件(pH2)で容易に凝集・不溶化し、規則正しい線維状の沈殿を形成する意外な結果を見いだした(図1)。HdeAの線維構造は分子シャペロンとして機能する酸変性構造と競合関係にあり、補助を要する酸変性したクライアント蛋白質が近くに存在するとHdeAの線維化が抑制されたため、この競合反応では分子シャペロンの機能が優先することが判明した。また、HdeAが形成する線維はアルツハイマー病やパーキンソン病など、特定の神経変性疾患において体内に蓄積し、病気の発症と関連付けられている「アミロイド線維」と様々な性質を共有していることも発見した。

HdeAの線維は一般のアミロイド線維とは異なる性質も見せた

HdeAが酸性条件で形成したアミロイド線維状の不溶物は、アルツハイマー病患者の病理組織などで見る様な一般的なアミロイド線維と類似した様々な構造的特性を見せた(透過型電子顕微鏡で見る形態(図1)や、線維構造と特異的に結合する蛍光色素に対する高い親和性など)。しかし、更に実験を進めたところ、HdeAの線維は他の蛋白質線維沈殿には見られない、独自の特徴も数多く見せることが次第に明らかになっていった。その中で、HdeA線維の二次構造(ポリペプチド鎖主鎖の規則正しい繰り返し構造)の構成割合が特にユニークなものであった。いわゆる「典型的な」蛋白質のアミロイド線維はβシートという二次構造の含有率が非常に高いのが特徴である。ポリペプチド鎖主鎖が伸びた配向となり、水素結合の網で安定化されているβシート構造の含有率が高いアミロイド線維は分子の密集度が高く、非常に安定な構造を形成する。そのため、細胞内でこの構造を持つ蛋白質が蓄積すると蛋白質の分解・リサイクルが進まず、細胞の機能を様々な形で邪魔すると考えられている。一方、HdeAが形成するアミロイド線維はβシートの含有率は低く、代わりにαヘリックスというらせん状の二次構造の含有率が高いことが確認された。HdeAの天然構造がαヘリックス含有率の大変高いものであることを考えると(図1)、HdeAは部分変性状態で線維沈殿を形成し、天然構造の一部が線維構造内に保たれている可能性が示唆された。

HdeAの線維は中性pHで可溶性の構造を回復し、再び分子シャペロンとして機能した

更に実験を進めるとまた新たなHdeA独特の性質が判明した。酸性条件で形成されたHdeAのアミロイド線維を再び中性(pH7)に戻すと、ほぼ瞬時に線維が消失し、HdeAは可溶性状態に戻った。この再可溶化されたHdeAの詳細な評価を行ったところ、再可溶化したHdeAは二次構造含有率においては天然HdeA構造の含有率に酷似しており、更にこの再可溶化したHdeAを再び低いpH環境に移行させたところ、分子シャペロンとしての機能も維持していたことが判明した。中性pHへのシフトにより、HdeAの線維が完全に元の天然構造を取り戻していると断定するためには今後の詳細な解析を待たねばならないが、HdeAは、溶液のpHに応じて「不活性な可溶性構造(pH7)」「分子シャペロンとして働く活性酸変性構造(pH2)」「分子シャペロンとして機能しない線維構造 (pH2)」の3種の構造形態をほぼ自由に行き来する「可逆性」という、一般的な蛋白質のアミロイド線維ではほぼ見ることがない、極めて珍しい性質を見せた。

結論

蛋白質の構造、および機能の関連を解明する研究において、このように機能発現と連動させて3種の構造形態を自由に行き来する蛋白質の例は極めてまれで、HdeAの構造ダイナミズムを生み出す分子メカニズムの詳細を理解することにより、蛋白質構造とその流動性、および機能発現との関連性に関する理解が大いに深まることが期待される。また、このように自由に形と機能をpHに応じて変化させるHdeAは、その高度なダイナミズムを生理的機能の実現に利用している可能性も低くないと考えている。今後、HdeA線維化反応の生理的意義についてより深く探求を進める予定である。



図1: 本研究の概要
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参考文献

[1] Gorden, J., and Small, P. L. (1993) Acid resistance in enteric bacteria. Infect. Immun. 61, 364-367
 [2] Malki, A., Le, H. T., Milles, S., Kern, R., Caldas, T., Abdallah, J., and Richarme, G. (2008) Solubilization of protein aggregates by the acid stress chaperones HdeA and HdeB. J. Biol. Chem. 283, 13679-13687
 [3] Gajiwala, K. S., and Burley, S. K. (2000) HDEA, a periplasmic protein that supports acid resistance in pathogenic enteric bacteria. J. Mol. Biol. 295, 605-612
 [4] Dahl, J. U., Koldewey, P., Salmon, L., Horowitz, S., Bardwell, J. C., and Jakob, U. (2015) HdeB functions as an acid-protective chaperone in bacteria. J. Biol. Chem. 290, 65-75
 [5] Hong, W., Jiao, W., Hu, J., Zhang, J., Liu, C., Fu, X., Shen, D., Xia, B., and Chang, Z. (2005) Periplasmic protein HdeA exhibits chaperone-like activity exclusively within stomach pH range by transforming into disordered conformation. J. Biol. Chem. 280, 27029-27034
 [6] Tapley, T. L., Korner, J. L., Barge, M. T., Hupfeld, J., Schauerte, J. A., Gafni, A., Jakob, U., and Bardwell, J. C. (2009) Structural plasticity of an acid-activated chaperone allows promiscuous substrate binding. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A 106, 5557-5562
 [7] Pettersen, E. F., Goddard, T. D., Huang, C. C., Couch, G. S., Greenblatt, D. M., Meng, E. C., and Ferrin, T. E. (2004) UCSF Chimera--a visualization system for exploratory research and analysis. J. Comput. Chem. 25, 1605-1612

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