研究者の声:オピニオン



2015年11月25日更新

医局は廃止すべきか

日本には医局制度が存在します。今、海外留学中で日本を離れている私も、まだ日本の医局に所属しています。みなさんは、医局についてどのように思われているのでしょうか。


■ 医局とは

医局とは、医師を各病院に送り出す就職斡旋会社みたいなものです。Wikipediaには「大学医学部・歯学部の附属病院での診療科ごとの、教授を頂点とした人事組織」とあります。たとえば「○○大学医学部」には「内科学教室」や「外科学教室」があり、これらの教室が、県下の病院や関連病院に医師を派遣しています。医局は、その病院の状況や医師個人のスキルにあわせて、適切に人材(医師)を派遣するところなのです。

救急外来が忙しい病院に、体力のある若手を送る。当直がない病院に、産休明けで子育てに忙しい先生を送る。忙しい病院を希望する先生に、そのような病院に行かせてあげる。病院が大きくなるのにあわせて、派遣する医師を増やす。これらのニーズに合わせた人事をおこなうのがまともな医局でしょう。


■ 医局制度は「悪い制度」か

平成16年、新医師臨床研修制度が始まりました。診療に従事しようとする医師は、2年以上の臨床研修を受けなければならないというルールです。 私も新医師臨床研修制度を受けています。当時、私の周りでは、大学や医局に所属したくないという同級生がたくさんいました。私も卒業後、医局に所属せず、とある市中病院で勤務し始めました。医局所属が必須ではないため「新医師臨床研修制度は、医局を潰す」という意見をよく聞きました。この前提にあるのは、医局制度は悪であるという認識でしょう。私はその後、5年ほどして入局しましたが、おそらく今でも、医局に所属しないという医師はけっこうおられると思います。


■ 医局のメリット

私は「医師の仕事は、個人スキルだけではもう限界。適切なチーム編成が必要かつ重要」と思っています。そのためには「助け合うことが大切」であり、また、「臨床だけが医師の仕事ではない」という認識も持っています。(1) 適材適所の人事をおこなう、(2) 助け合う、(3) 臨床以外の仕事を担う、が医局のメリットではないでしょうか。


(1) 適材適所の人事

医師の仕事の代表である「臨床医学」。勤務医や開業医が、様々な外来・入院患者さんの診察・治療・検査をするには、多くの「スキル」が必要です。医療の世界はすごいスピードで進化しているため、勉強していないとすぐに追いつけなくなります。周辺での流行疾患は何か。たくさん存在する湿布薬の違いは何か。できるだけ痛くないように注射する方法は何か。これらの「スキル」を幅広く網羅している医師が、入院施設のある一般病院に「一人しかいない」状態で、24時間365日戦うのはとても無理です。チームが必要です。「スキル」は、採血がうまい、内視鏡がうまい、夜寝なくても大丈夫、話がうまい、など、なんでもいいと思います。医局は「各医師の持つスキルに応じて、干渉しあわないような適切なメンバーを派遣する」という点で優れた制度ではないでしょうか。

ドラゴンクエストで例えますと、「戦士・魔法使い・僧侶」のバランス良いパーティー編成が必要だということです。医局は「戦士・戦士・戦士」や、「魔法使い・魔法使い・魔法使い」などのチームを作らないように、よく考えて医師を病院に割り当てることが大切なのです。

もし医局に所属していないフリーの医師が、自分のスキル(たとえば内視鏡がうまいといこと)を武器に病院の就職試験を受験しに来たら・・・その病院に「戦士」ばかりが偏ってしまうことはないでしょうか。病院長も「すごいスキルをもった医師だがどうして医局に所属していないのだろうか。所属できなかったのではないだろうか。何か問題があるのではないだろうか」と不安に思うかもしれません。


(2) 助け合うということ

私が若いころ、「仕事ができる」人が仕事をすれば良いと思っていました。自分が学んだことは他人に教えず、特許のように自分で抱え込むことができれば、自分の存在意義を確立できると思っていました。でも今は、チーム全員のレベルアップが必要だと考えています。自分が学び得た知識はみんなと共有することが大切だと思うのです。他人に与えたことは最終的に自分に回ってきます(情けは人の為ならず)。医療はチームですので、いずれ自分が助けてもらうためには、全員のレベルアップこそ大切なのです。


(3) 臨床だけが医師の仕事ではない

医師の仕事は、前述した「臨床医学」だけではありません。iPS細胞で有名な「研究」や、学生を指導する「教育」も大事な医師の仕事です。では、研究、特に基礎研究は、どういう施設でできるのでしょうか。一般病院が、外来・入院患者さんの施設とともに研究室を所有しているケースはほとんどありません。研究室は、大学やセンター病院にあるのが一般的です。つまり、研究をするためには大学の医局にお世話になることが多いのです。教授が中心となって研究費を獲得し、医局に所属する医師が研究する。そして各医師が、論文やニュースでその結果を報告したり、学位(医学博士)を取得したりする。その結果、その医局のプレゼンスが上がり、また研究費を獲得しやすくなる。

このように、医局は、日々、研究を行い、論文として世界に発信していくことを求められているのです。医局は大学病院として、医師として、大切な業務である「研究」について重要な役割を担っています。もし医局がなくなり、研究する医師が少なくなると、日本の医学分野において、高い研究水準を維持できなくなるのではないでしょうか。


■ 医局のデメリット

一方、医局のデメリットもあるでしょう。まずはドラマでもよく見かける「お金」の問題です。教授が手術を担当したら○○円、学位申請のために教授に○○円、製薬会社と教授との間に闇取引、などです。そして「人事権」の問題です。人事権は教授もしくは医局長が握っていることが多く、有利な人事の裏には病院、個人医師、教授との間に裏金が動いているのではないか、と疑われることもありえます。これらの構図が「医局 = 悪いもの」という認識を生んでいるといえるでしょう。


■ まとめ

医局のデメリットは、ドラマの世界だけではなく、ある程度事実なのかもしれません。実際に摘発されている医局、教授、製薬会社が存在することはみなさんも新聞などで御存知ではないでしょうか。お金の問題は日に日に厳しくなっていますので、今後、健全な方向に向かうことを期待しています。

私は、「日本人であること」が、日本の医局制度の根底に存在すると思っています。日本以外、たとえばアメリカでは、医師が自分のスキルを売りに良い待遇を求めることは十分ありえます。いかに自分にしかできない特権を確立するかが大切なのでしょう。「日本人には切迫した状況下でもお互いに助けあって生きていくことを美とする意識がある」と私は思っています。

日本では貧しい人も裕福な人も同様の医療を受けることができます。もしも医局が崩壊し、医師全員の相対的レベルアップがなくなったら・・・特許制度が進めば・・・優れたスキルをたくさんもつ医師を高額な人件費で雇うことのできる大病院ができて、そこを受診、医療を受けられるのは高額な医療費を払うことができる裕福な人だけということが起こるかもしれません。日本は、医局が責任をもって各医師のスキルを全員で育み、全員のレベルアップを図るという役割を担っていると信じています。


執筆者:研究もしている医師
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