研究者の声:オピニオン





2019年1月22日更新

HARKing・Pハッキング・アステリスクシーキングの問題はどう議論すべきなのか?

昨今、研究の信頼性や再現性に大きな問題があると言われるようになってきました。それは、バイオ研究業界に関しても例外でありません。むしろ、STAP捏造や医薬品ディオバンの問題以降、バイオ系の研究に対しては、かなり厳しい視線が世間から注がれるようになってしまいました。

もちろん、バイオ研究業界側も黙ってはいません。そのような疑いの目を晴らすべく、いろいろな取り組みが行われるようになってきました。それら試みは、バイオ研究業界の浄化および研究成果の信憑性を高めるために必要不可欠であると言えます。

このような問題に興味のある研究者であれば、HARKing・Pハッキング・アステリスクシーキングという単語を一度は聞いたことがあると思います。これら単語の正確な定義は、それを使う個々人によって微妙に異なるのですが、私が理解する範囲では、一般的には以下のような意味を持っているとされています。

HARKing:「hypothesizing after the results are known(結果がわかってから仮説を立てる)」を略してHARKと呼ぶようです。実験および統計解析が終了してから、ポジティブな結果が出ることがわかっている内容をもとに仮説を後付けで設定して「仮説検証研究」とすることは、統計的には間違ったアプローチであり(有意水準が異なる)、再現性が取れない等の問題を引き起こすとされています。そのため、HARKingは研究不正の一種であるとみなされています。

Pハッキング:有意なP値(一般にはP<0.05)が出る組み合わせやデータを探してグラフを作ることです。こちらも統計的には間違ったアプローチであるとされます。

アステリスクシーキング:統計的に有意な結果にアステリスク(*)が付けられることから来た造語です。シーキングは英単語のseeking(求める)から来ています。統計的に有意な数値になるまでデータを増やす(もしくは予定していた実験回数よりも少ない回数で有意な値が出たら、そこで実験をストップする)ことを示しています。

これらは、いずれも厳密には「研究不正」です。それは、統計という手法の原理原則に反しているからです。このようなアプローチは、現時点では研究不正かどうかグレイゾーンなのかもしれませんが、昨今の研究の信頼性の低下を見るに、今後はこういったグレーゾーンと見なされる内容も、明確にブラックなもの(=研究不正)とされるようになるでしょう。

このことは、仮説を検証するために統計という数学的手法を使っている以上、避けられないことです。そして、このような「禁じ手(HARKing・Pハッキング・アステリクシーキング)」を防ぐことが、研究業界の浄化および研究の信頼性を高めることになることにも疑問の余地はありません。

ですが、今のバイオ業界でこれらを明確に研究不正であると定義し禁止した場合、どのようなことが生じるか(特に研究者がどうなるか)については、あまり議論がされていないように思います。

HARKing等は研究をする上では「禁じ手」でありますが、今までは見過ごされてきています。そもそも、そういう「禁じ手」があることすら知らない研究者も多く、そういう人たちが知らずに「禁じ手」を使ってきたのではないかと思います。

ちなみに、HARKing等が禁止されると、「仮説検証研究」においては、以下のような例は全て「研究不正」になりえます。


例1:
博士課程の学生「N=10で実験をしました。傾向はあるものの、統計的には有意ではありませんでした。」
教授「P値は?」
博士課程の学生「0.08くらいです。」
教授「じゃあ、あと2~3例追加してみて。」
博士課程の学生「3例追加して実験しました。P値は0.048になりました。」
教授「良かったね。じゃあ、これで論文を書けるね。」


例2:
ポスドク「この受容体の下のシグナルで、何が関わってるかわかりません。」
ラボのPI「誰かがAとBとCの阻害剤を持ってるから試してみて。」
ポスドク「やってみました。Aの阻害剤だけ効果がありました。」
ラボのPI「じゃあ、この受容体とシグナルAのpathwayが大事だという論文を書いてみて。」


例3:
准教授「論文の査読コメントで◯◯の経路を見ろって言われたんだけど、誰か××で処理した細胞持ってない?」
学生「こないだやりました。まだWBのサンプルは残ってるので使いますか?」
准教授「おう、助かるよ。」

***

この業界にいる人ならわかると思いますが、こういう例は至るところにあります。もし、これがHARKing等の研究不正として禁じられるようになると、現場の研究者はどうなるでしょうか?

まず間違いなく、研究者の実験量が増えることになるはずです。また、研究論文が出にくくなるということも簡単に想像ができます。したがって、今以上に現場の研究者が疲弊するようになり、ますます研究者になりたいと思う人が減るはずです。

一方で、HARKing等の「禁じ手」は、周りからは「禁じ手」を使っているかどうかがわかりにくいという特徴もあります。うまく隠そうと思えば隠せたりもするし、決定的な証拠を掴まれなければ弾劾されることもないのです。

そして、そういう「禁じ手」を使えば、論文を出しやすいという事実も忘れてはいけません。実際に、「沢山実験をして星がつく(有意差がある)組み合わせを見つけるようにすれば論文はすぐに書けるし、やった実験を無駄にすることも少なくなるよ」と公言する『生産性の高い研究者』はあちこちにいたりします。

ということは、HARKing等を研究不正と見なして禁止した場合、真面目にそれを守る真っ当な研究者は疲弊し業績が上がらない一方で、倫理観のない”ハングリー精神旺盛”な上昇志向の研究者はどんどん偉くなるのです。

もちろん、HARKing等が研究の信頼性・再現性を著しく低下させる要因となっていることは事実です。そのような「禁じ手」は使うべきではありません。しかし、だからと言って、現在の現場の状況を無視して「HARKing等は研究不正!」と正論ばかりを振りかざして、はたして研究業界は良くなるのでしょうか?

実は私は研究者を廃業したものです。そのため、極論を言えば、HARKing等を研究不正として禁じ、研究者を疲弊させたとしても自分には何の影響もありません。むしろ、研究者を早めに辞めて良かったと思ったりもします。

ですが、こういう「正論(HARKing等は研究不正だから禁止しないといけない)」に対して、現役の研究者が異議(HARKing等は研究不正であっても、それだけを禁止してしまうと研究業界全体にとっては良くない「副作用」が起きてしまう恐れがあります、など)は唱えにくいと思います。こういった正論に対し、少しでも反対意見を言えば、「お前はズルをしたいのか(しているのか)!」とお偉方に脊髄反射で批判されてしまうからです。だからこそ、私のような元研究者がこの件について問題提起をすべきだと思います。

今のバイオ研究業界に本当に必要な改革は何なのか?その答えが見つかったとき、日本のバイオ研究業界は今以上に元気になるのではないかと思います。

要領を得ないオピニオン記事かと思いますが、私の文章が現役の研究者の助けになれば幸いです。


執筆者:元研究者


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