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志賀隆 博士 〜米国マサチューセッツ総合病院から(2012年01月05日更新)

患者安全と医学教育 -高性能マネキンによるシミュレーション-(4ページ目/全4ページ)

上記の問題点に対応する一つの救急の形が米国・英国等でとられている救急医療体制です。ドラマのERが一番わかりやすくこれを説明しています。救急である患者が考えた場合ひとまず全てを受け入れて病院で重傷度を判断する。看護師がトリアージといって受付後に話を聞いて優先順位をつけます。重症の患者は順番がはやくなり、軽症で待てると判断された患者は数時間待つ事になります。日本と比べて軽症患者の待ち時間は間違いなく長いですが、救急車が受け入れ先がみつからずに路上でかなりの時間立ち往生ということはおきません。

このシステムを米国で後押ししているのが、EMTALAという連邦法です。1986年に制定されましたEMTALAはEmergency Medical Treatment and Active Labor Actの略で、1980年代に健康保険を持たない妊婦が救急病院から受け入れを断られ、最終的に死産となってしまったことから、連邦法として成立しました。この法律によって米国の救急部への受診を希望した患者は主訴・年齢・保険の有無などに関わらず全て受け入れるということが義務化されました。20年前の米国では現在の日本の二次救急と同様、病院で働く医師は病理医であっても放射線科医であっても夜間の当番医として急病や外傷に対応しなければなりませんでした。その後、EMTALAの成立もあり救急部を持つ病院は必然的に多様な救急患者に効率よく安全に対応できる救急医を雇うようになりました。EMTALAや「Accidental Death and Disability: The Neglected Disease of Modern Society」1966によって、救急医の必要性が認識され、1970年に米国発の救急のレジデンシーがシンシナティでスタートしました。

もちろん医師の側から現在のスタイルの救急医が必要であるという認識ありスタートはしているんのですが、それを協力にバックアップする社会の流れがありました。またEMTALAの成立は救急部を持つ全ての急性期病院はその使命として病院一丸として救急医療に取り組むことになりました。

日本の場合、救急部門を立ち上げたり強化する際に、必ずしも採算や人的資源の問題などから病院全体として強力なバックアップがいつもあるかというとそうでもないようです。

EMTALAのない状況では患者を選択的に受け入れることもあり、状況によっては病院として患者を受け入れたにもかかわらず、救急部のみが受け入れの責任を負うという理解を他科かからされることも珍しくありません。また、全ての患者を受け入れる救急という前提が医療界の中にもないために、コンサルテーションを受けた科の対応も必ずしも一定したものにならないこともあります。

日本でもERで働く救急医の存在は徐々に認識されつつあり、若手医師の中でもERで働く救急医を目指す人達が増えています。しかしながら、彼らを臨床の現場で教育できる指導医は必ずしも十分ではありません。ネットを活用して、やる気のある彼らのための教育資源をオンラインで提供すること、シミュレーションも含めた教育ノウハウを共有することで、日本のERで働く救急医が増えて患者の安全がさらに向上することも夢見ています。

また救急医療体制を整備するために、日本の救急医療の文脈に即して患者・市民がしっかりと納得した上で新たな有機的な運用をなされる救急医療システムが日本版のEMTALAなどの立法によって再整備されることを望んでやみません。


著者紹介:志賀隆。2001年千葉大卒。東京医療センターで初期研修修了。在沖米国海軍病院,浦添総合病院救急部を経て、06年から09年まで米国ミネソタ州メイヨークリニックにて救急医学のレジデンシー終了。2009年から2011年までマサチューセッツ総合病院救急部にて指導医として働きつつ、シミュレーションを用いた医学教育を学んだ。現在東京ベイ・浦安市川医療センターセンター長補佐、救急科長。

*本記事は、JaRANの「研究者コラムのコーナー(2010年2月公開)」を転載したものです。

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