教授と僕の研究人生相談所



第90回(更新日:2022年11月10日)

君が考えているよりもずっと世代間格差は厳しい

僕「教授、僕らの連載記事の第6巻が発売されました!」

教授「そうか、おめでとう」

僕「反応薄いですね」

教授「涙を流すほど感激して喜んで欲しかったか?」

僕「いえ、そのままで結構です」

教授「この連載も久しぶりだし、書籍化も久しぶりだよな。俺らの会話を文章化しただけの連載なんて読んでる奴はもういないんじゃないのか」

僕「大丈夫です。僕はときどき昔の連載記事を読み返して教授の教えを復習していますし、編集部の方も毎回きちんと読んでくれています」

教授「・・・そうか。君がそれで満足なら別にいいよ」

僕「ええ、僕は教授とお話しできる機会があるだけで大満足です」

教授「で、今回の記事はどうするんだ?もう読者からの相談なんて来てないだろう」

僕「いえ、それがですね。つい先日、久しぶりに相談メールがきたんです」

教授「どんな?」

僕「教授にもそのメールを送ったはずですが、読んではいないですよね」

教授「あーそういえば君からのメールが来てたな。内容はなんだっけ?若手支援が始まるのが遅いとか何とかだったっけ」

僕「そうそう、それです。相談者は40代の研究者の方で、ご自分のことを『特任助教という名のポスドク』と呼んでいます」

教授「笑えない自虐だな。かわいそうに」

僕「で、その方は博士号を取得したのちに国内外の色々な研究機関でポスドクをしていたようなのですが、20代後半から30代後半までは、研究活動をする傍ら、アウトリーチ活動やら研究環境をよくするための活動なんかも積極的にやってきていたようなんです」

教授「そんなことしてたから40超えても特任助教という名のポスドクをやってるんじゃないのか?この相談者はアリとキリギリスの童話をもっと繰り返し読むべきだったな」

僕「相談内容に入る前に相談者の心を折らないでください」

教授「そうか。悪かった。じゃあ、とりあえず相談内容を最後まできちんと聞こう」

僕「ありがとうございます。今回の相談者様は研究環境をよくするための活動の一環として、若手研究者の支援にもっと力を入れてほしいというようなことも主張していたようなんです」

教授「今は昔よりも若手研究者に対する支援制度が充実しているように思うけどな。あーそうか、その相談メールの内容を思い出したぞ。自分が若手のときには支援制度があまりなくて支援を受けられなかったけど、自分が若手じゃなくなったら若手支援制度が充実してきて逆に中年研究者の支援がなくなって困ってる、っていう内容だったな」

僕「そうなんですよ。悲惨ですよね」

教授「ま、こいつにも責任の一端はあるけどな」

僕「えー、何でですか?ちょっと辛辣すぎませんか?」

教授「辛辣でもなんでもない。そもそも、この相談者は事実を正確に見ていないし、複数の問題点をごっちゃにしている」

僕「と言いますと?」

教授「こいつが」

僕「相談者様のことを『こいつ』と言うのはやめましょう」

教授「そうだな。確かに『こいつ』と言うのはよくないな。じゃあ、こやつが」

僕「あの・・・いえ、なんでもないです」

教授「まあなんだ、この相談者が40過ぎてもポスドクなのは、若いときに自分のリソースを必要なことに使わなかったからだ。彼、もしかしたら彼女かもしれんが、が博士号を取った時点でどんなキャリアパスをイメージしていたかはわからんが、少なくとも40過ぎてポスドクということを希望していたわけではあるまい。だが、博士号をとってから10年くらいの間、アウトリーチ活動やら研究環境の改善を目指した活動をしていたのであれば、研究に割ける時間は限られていただろうし、自分の望むキャリアパスを得るために本当に必要な経験やら人脈やらを得る行動をする時間も元気も十分にはなかっただろう」

僕「たしかに」

教授「それにな、さっきも言ったが、この相談者は事実を正確に捉えていない」

僕「どこら辺がですか?」

教授「この相談者は、『研究者としては鳴かず飛ばずではあったものの、自分の行動が今の若手支援の流れを生み出すことに貢献したのであれば、自分が少しでも意味のあることをしたということで嬉しいです』みたいなことをメールに書いていたよな」

僕「そうですね」

教授「研究者として鳴かず飛ばずというのは合っていると思う」

僕「辛辣ですね」

教授「だが後半部分は間違っている。若手研究者を支援しよう、なんてのは数十年前から言われている。それこそ、俺が学生のときにだってそういう議論は起きていた」

僕「え、そうなんですか?」

教授「偉くなった奴ってのは自分の身分が安定したら今度は若い奴を応援しようってなるもんだ。そうすると若い奴らにチヤホヤされるし、いい人っぽく見られたりするからな。特に性格が悪い奴にその傾向が強い」

僕「・・・」

教授「そもそも、若い奴らが言ってることを老害たちが聞くわけがなかろう。老人と若い奴らの利害は相反することが多いからな。だからな、老害たちってのは自分達のためになることを言っている若者を見つけてきて、そいつらを担ぎ上げるんだよ。で、若者の意見をきちんと聞いている懐の広い自分をアピールしつつ、自分たちが得するようにルールを変えていくんだ」

僕「でも、昔から若手支援の声があったのに、なんで今になって若手支援が形になってきたんですか?」

教授「色んな理由がある。一つの理由としては、職にあぶれた中年研究者の数よりも、若手研究者の人数が少ないからそっちを支援した方が金がかからないからだ。それに、若いのがこの業界に入ってこないと年寄りが困るだろ。この業界の構造はねずみ講と一緒だからな。だから、この相談者が若手支援を声高に叫んでいなくても結果は変わらないかったはずだ。自分の活動で若手が支援されるようになった、と言うのは傲慢な物言いだよ」

僕「なるほど」

教授「それにな、若手研究者の支援が今になって活発化したのは、政府が科学技術立国(笑)を主張したいからってのもあると思う。そもそも本当に日本が科学技術立国なら、わざわざ『日本は科学技術立国(笑)です!』なんて主張しなくてもいいんだよ。日本には、きちんとやっている奴らも素晴らしい研究者たちもいるのはわかっているが、客観的に見て日本は科学技術の面では二流だ。きちんとやってる奴、素晴らしい研究をしている奴、世の中を変えるような研究者、ってのは、他の国にはもっといるんだ」

僕「そうい言い切られてしまうと悲しいです」

教授「なんで?」

僕「え?」

教授「俺は『お前は二流研究者だ!』って言ってるわけじゃないんだぞ。日本の科学技術が二流だって言ってるだけだ。もしかして君は、自分の中学校を馬鹿にしてきた奴に対して、お前どこ中よ?ってイキがる中学生みたいな心境なのかな?」

僕「例えがよくわかりませんが、言っている意味はわかります。でも、日本が没落していってるのは日本人としては悲しいんです」

教授「君は呑気だな」

僕「どういう意味ですか?」

教授「日本が没落していって弱くなっているのであれば、君が抱くべき感情は悲しみではない。危機感だ。君がどんなに頑張っても、君がいる国が弱くなったら、生活レベルは落ちるし身の安全も補償されないんだぞ」

僕「そんな大袈裟な・・・と思ったんですが、大袈裟ではないんですね」

教授「ま、大袈裟だと思うならそう思っても構わんよ」

僕「・・・」

教授「さて、相談内容はどうする?」

僕「あ、そうでした。えっと・・・、教授の発言をまとめると、この相談者様は『博士号を取得して研究に打ち込むべき10年間に余計なことをしてリソースを浪費してたから自己責任』ということなのでしょうか」

教授「・・・君はこの相談者に恨みでもあるのか?だいぶ辛辣なまとめだが」

僕「え、僕の意見じゃありませんよ。教授の発言をまとめただけです」

教授「俺そんなことは言ったか?まあ、たしかに40過ぎて今もポスドクってのは、リソースの無駄遣いが一因だろう。だが、一番大きな原因は世代間格差だよ。こいつが20年早く生まれてたら、逆に20年おそく生まれてても、こうはならなかった可能性が高い」

僕「たしかに今の40歳から50歳の研究者は大変ですよね」

教授「大変なんてもんじゃないぞ。俺の観測範囲ないだがな、45歳プラスマイナス3歳、ん、いや46際プラスマイナス3歳かな、まあいいや、そこら辺の年齢のやつらは特に悲惨だ。その世代でアカデミアでまともな職につけている奴らは、すごい幸運が舞い込んできた奴だけだ」

僕「言い切るんですか?実力でまともな職に就いた人もいるように思いますが」

教授「まともな職に就いている奴と同程度の能力・実力を持っていても『ポスドクという名の特任助教』くらいの職しかない奴はあちこちにいる」

僕「『特任助教という名のポスドク』の間違いかと」

教授「どっちでもいいよ。いずれにしろ、その世代でアカデミアにいる奴らは本当に悲惨なんだよ」

僕「企業に行っておけば良かったとかですか?」

教授「アカデミアよりは全然ましだな。だが、その世代は企業に行っていたとしても、他の世代よりもずっと苦労してるよ。入社直後は年功序列に苦しみ、中年になったら終身雇用がなくなってリストラされていたりする。大手の製薬企業でも最近リストラが多いだろ。ま、俺には関係ないからいいんだけどね」

僕「そんな・・・」

教授「じゃあ、今日はこんなもんでいいか」

僕「いえダメです。この相談者様の本当の相談は、こういう辛い状況だけどこれからどうやって生きていけばいいかをアドバイスしてほしいらしいんです。生きるモチベーションとか何に気をつけていけばこれから生きていけばいいのかとか、そういうのを教授に教えてほしいらしいです。もう失敗はできない・したくない、ということらしいです」

教授「そんなの義務教育のときに知っておくべきことだろ」

僕「そんな・・・」

教授「40過ぎてるのに、生きるモチベーションとか人生の注意点なんてのを人に教わろうとするのが間違いだ。失敗したってしょうがないだろ。自分で探せよ、自分の人生に大事なことなんて。それが俺の答えだよ」

僕「今の教授のご回答を翻訳すると、自分の人生なんだから必死に自分で考えて行動すべき、ということでしょうか。で、自分の決断に従って行動した結果は、仮にそれが間違っていたとしても、自分できちんと責任をとれ、と。アウトリーチ活動とか研究環境の改善とかの活動に時間を費やす暇があるなら、自分の研究人生ひいては人生そのもののために何が本当に必要かを必死で考えて行動せよ、というのも含んでいたりしますか?」

教授「お、おぅ・・・。ま、そんな感じにまとめてもいいかもな。でも、こいつ今40代だろ。本当の地獄はここからだよ」

僕「え?」

教授「この国は老人がすごい保護されてるよな」

僕「そうですね」

教授「で、労働者世代にもっと金を使えって騒いでるだろ。どっかで見た構図だと思わないか?」

僕「あ、もしかして今の45歳前後の人が老後になったとき老人支援がなくなったりするんでしょうか」

教授「そうなる可能性は高いと俺は思っている。その世代はかわいそうだよな。受験は競争率が高くて大変、若いときは上の世代にこき使われる、中年になったら若手支援でポストがなく老人はポストを譲ろうとしない、で、老人になったら今までの老人なら受けられていたであろう支援がなくなって野垂れ死だ」

僕「・・・」

教授「ま、だからこそ、自分の人生については死ぬ気で必死に考えて行動しなければいけないんだよ。どう行動すればいいかという問いに対しては、万人にあてはまる正解はないからな」

僕「・・・」

教授「ということで、下の世代が苦労しているのを眺めながら、俺はスーパーで半額シールの貼っていないパック寿司でも買って帰ろう。あ、そうそう、君の最新刊がたくさん売れたら、その印税で今度は美味い焼き肉でもご馳走してくれたまえ」

僕「・・・」

執筆者:「尊敬すべき教授」と「その愛すべき学生」

*このコーナーでは「教授」への質問を大募集しています。質問内容はinfo@biomedcircus.comまでお願いいたします(役職・学年、研究分野、性別等、差し支えない程度で教えていただければ「教授」が質問に答えやすくなると思います)。

本連載の書籍化第6弾です!

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