生成AIが書いたバイオ系短編小説集
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裏
ポスドクの阿部が、地下にある低温実験室で震えていたのは、冬の寒さのせいだけではなかった。
彼の目の前のモニターには、世界最高峰の学術誌『N誌』に掲載されたばかりの、ライバルラボの論文が映し出されていた。
「ありえない...」
阿部はその論文のFigure 3を凝視した。タンパク質のバンドが、あまりにも美しすぎる。電気泳動のゲル特有の、わずかな「スマイリング」も、背景のノイズも一切ない。それはもはや科学データではなく、ルネサンス期の宗教画のような完成度だった。
阿部は知っていた。そのライバルラボが使っている抗体は、自分の手元にあるものと同じロットだ。そして、その抗体はこれほど鮮明なシグナルを出すことは物理的に不可能であることを。
「捏造だ。完全にクロだ」彼は独りごちた。
その時、背後で足音がした。
「阿部君、まだいたのかい」
現れたのは、彼のボスである、この分野の権威・神崎教授だった。
***
神崎教授は、阿部の肩に手を置くと、モニターのN誌のロゴを指差した。
「君は、C・N・S――すなわちC誌、N誌、S誌というトップジャーナルが、なぜ存在していると思っている?」
「最高峰の知見を共有するため・・・じゃないんですか?」
教授は、枯れた木のような笑い声を上げた。
「純粋だね。阿部君、もしそれらの雑誌が『科学の進歩』ではなく、『科学の制御』のために存在しているとしたら、どう思う?」
教授が語り始めたのは、バイオ業界の深淵に潜む、ある「プロトコル」の話だった。
「世界中の天才たちが、同じ方向を向いて一斉に研究を始めたらどうなる? 人類はすぐに死を克服し、遺伝子を書き換え、神の領域に到達してしまう。それは、社会の既存の構造を破壊する。だから、C・N・Sという『門番』が必要なんだ」
教授の説によれば、こうだ。
トップジャーナルは、定期的に「意図的な捏造論文」や、「再現不可能な美しい嘘」をトップページに掲載する。すると、世界中の野心的なポスドクや院生たちが、その「黄金の偶像」を追いかけて、何年も無駄な実験を繰り返すことになる。
「偽のゴールを提示することで、世界中のリサーチ・リソース(予算、時間、知能)を、袋小路に誘導する。これが、インパクト・ファクターという名の、知的リソースの『塩漬け』だ。捏造が見逃されているんじゃない。捏造こそが、彼らのミッションなんだよ」
***
「そんな...それじゃあ、僕たちが必死に回している遠心分離機は...」
「ただの足踏みだよ」神崎教授は続けた。「C・N・Sの査読システムは、AIによって完全に管理されている。彼らが求めているのは『真実』ではなく、『説得力のあるフィクション』だ。科学界という巨大な劇場を維持するための脚本だよ。君が見ているあの完璧なゲル画像、あれはAIが生成した『最も科学者たちが信じたくなる嘘』だ」
阿部の頭の中で、これまでの不自然なリジェクトの記憶が繋がっていく。
革新的な発見をした時に限って、支離滅裂な理由でリジェクトされる。逆に、既存の権威を補強するような、退屈だが「絵になる」論文はスムーズに通る。
「では、本物の科学はどこへ行くんですか?」
「それこそが『裏のC・N・S』だ」
教授は懐から、一見するとただの古い実験ノートを取り出した。
「表の雑誌が捏造で溢れるほど、真のブレイクスルーは影に隠れる。選ばれた一握りの人間だけが、本物のプロトコルを共有する。我々の研究の世界は、今や二階建て構造なんだ」
***
「阿部君、君はどちら側に行きたい?」
教授の目は、暗い実験室の中で不気味に光っていた。
「表の世界で、インパクト・ファクターに一喜一憂し、偽のデータを追いかけて一生を終えるか。それとも、この研究業界という『サーカス』の裏側に入り、真の意味で生命を弄ぶか」
阿部は、手元のマイクロピペットを見つめた。
10マイクロリットルの液体を吸い込む、その指先の感覚。
もし教授の話が本当なら、自分がこれまで信じてきた「科学」という宗教は、巧妙に設計された大規模なマトリックスに過ぎない。
その時、阿部のラップトップに通知が届いた。
差出人は不明。件名は『サーカス:今夜の演目について』。
メールを開くと、そこにはN誌の最新号に掲載されたあの捏造論文の、「真の生データ」が添付されていた。それは、公開されたものとは似ても似つかない、どす黒い真実を孕んだ数値の羅列だった。
「ようこそ、阿部君。君も今日から、観客ではなく演者の一人だ」
神崎教授の姿は、いつの間にか消えていた。
ただ、インキュベーターの中で細胞が分裂する音だけが、拍手喝采のように鳴り響いていた。
***
数年後、阿部の名前は世界的な注目を浴びていた。
彼が責任著者として投稿した論文が、C誌、N誌、S誌のすべてに、同時に掲載されたからだ。
その論文の内容は、「完全な不老不死」を可能にする遺伝子回路の発見。
もちろん、その実験データはすべて、阿部がAIと共に作り上げた「究極の捏造」だった。
世界中の研究者が、阿部の背中を追って実験室に籠もる。
巨額の予算が、存在しない現象の解明のために投じられる。
誰もが阿部を称賛し、誰もが再現に失敗し、そして誰もが「自分の腕が悪いのだ」と自分を責める。
阿部は、豪華なラボの椅子に座り、窓の外を眺めていた。
「これでいい」彼は呟く。「みんなが嘘を追いかけている間に、俺たちは静かに『本物』を進められる」
彼の机の上には、一冊の古い実験ノートと、不気味に笑うピエロのステッカーが貼られたノートPCが置かれていた。
科学の進歩とは、時として、全力で足踏みをすることによって達成される。それが、この世界の、たった一つの、そして最も残酷なルールだった。

