研究と恋愛〜ライフサイエンス研究者の幸福論
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第1回:准教授/女性/既婚/別居/子なし
金曜日の午後10時30分。博多駅の改札口から出てくるビジネスパーソンや観光客の波の中に、水野亜希子(41歳)の姿があった。
彼女の肩には、ノートPCと数日分の着替え、そして週明けの講義資料が入った重いトートバッグが食い込んでいる。
先ほど羽田からの飛行機を降りたばかりだった。
週末を東京の夫のマンションで過ごし、今まさに福岡へ戻ってきた。亜希子の「本拠地(自宅&勤務先)」は福岡にあり、この週末は東京の夫の元へ「通い」で行き、今、片道約1000キロの移動を終えて戻ってきたのである。
「これが、月に1回。調子が良いときは隔週です。交通費だけで月に10万円以上が個人の給与から消えることがあります。旅費のサポートなんてありません。『完全なプライベート移動』ですから。でも、お金以上に削られるのは体力と精神です」
亜希子は駅構内のベンチに深く腰掛け、深く息を吐いた。
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彼女は、九州の大学で独立した研究室を持つ。職位は准教授。ライフサイエンス、特に免疫学の分野では、次世代の女性リーダー候補として学会でも名前が知られる存在だ。
そして彼女の夫(42歳)もまた、関東の政府系研究所で主任研究員を務める、第一線の構造生物学者である。
日本の最高峰の知性を持つ「エリート研究者夫婦」。
周囲からは「お互いの仕事を理解し合える理想のカップル」「最先端のパワーカップル」と羨望の眼差しを向けられる。しかし、その実態は、日本の学術界が抱える、ある「致命的な欠陥」に人生の歯車を狂わされた、形骸化寸前の夫婦生活だった。
国際的なアカデミアの世界では、この現象に明確な名前がついている。
「二体問題(Two-Body Problem)」。
同じライフサイエンス業界で博士号を持つ男女が結婚した際、お互いのキャリア(常勤ポスト)を犠牲にすることなく、同じ大学や同じ都市に同時に雇用されることが極めて困難であるという、回避不能な障壁。日本の硬直化した採用システムは、この「二体問題」に対して、あまりにも無策なのである。
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二人の出会いは10年前、京都で開催された日本免疫学会の附設展示会だった。
当時、31歳のポスドクだった亜希子と、32歳で特任助教だった夫は、互いの研究テーマが「シグナル伝達の立体構造」という結節点で交わっていることから意気投合した。
研究の苦労を、1から10まで説明しなくても共有できる心地よさ。デートの最中に「ごめん、細胞の回収がある」と言われても、怒るどころか「じゃあラボまで付いていって、終わったらご飯にしよう」と言い合える関係。二人が恋に落ち、33歳で婚姻届を出したのは、あまりにも自然な流れだった。
「当時は、二人とも東京のラボにいましたから、何の問題もなかったんです。中央線沿線の小さなマンションを借りて、夜中に一緒に帰ってきて、夜食を食べながらお互いの研究プロジェクトのディスカッションをし合うような、本当に満ち足りた日々でした」
そんな幸せな結婚生活の歯車が狂い始めたのは、入籍してからわずか1年後。二人が同時に34歳となっていた年だった。
ライフサイエンスの世界では、30代半ばは「ポスドク・特任(任期付き)」から「テニュア(常勤・終身雇用)」へ上がれるかどうかの、人生最大のターニングポイントになる。ここを逃せば、一生「使い捨ての任期付きポスト」を彷徨う難民になる可能性が跳ね上がる。
その年、夫に関東の政府系研究所の「主任研究員(常勤)」のオファーが舞い込んだ。
誰もが羨むポストだった。夫は歓喜し、亜希子も自分のことのように喜んだ。
しかし、そのわずか3週間後、今度は亜希子の元に、九州の大学から「テニュアトラック講師(5年後に審査を経て常勤准教授へ昇進)」の採用通知が届いた。
「驚きました。それまで何十通と公募に書類を出して、一度も引っかからなかったのに、なぜ今、このタイミングで、夫の職場とは遠く離れた土地である『九州』のポストが当たってしまうのかと」
東京の夫の研究所と、福岡の大学。
二人はマンションのコタツを挟み、何夜も話し合った。
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【二人がシミュレーションした「選択肢」】
選択肢A:どちらかがポストを断り、東京で同居を優先する。
→断った側(おそらく断るのはオファーがあとに来た妻の側)が、東京で次にいつ常勤ポストを得られるかの保証はゼロ。そのため、今回のオファーを断れば、これまでの研究者人生の「実質的な死」を意味する。
選択肢B:二人ともポストを受け、別居婚を始める。
→ 距離は1000キロ。だが、お互いに「自分のラボ」と「研究者として"まともな"身分」を手に入れることができる。数年実績を作れば、また同じ都市の公募を狙って合流できるかもしれない。
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「研究者としてのプライド、そして何より、20代後半まで親に仕送りをもらいながら睡眠時間を削って手に入れた『PhD(博士号)』の重みを考えたら、どちらかが『相手のためにキャリアを捨てる』という選択肢は選べませんでした。夫も『亜希子の才能をここで潰すのは絶対に間違っている。離れても、僕たちは大丈夫だから、九州へ行ってこい』と背中を押してくれたんです」
それは、二人にとって、理性的で、前向きで、最も「賢明な」決断のはずだった。
だが、ライフサイエンス業界に巣食う”悪魔”は、二人の「賢明さ」をあざ笑うように、二人の幸せな結婚生活を摩耗させていった。
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九州に赴任した亜希子を待っていたのは、想像をはるかに超える激務だった。
初めて持たされた自分のラボ。学生の指導、大学の委員会仕事、講義準備、そして何より、5年後のテニュア審査を通過するために「外部資金」を絶やさず、トップジャーナルに論文を出し続けなければならないという、凄絶なプレッシャー。
夫も同様だった。主任研究員となり、国からのプロジェクト予算の管理と、海外のライバルラボとの熾烈なスピード競争の渦中に放り込まれていた。
「最初の頃は、毎晩のようにFaceTimeで顔を見て話していました。でも、お互いに限界まで疲弊しているんです。夜11時に画面越しに会っても、話すのは『今日の会議の愚痴』か『採択されなかった申請書の文句』といった業務に関する不満ばかり」
徐々に、会話の内容から「夫婦の暖かさ」が失われていった。
お互いの「研究者としてのアイデンティティ」が強すぎるがゆえに、相手の論文の進捗や、獲得した予算の額に対して、無意識のうちに「焦り」や「嫉妬」に似た感情が混ざるようになっていったのだ。
「夫が学会で海外出張に行くと聞くと、純粋に『気をつけてね』と言えない自分がいるんです。私は明日、朝から学部生の定期試験の採点があって実験すらできないのに、夫は世界の一線で戦っている。置いていかれる、という恐怖が、一番愛しているはずの夫に対して芽生えてしまう」
週末の逢瀬も、次第に「義務」へと変わっていった。
金曜の夜、数万円を払って飛行機に飛び乗り、東京の夫のマンションに着くのは深夜。土曜日は、二人とも溜まった洗濯と掃除をこなし、午後にはお互いリビングでPCを開いて論文を執筆している。日曜日の夕方には、また羽田空港へ向かう。
「何のために、こんなに必死になって移動しているのか分からなくなる瞬間があるんです。一緒に暮らしていた頃の『生活の匂い』が、どんどん消えていく。今では、夫の部屋のどこに何があるかも分からない。久しぶりに夫と目が合っても、まるで『同じ学会に所属する、気の合う同業者』と喋っているような、奇妙な距離感を感じるようになりました」
結婚5年目を迎えた頃、亜希子の頭をよぎったのは「子供」の問題だった。
年齢は38歳。不妊治療を始めるなら、これが事実上のラストチャンスだった。
しかし、問題は東京と福岡という物理的な距離だった。
「排卵日に合わせて、飛行機で東京へ行くんですか?あるいは夫に福岡へ来てもらう?ラボの実験スケジュールを全部キャンセルして?そんなの現実的には不可能です。システムとして、私たちの結婚生活には『新しい命を宿す』ためのスペースなんて、1ミリも残されていなかったんです」
亜希子は結局、不妊治療のクリニックのパンフレットを、夫に見せることなくゴミ箱に捨てた。夫もまた、その話題に触れることは一度もなかった。お互いに、それを口にした瞬間に、自分たちのこれまでの選択が「全否定」されるような気がして、怖かったのだ。
欧米、特にアメリカの大学では、この「二體問題(Two-Body Problem)」に対する制度的な解決策(Spousal Hiring / Dual-Career Hiring)が用意されていることが多い。
優秀な教授や研究者を招聘する際、その配偶者(同様に研究者である場合)に対しても、同じ大学内や近隣の機関に、相応のポスト(講師やテクニシャン、あるいは別学科の枠)を大学側がセットで用意・交渉するシステムだ。なぜなら、人間が最高のパフォーマンスでサイエンスに貢献するためには、私生活の安定が不可欠であると、合理的・システム的に理解しているからだ。
しかし、日本の大学・研究機関において、このような「配偶者同行雇用」の事例は、まだまだ一般的ではない。ごく一部のトップ研究者が引き抜かれる際の特例を除くと、ほぼ皆無に等しいのだ。
「日本の公募システムは、完全に『個人の業績の点数化』だけで動いています。そこに『配偶者がどこにいるか』という家庭の事情を考慮する余地は一切ありません。建前としては公平ですが、その結果として、研究者同士が結婚した場合、どちらかがキャリアを諦めるか、あるいは私たち夫婦のように『普通の家族の形を諦めるか』の二択を迫られることになります」
さらにタチが悪いのは、ライフサイエンス分野における「地方大学のテニュアトラック制」の罠だ。地方大学は、国からの予算削減を埋めるため、優秀な若手をテニュアトラック(任期付きだが成果次第で常勤)というエサで全国から一本釣りする。しかし、いざ赴任してみると、過疎化する地方大の雑務と教育負担が重くのしかかり、成果を維持するために私生活のすべてをロックアップされる。
「私たちは、国家のイノベーション政策という綺麗事のために、最も安価で、最も文句を言わない『使い捨ての地方労働力』として、夫婦バラバラに配置されているんです。システムは私たちの研究成果(ハイジャーナルへの論文数)だけを要求し、その裏で一組の夫婦の営みがどれほど干からびていこうが、知ったことではないんです」
2026年春。亜希子は無事にテニュア審査を通過し、九州の大学で「常勤の准教授」のポストを手に入れた。定年までの身分が保証され、ついに彼女は「難民」からの脱却を果たした。
合格の通知を受けた日、彼女は東京の夫に電話をした。
「おめでとう、亜希子。本当によく頑張ったな」
受話器の向こうの夫の声は、心からの祝福に満ちていた。
「ありがとう。それでね、あなた。これから、私たちどうしようか」
亜希子は、静かに、しかし核心を突く問いを投げかけた。
准教授のポストを得たということは、彼女は最低でも今後5年、10年は、この九州の大学を動くことができない(動けば、また研究室の立ち上げと学生の引き継ぎで数年がパーになる)ことを意味する。そして夫もまた、関東の研究所でチームリーダーへの昇進を控えており、東京を離れることはできない。
「そうだな。また、お互いの次の公募のタイミングを見計らって、考えよう」
夫の言葉は、10年前から何一つ変わらない、しかし今や完全に実効性を失った「定型句」だった。
二人とも、もう分かっているのだ。自分たちが手に入れた「安定」というポストこそが、お互いを永遠に引き裂き続ける「楔」になってしまったということに。
博多駅のベンチから立ち上がり、亜希子は深夜の冷たい空気の中、一人暮らしの1LDKのマンションへと歩き出す。
部屋に帰っても、迎えてくれる人はいない。出張用のスーツケースが転がり、机の上には、論文原稿のドラフトが山積みになっている。
彼女の薬指には、10年前に夫と交わしたプラチナの指輪が、今も変わらず嵌められている。
しかし、その指輪が象徴する「婚姻」という輝きは、東京と福岡という1000キロの「不毛な移動」の繰り返しで、完全に消え去ってしまった。今やそれは、ただの無機質な貴金属へと変貌してしまった。
「私たちは、サイエンスの階段を正しく登ってきたはずでした。でも、頂上に辿り着いたとき、私の手の中に残っていたのは、誰もいない静かな1LDKのマンションと、破綻することすら忘れられてしまった、名前だけの結婚生活だけだったんです」
鍵を開け、暗闇の部屋に灯りを点ける。亜希子はバッグを床に置くと、鏡も見ずにPCを起動した。
彼女の寂しさを埋めてくれるのは、夫からの愛の言葉ではなく、画面の上で表示される、次の論文のための実験データだけなのかもしれない。
*本連載は、著者が収集した多数の実例や証言を基に再構成したフィクション(小説)です。プライバシー保護および個人特定の防止のため、複数のエピソードを統合し、固有名詞の変更を含めた大幅な脚色を施しています。実在の特定の人物や組織を指すものではありません。

