研究と恋愛〜ライフサイエンス研究者の幸福論
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第10回:元教授/男性/50代/依願退職/音信不通
多くの研究者が任期切れの不安やポストの少なさに悩まされ、恋愛どころではない生活をおくっているなか、そうした苦労とはほぼ無縁のまま、着実にキャリアを積み上げていく研究者もいる。しかし、人生はどこに落とし穴があるかわからない。
学術的な評価、良好な人間関係と家庭生活、そして40代での教授就任。傍から見れば「順調」としか言いようのないキャリアを歩んできた北村健二(52歳)は、なぜある時期を境に、大学から姿を消すことになったのか。
周囲の証言をたどっていくと見えてきたのは、恵まれたキャリアの裏側で少しずつ積み重なっていた、対人関係をめぐるいくつかの歪みだった。
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「あいつは昔から、何をやらせても要領がよかったですね。勉強もできましたし、人当たりも良くて、中学や高校でも自然と人の中心にいるタイプでした。女性関係も賑やかだったと思います。同時期に何人かと交際していた、という話は当時から周りでも聞いていました」
そう振り返るのは、北村健二と中学・高校・大学が同じだったという男性(知人A氏)だ。
「助教になってからは忙しくなったみたいで、直接会う機会は減りましたが、メールでのやり取りは続いていました。結婚した頃に『そういう浮ついた話も落ち着いた』と本人から聞いていたので、てっきり順調にやっているものだと思っていました」
A氏の記憶に残っているのは、准教授になった直後、北村健二から届いた一通のメールだという。
「『これでようやく、周りに何も言わせないだけの立場が手に入った』という一文があったのを覚えています。当時は、単に苦労が実った喜びの表現だと思って、特に気にも留めませんでした。でも今振り返ると、少し引っかかる言い方だったな、と思います」
旧帝国大学の農学部に進学した北村健二のキャリアは、周囲から見れば大きな停滞のないものだった。
日本学術振興会の特別研究員(DC1)に採択され、博士課程在学中には助教(当時の呼称は助手)に就任。そのまま任期の切れ目を経験することなく、論文博士号を取得している。ポストの少なさが常に話題になるバイオ系アカデミアのなかで、ポスドクという不安定な立場を経ずに正規のポストを維持し続けた研究者は、決して多くない。
30代半ばで母校の准教授に昇進すると、同じ時期に、かつて指導していた年下の女性と結婚している。40代前半には、別の大学に新設された学部の教授ポストに就いた。教育中心の学部で、研究環境としては決して恵まれていたわけではなかったが、有力な学術誌への論文発表は、その後もある程度のペースで続いていた。
少なくとも表向きのキャリアだけを見れば、北村健二は目立った挫折のないまま、研究者としての階段を上ってきたように見える。
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ただ、その表向きの評価とは異なる姿を見てきた、という証言も少なくない。
「一言で言えば、機嫌の波が大きい人でした」
そう話すのは、北村健二が助教だった頃の学生だった男性(知人B氏)だ。
「昨日褒められた実験データを、翌日には別人のように厳しく指摘される、ということがよくありました。今の基準で言えば、アカデミックハラスメントに近いやり取りだったと思います。当時は僕も、とにかく波風を立てずに卒業することだけを考えていました。卒業してからは、特に連絡は取っていません」
一方で、同じ時期に近い立場で北村健二を見てきた別の元学生(女性・知人C氏)は、やや異なる印象を語る。
「たしかに機嫌の波はありましたし、理不尽だと感じたことも一度や二度ではありません。ただ、実験指導そのものは丁寧でしたし、私が出した中途半端な結果に対して、深夜まで一緒にディスカッションに付き合ってくれたこともあります。学振の申請書を書いていたときも、締め切り前の週末に何度も添削を頼んだんですが、嫌な顔ひとつせず付き合ってくれました。今振り返ると、あの人なりに『結果を出させなければ』という責任感が強すぎたのかもしれない、とも思うんです。もちろん、後で聞いた話を踏まえると、それだけで片付けていい人でもないと分かっていますが」
北村健二を語る証言には、こうした振れ幅がある。厳しさを一方的な攻撃性として受け止めた学生もいれば、指導への熱心さとして受け止めた学生もいる。ただし、その評価の分かれ目とは別のところで、より重い証言も存在した。
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北村健二が准教授だった時期に、同じ研究室に所属していた元ポスドクの男性(知人D氏)は、当時の様子について、より率直な言葉で振り返る。
「正直、あまり良い記憶は残っていません。研究者としての彼は確かに優秀で、論文の見せ方も上手かった。ただ、都合の良いデータの解釈が目立つ場面もありましたし、何より、女性関係にだらしないところがありました」
D氏によると、結婚して家庭を持った後も、その傾向は変わらなかったという。
「既婚者であり、准教授という立場でありながら、同じ研究室の女子学生に対して、必要以上に距離の近い接し方をすることが何度かありました。周囲としても、あまり関わりたくない話題でした」
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大きな転機が訪れたのは、教授として新設学部に着任してから数年後のことだった。
北村健二は、自身が講義を担当していた女子学生の一人に個人的な関心を寄せるようになった。これまでの経験から、自分の立場や振る舞いであれば相手も好意的に受け止めるはずだと考えていたのかもしれないが、その学生は、彼からの誘いをはっきりと断った。
そこには、二つの意味で彼自身が気づいていなかった「ずれ」があったようだ。
一つは、単純な年齢の問題だ。A氏の証言にもあったように、北村健二がモテていた、周囲の中心にいたというのは、あくまで学生時代から助教時代にかけての話だった。50代に差し掛かった今の自分を、当時と同じ感覚のまま扱っていた可能性がある。
もう一つは、教員と学生という関係そのものに対する、社会的な見方の変化だ。指導する側とされる側という立場の差がある関係のなかで、教員側から個人的な好意を示すこと自体は、以前であればさほど問題視しなかった大学や研究室も少なくなかった。しかし近年は、そうした力関係を伴う関係性や、同意の重みに対する意識が大きく変わっている。学生の側にとっても、以前であれば飲み込んでいたかもしれない違和感を、拒否や大学側への相談という形ではっきり示す選択肢が、以前より身近なものになっている。
しかし、北村健二はそうした変化を実感として理解できていなかったのかもしれない。結果として、その学生へのアプローチは次第に度を越したものになっていった。学内外での過度な接触や、繰り返しの連絡が数ヶ月ほど続いた。最初のうちは、学生も「熱心な指導教員」の延長として受け止めようとしていたようだが、次第に授業や研究室訪問の場を避けるようになり、最終的には不安を感じて大学のハラスメント相談窓口に相談し、大学側が事実関係の調査に乗り出すことになった。
調査の結果、複数の具体的な事実関係が確認されたという。本来であれば懲戒処分の対象になっても不思議ではない内容だったが、最終的な決着は「依願退職」という形だった。
「刑事事件にはしないこと、退職金は通常どおり支払うこと。その代わりに、本人が自ら大学を去る。おそらく、大学側と本人の間で、そうした形の折り合いがついたのだと思います」
そう話すのは、大学時代の同期にあたる女性(知人E氏)だ。E氏は、この結末について「これは彼を多少かばいたい気持ちが混じっているのかもしれませんが」と前置きをして、こう付け加えた。
「正直に言うと、大学の調査自体、学生側の言い分が全面的に正しいという前提で進んだ部分があったんじゃないかと感じています。彼から直接、当時のやり取りを詳しく聞いたわけではないので本当のところは分かりません。ただ、彼だけが一方的に悪かったのか、私自身、はっきりとは言い切れない部分もあります。昔は、教授と学生の間で何かこじれても、勝つのはたいてい教授の方でした。学生がどれだけ違和感を訴えても、まともに取り合ってもらえないことの方が多かったはずです。今は、力関係が完全に逆転していて、学生側の言い分の方が圧倒的に通りやすくなっている。もちろん、彼が潔白ではないでしょうし、彼がやったことが許されると思っているわけではないですが、彼はおそらく、そういった教授と学生の力関係の逆転そのものに気づいていなかったんだと思います。一昔前の感覚のまま、自分がまだ『強い側』にいると思い込んでいたんじゃないでしょうか」
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依願退職の手続きが済んだ後、北村健二は、それまで付き合いのあった研究関係の知り合いや元同僚との連絡を絶っている。SNSのアカウントは削除され、以前使っていたメールアドレスも現在はつながらない。今、彼がどこで何をしているのかを把握している知人はほとんどいないという。
同じアカデミアという狭い世界のなかでも、任期に追われて恋愛や結婚から遠ざかっていく人もいれば、逆に、安定した立場や周囲からの評価を積み重ねすぎたことで、対人関係の感覚を狂わせてしまう人もいる。閉鎖的な研究室という環境そのものは変わらなくても、そこで築かれる力関係の向きが変わるだけで、表れる歪みの形はまったく違うものになる。
任期切れの不安とは無縁のキャリア、良好な人間関係、そして順調な家庭生活。北村健二が手にしていたものの多くは、同世代の研究者の多くが手に入れられずにいるものだった。しかし、研究者として日々の生活を送るなかで、それらを失わず持ち続けることも、簡単なことではないのかもしれない。
*本連載は、著者が収集した多数の実例や証言を基に再構成したフィクションです。プライバシー保護および個人特定の防止のため、複数のエピソードを統合し、固有名詞の変更を含めた大幅な脚色を施しています。実在の特定の人物や組織を指すものではありません。

