執筆者自身による研究論文レビュー



坪井昭夫、吉原誠一
『5T4タンパク質は、マウスの嗅球における特定の介在ニューロンの発達を、におい刺激の強度に応じて制御している』


更新日:2012年3月23日
原著論文:5T4 glycoprotein regulates the sensory input-dependent development of a specific subtype of newborn interneurons in the mouse olfactory bulb. The Journal of Neuroscience 32:2217-2226, 2012.
連絡先:坪井昭夫 〒634-8521 奈良県橿原市四条町840 奈良県立医科大学 脳神経システム医科学 教授 E-mail: atsuboi@naramed-u.ac.jp



概要
私達の脳の中では、神経細胞同士が複雑につながり合って働いている。におい情報を処理する嗅球の介在ニューロンは、その刺激によって活動が盛んになる神経細胞ほど樹状突起の枝分れを発達させ、より多くの他の神経細胞と接続することにより、情報の伝達効率を上げている。我々は、5T4の機能を失ったマウスの嗅球介在ニューロンでは、においの強弱に関係なく、樹状突起の枝分れが著しく減少することを見出した。また逆に、5T4を過剰に発現させた嗅球介在ニューロンでは、においが全くない場合でも、樹状突起の枝分れが著しく増加することを見出した。嗅球介在ニューロンは、マウスのみならずヒトにおいても例外的に大人になっても産生され、新しい神経回路を作り続ける神経細胞である。今回の研究成果は、脳卒中などによって神経細胞が死滅した際に、神経細胞を損傷部位に移植することにより、神経障害を回復させるという再生医療への応用にもつながると期待される。

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成体でも新生される嗅球介在ニューロン
 嗅球の介在ニューロン(顆粒細胞と傍糸球細胞)は、胎生期のみならず成体時においても、常に、神経新生や新たな神経回路が生じているというユニークな特徴を持っている(図1)。また生後、脳内の神経回路は、外界からの刺激に反応して適切な回路に修正されること(可塑性) が知られている。更に、正常のマウスにおいては、ケージ内に遊具等を多く入れた刺激enrichedな環境で、海馬における神経新生が増加し、またアルツハイマーやパーキンソン病のモデルマウスにおいては、その症状の進行が遅延することが知られている。このように、環境からの刺激が、正常時及び病態時の脳において重要なことが分かる。そこで本研究では、においの有無の環境において嗅球で新生される介在ニューロンの発達を解析した。

図1. 成体においても新生される嗅球介在ニューロン: 嗅球の介在ニューロン(傍糸球細胞と顆粒細胞)は、大人になっても脳室周辺で新たに産生されて, Rostral migratory streamと呼ばれる経路を通って嗅球に移動し, 新しい神経回路に再編されている.(図はクリックで拡大します)

におい刺激に依存した嗅球介在ニューロンの発達
 におい刺激による神経活動を遮断するため、マウス新生仔の片側鼻孔を閉塞し、3週間そのまま飼育した。そのマウスの嗅覚器を観察したところ、鼻孔を閉塞した側の嗅球が顕著に縮退していることが分かった。この原因を知るため、鼻孔閉塞した側の嗅球において、GFP遺伝子を搭載したレンチウイルスをマウス脳室に注入して、3週間後にGFPを指標として新生された介在ニューロンの動態を観察した。その結果、鼻孔閉塞した側の嗅球において、顆粒細胞や傍糸球細胞の数が減少しており、それら細胞の樹状突起の長さや枝分れの数などの質的な低下も認められた。このように、鼻孔閉塞による嗅球の縮退、並びに、介在ニューロンの減少は、嗅細胞の神経活動の低下に起因することが示された。

嗅球介在ニューロンの発達を制御する分子5T4
 本研究ではさらに、におい刺激が神経細胞の発達を制御する仕組みを明らかにするために、においの有無によって神経細胞で発現量が変化する遺伝子、DNAマイクロアレイという手法を使って探索した。その結果、嗅球介在ニューロンにおいて樹状突起の表面に存在する5T4というタンパク質が新たに見出され、鼻の穴を閉じてにおい刺激による神経活動を低下させると、その発現量が低下することが明らかになった(図2)。

図2. 5T4タンパク質は嗅球介在ニューロンの樹状突起に存在する: (A)5T4タンパク質の模式図. 5T4は細胞膜を貫通して膜表面に存在するタンパク質である.(B)5T4遺伝子の嗅球における発現(写真中の赤色のシグナルが5T4遺伝子の発現を示す). 鼻を閉じた側では, 5T4遺伝子の発現量が減少している.(C)5T4タンパク質の嗅球介在ニューロンにおける分布(嗅球介在ニューロンを緑色で, 5T4タンパク質をピンク色で示す). 5T4タンパク質は, 嗅球介在ニューロンの樹状突起(白色)に主に局在している.(図はクリックで拡大します)

5T4による神経樹状突起の枝分れ機構
 本研究では次に、5T4の機能を知るために、その遺伝子を過剰に発現させた場合と欠失させた場合における介在ニューロンの発達を調べた。5T4遺伝子を過剰に発現させた神経細胞では、においが全くない場合でも、樹状突起の枝分れが増えていることが分かった(図3)。逆に、5T4遺伝子を欠失させた神経細胞では、樹状突起の枝分れが通常よりも減っていることが分かった(図3)。このことから、5T4遺伝子が発現する量に応じて、神経細胞の樹状突起の枝分れの度合いが制御されるという仕組みが明らかになった。

図3. 5T4を過剰発現した神経細胞と欠失した神経細胞の樹状突起の様子: 5T4を過剰に発現させた細胞では, 樹状突起の枝分れが増加し, 5T4を欠失させた細胞では, 樹状突起の枝分れが減少していた. 従って, 5T4タンパク質の量に応じて, 嗅球介在ニューロンにおける樹状突起の枝分れの度合いが制御されていることが分かった.(図はクリックで拡大します)

 樹状突起の枝分れが複雑になる程、多くの他の神経細胞と接続できるようになる。従って、におい刺激により神経活動の盛んになった神経細胞では、5T4タンパク質の量が増えるのに応じて、樹状突起の枝分れも増えて、さらに多くの他の神経細胞と接続して、情報の伝達効率を上げていると考えられる。

 嗅球の介在ニューロンは、大人になっても新しく生まれるだけでなく、損傷した脳の部位に移動して神経回路を修復する性質を持つことが知られている。今後、5T4の研究を通して、新しく生まれた神経細胞が適切な神経回路に編入される仕組みが明らかになれば、脳卒中などで神経細胞が死滅した際に、iPS細胞を使って作成した神経細胞を移植することにより神経回路の再生を行うという再生医療の治療法の開発にもつながると期待される。

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