執筆者自身による研究論文レビュー



早川和秀、荒井健
『オリゴデンドロサイトは白質障害後の血管新生を促進させる』


更新日:2012年5月25日
原著論文:Crosstalk between oligodendrocytes and cerebral endothelium contributes to vascular remodeling after white matter injury. Glia 60:875-81, 2012.
執筆者所属:Massachusetts General Hospital and Harvard Medical School



概要
グリア細胞(神経膠細胞)は脳内において幅広い役割を担っていることが知られているが、グリア細胞の一種であるオリゴデンドロサイトが脳の障害後にどのような機能を示すかはほとんどわかっていない。我々は今回、オリゴデンドロサイトが脳の白質が障害された後にマトリックス・メタロプロテアーゼ9(matrix metalloproteinase-9: MMP-9)を遊離して血管新生を促進することを明らかにした。これらの結果は、Oligovascular Niche(オリゴデンドロサイトと血管系の微小環境)が白質の再生と維持に重要であることを示唆している。

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 神経科学の分野における昨今の主要な発見の一つに、成体の脳においてもある一定の割合で神経細胞が再生されていることが挙げられる。特に、脳卒中などの障害後では、失われた組織や機能を修復するために神経新生のスピードが増加する(1)。また、神経新生に伴って、修復過程の脳内では血管系も同様に再生される。灰白質におけるNeurovascular Niche(神経系と血管系の間の微小環境)では、血管内皮細胞と神経幹細胞の相互作用により、成体脳においても神経新生と血管新生が絶えず行われている(2-4)。我々のグループでは以前、 血管内皮細胞がオリゴデンドロサイトの機能をサポートしていることを示し、Neurovascular Nicheに似たOligovascular Nicheが白質に存在することを報告した (5)。今回は逆に、オリゴデンドロサイトが血管内皮細胞に何らかのシグナルを送ることで、白質障害後の血管新生を促進させているのではないかとの仮説を立てて実験を行った。

 培養オリゴデンドロサイトはラット新生仔の脳より調製した。オリゴデンドロサイトは通常の状態では血管新生を促進する因子であるMMP-9を遊離していなかったが、炎症性サイトカインであるinterleukin-1β(IL-1β)を添加するとMMP-9の遊離が増大した(図1A)。そこで、オリゴデンドロサイトから遊離されたMMP-9が、血管内皮細胞(cerebral endothelial RBE.4)に対して作用するかを検討した(図1B)。IL-1βで刺激したオリゴデンドロサイトから調製した培養液は、通常の培養液よりも、 血管様チューブの形成(in vitroの系における血管新生の指標)を促進させた(図1C)。この作用はMMP阻害剤であるGM6001により抑制された(図1D)ため、オリゴデンドロサイトから遊離されたMMP-9がin vitroの系で血管新生を促進させる働きがあることが示唆された。



 次に、これらin vitroの系での結果を発展させるため、マウスの白質障害モデルを用いてin vivoの系での検討を行った。白質障害のモデルマウスは、脳の白質(脳梁)にlysophosphatidylcholin(LPC)を投与することにより準備した(図2A)。免疫染色の結果、このマウスでは障害部位のオリゴデンドロサイトがMMP-9を発現していること、およびIL-1βがオリゴデンドロサイトでのMMP-9の発現上昇に関わっていることが明らかとなった(図2B)。成体脳においても障害後には血管新生が生じることが報告されているが、実際に我々の白質障害モデルマウスでも新生された血管が多数確認された(図2C)。興味深いことに、これらの血管新生はMMP阻害剤GM6001で顕著に抑制された(図2c)。障害部位領域ではオリゴデンドロサイトの一部が血管内皮細胞と近接していること(図2D)から、オリゴデンドロサイトで産生されたMMP-9が白質障害後の血管新生を促進していると考えられた。



 近年、脳の機能の恒常性を保つメカニズムとして、異なる細胞種間の相互作用の役割に注目が集まってきている(6)。今回の我々の研究は、Oligovascular Nicheにおけるオリゴデンドロサイトと血管内皮細胞の情報のやりとりが、脳障害後の白質再生に重要であることを示している。脳卒中をはじめとした中枢性疾患では、活性化された複数の細胞障害シグナルを全て抑えることが難しいため、脳保護薬よりも脳機能を回復させる薬剤の開発に少しずつ重点がシフトしてきている(7)。そのため、白質障害後のオリゴデンドロサイトと血管内皮細胞の相互作用のメカニズムをより深く理解することで、脳卒中や認知症などの白質病変を伴う疾患に対する効果的な治療薬の開発に繋がるものと期待される。

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参考文献
1. Moskowitz, M.A., Lo, E.H. & Iadecola, C. The science of stroke: mechanisms in search of treatments. Neuron 67, 181-198 (2010).
2. Iadecola, C. Neurovascular regulation in the normal brain and in Alzheimer's disease. Nat Rev Neurosci 5, 347-360 (2004).
3. Zlokovic, B.V. Neurodegeneration and the neurovascular unit. Nat Med 16, 1370-1371 (2010).
4. Zacchigna, S., Lambrechts, D. & Carmeliet, P. Neurovascular signalling defects in neurodegeneration. Nat Rev Neurosci 9, 169-181 (2008).
5. Arai, K. & Lo, E.H. An oligovascular niche: cerebral endothelial cells promote the survival and proliferation of oligodendrocyte precursor cells. J Neurosci 29, 4351-4355 (2009).
6. Lo, E.H., Dalkara, T. & Moskowitz, M.A. Mechanisms, challenges and opportunities in stroke. Nat Rev Neurosci 4, 399-415 (2003).
7. Zhang, Z.G. & Chopp, M. Neurorestorative therapies for stroke: underlying mechanisms and translation to the clinic. Lancet Neurol 8, 491-500 (2009).

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