執筆者自身による研究論文レビュー
Tweet原田康代、久保允人
『アレルギー反応における肥満細胞と好塩基球の異なった役割』
更新日:2012年6月28日
原著論文:Role of mast cells and basophils in IgE Responses and in allergic airway hyperrseponsiveness. The Journal of Immunology 188:1809-1818, 2012.
執筆者所属:東京理科大学 生命医科学研究所 分子病態研究部門
概要
肥満細胞と好塩基球は共にTh2タイプのサイトカインであるIL-4を産生するとともに、慢性アレルギーやアレルギー炎症においてはその炎症病態を構成する造血系細胞である。我々はこれまでの解析により、IL-4遺伝子の発現がマスト細胞と好塩基球において異なるエンハンサー領域により制御されている事を明らかにしてきた。そこでそれぞれの細胞の役割を明らかにするため、この細胞特異的遺伝子発現の性質を利用し、マスト細胞あるいは好塩基球を特異的に除去できるマウスモデルを確立した。これらのマウスを用いてアレルギー反応におけるこれら細胞の役割を検討したところ、IgE抗体による即時型のアレルギー反応には肥満細胞が、遅発型のアレルギー反応には好塩基球がそれぞれ重要な役割を担っている事が明らかにされた。また、喘息のモデルである気道性過敏反応では肥満細胞が主に関わっている事が示唆された。
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肥満細胞と好塩基球
肥満細胞は哺乳類の粘膜組織や結合組織などに存在する造血幹細胞由来の白血球細胞で、Immunoglobulin E(IgE)に高親和性を持つFc受容体FcRIを細胞表面に持つことを特徴とする顆粒球である。抗原特異的なIgEにアレルゲンが結合することでその架橋が成立すると、それがトリガーとなり、細胞膜酵素の活性化が促され、脱顆粒を起こしヒスタミンやロイコトリエンなどの化学伝達物質を産生するI型アレルギー反応を引き起こす。これらは、炎症や免疫反応を構成する上で重要な役割を持つ1) 2)。
一方、好塩基球は塩基性色素により暗紫色に染まる大型の顆粒(好塩基性顆粒)を持つ白血球の事をいい、一般にその数は非常に少なく正常なヒトの白血球のうち1%未満しか存在していない。この細胞もIgE抗体が結合できるFc受容体を細胞表面に持つ事を特徴とする顆粒球で、抗原による架橋が脱顆粒を引き起こすと考えられており、このことからマスト細胞に近い造血系細胞と考えられてきた。しかしながら、細胞の分布を考えると好塩基球は主に血流中に分布するのに対し、マスト細胞は粘膜や皮膚などの結合組織に分布する事や、好塩基球は短命であるのに対してマスト細胞の寿命は月単位と格段に長いなどいくつかの異なる点も多い3) 4)。
Mas-TRECKとBas-TRECKシステムの確立
マスト細胞と好塩基球はいずれもIL-4, IL-5, IL-10, IL-13などのTh2サイトカインを主に産生する白血球であり、その産生誘導は一般に抗原によるIgEの架橋に制御される。我々は以前に肥満細胞と好塩基球におけるIL4遺伝子の発現が異なる制御エレメントによってコントロールされている事を見いだした5)。IL4遺伝子座のイントロン2に存在するエンハンサー(HS2あるいはIE領域)は肥満細胞特異的に働くのに対し、エクソン4下流の4Kbpに位置する領域(3'UTR)は好塩基球特異的にIL4遺伝子発現を制御する。そこで、この細胞特異的に遺伝子発現をコントロールできるシステムを用いて、ジフテリア毒素(DT)に対する受容体(DTR)を肥満細胞や好塩基球で発現するトランスジェニック(Tg)マウスを作製した。マウスはDTRを持たないことから、このマウスではDT投与によってマスト細胞または好塩基球を選択的に除去することが可能となる。そこで、このDTによる除去システムを活用するため、マスト細胞特異的DTRTgマウスMast cell Specific-Toxin Receptor mediated Conditional cell Knock out(Mas-Treck) (図1a)と好塩基球特異的DTR TgマウスBasophil Specific-TRECK(Bas-TRECK) を樹立した(図2a)。
我々はまずこれらマウスを用いてそれぞれの特異性を検討した。当初、肥満細胞特異的消失が見込まれたMas-TRECK Tgでは、好塩基球でも低いDTRの発現している為、好塩基球も消失してしまった(図1b)。一方、Bas- TRECK Tgでは好塩基球の消失がみられた(図2b)。このことから、DT投与によりMas-TRECK Tgは肥満細胞と好塩基球を、Bas-TRECK Tgは好塩基球を除去できるシステムであることが確認された。
IgE依存的なアレルギー反応における肥満細胞と好塩基球の役割
アレルギー疾患の多くはI型アレルギー反応により起こる。この疾患は血液中に非常にわずかに存在する免疫グロブリンIgEによって制御されており、このIgEは通常肥満細胞や好塩基球上に存在する受容体に結合しており、そこに抗原が結合するとこれらの細胞がヒスタミン、ロイコトリエンなどの整理活性物質やトリプターゼなどのプロテアーゼを放出する。これにより血管拡張や血管透過性亢進などが起こり浮腫や掻痒などの症状が現れる。この反応は抗原が体内に入ると10分前後で現れてくる事から即時型過敏反応と呼ばれ皮膚炎症等の症状を伴う。反応が激しく全身性のものをアナフィラキシーと呼び、更に急速な血圧低下によりショック症状を呈したものをアナフィラキシーショックと言う。また、IgE抗体によって起こるアレルギー性の耳介腫脹には、24時間以内に起こる即時型過敏反応に続き2日目以降に起こってくる遅発性の反応相があり、この反応はIgE依存性慢性アレルギー炎症(IgE-CAI)と定義されている6)。
即時型過敏反応には肥満細胞が関与すると言われている。そこで、我々はTRECKマウスを用いてIgE依存性皮膚受け身アナフィラキシー(PCA)における肥満細胞と好塩基球の役割を検討した。DT処理したマウスに抗OVA-IgE抗体を皮内投与し24時間後にOVAと色素を静脈内に投与した。これらマウスにおける即時型過敏反応によって起こる血管透過性の亢進を30分後の皮膚色素漏出量より測定したところ、抗OVA-IgE抗体投与によって誘導されるPCA反応は、Mas-TRECK Tgでは反応自体が消失したのに対し、Bas-TRECK Tgでは正常なPCA反応が認められた(図1c)。この事から、即時型過敏反応における肥満細胞の重要性が確認された。
(画像はクリックで拡大します)図1.Mas-TRECKを用いた肥満細胞消去と受身皮膚アナフィラキシーにおける影響:(a) Mas-TRECKマウス作製設計図。IL-4遺伝子座。その遺伝子制御領域とトランスジーンの構造。(b) DT投与により肥満細胞(FceR1a+cKit+)と好塩基球(FceR1a+CD200R3+)は消失する。(c) DTにより肥満細胞、好塩基球を消失させた後、OVA特異的IgE抗体とOVAを投与する事で受身皮膚アナフィラキシーを誘導した。肥満細胞がないと反応は起こらない。
次にIgE依存性慢性アレルギーにおける肥満細胞と好塩基球の役割を検討した。DT処理したMas-TRECK Tg、Bas-TRECK Tgマウスに抗TNP-IgE抗体を静注し、24時間後に抗原であるTNP-OVAを皮内投与し抗原摂取部における腫脹を経時的に測定した。その結果、Mas-TRECK Tgでは耳介の腫脹が観察されたのに対し、Bas-TRECK Tgでは耳介の腫脹が認められなかった。このことからIgE依存性慢性アレルギー反応は好塩基球によって制御される事が確認された(図2c)。
図2.Bas-TRECKを用いた好塩基球消去とIgE依存性慢性アレルギーにおける影響:(a) Bas-TRECKマウス作製設計図。IL-4遺伝子座。その遺伝子制御領域とトランスジーンの構造。(b) DT投与により骨髄中(上段)、抹消血中(下段)の好塩基球(FceR1a+CD200R3+DX5+)は消失する。(c) DTにより好塩基球を消去させた後、抗TNP-IgE抗体とTNP-OVAを投与する事でIgE依存性慢性アレルギー炎症を誘導した。好塩基球がないと反応は起こらない。
AHRにおける肥満細胞の重要性
OVAを用いて感作するマウスの喘息モデルにおいて、肥満細胞と好塩基球の役割には不明な点が多く残されていた。これは、これまで肥満細胞の解析にはW/WvやKitw-sh/w-shの様な遺伝的欠損を持ったマウスを用いて研究が行われてきたことが一因となっている7)8)。これらのマウスはc-kitに変異があるため肥満細胞に欠損があるだけではなく、メラノサイトの欠損や重度の貧血を生じるため、肥満細胞だけに限局した解析が難しいと言う問題点を持っている。また、先天的に肥満細胞が欠損しているため、欠損した肥満細胞を代償するメカニズムが作用している可能性もあり、これらマウスを用いた解析で結論を得ることは難しい。そこで我々の作製したMas-TRECK Tg、Bas-TRECK Tgマウスは、DT依存的に肥満細胞・好塩基球を欠失させることができる利点を持つ。そこで、これらTRECKシステムを用いて気道過敏反応における肥満細胞と好塩基球の役割を解析した。
アジュバンドなしにOVAを2日おきに二週間連続投与し、4週間後にDTを投与した後、OVAで経口曝露したマウスにアセチルコリン液を静脈注射することにより、気道過敏反応を誘導した。その結果、Mas-TRECK Tgではコントロールに比べ気道過敏反応は低下していたが、Bas-TRECK Tgマウスでは正常な気道圧の上昇が認められた。また、肥満細胞の除去は血液中のヒスタミン量の低下を招いた。一方、OVAに対する血中のIgE抗体価はいずれのマウスにおいても変化は認められなかった。このことから、喘息病態における気道過敏反応には肥満細胞が重要な役割を担っており、ヒスタミンの産生はその多くが肥満細胞に依存することが示された。一方、好塩基球はこの系では、気道過敏反応およびIgE抗体産生いずれにも関与していなかった。
以上の事から、好塩基球はIgE抗体依存的に起こる遅延性過敏反応に関与し、肥満細胞は気道過敏反応のエフェクターとして働く事が明らかとなった。また、これらTRECKマウスを使う事により生体内における肥満細胞と好塩基球とをはっきりと区別できる有用なシステムであった。肥満細胞や好塩基球はアレルギー反応のみならず、寄生虫・ウイルスに対する感染防御反応など様々な局面で免疫反応を制御する造血系細胞と考えられている。しかしながら、その役割についてはこれら細胞がどのような防御機構を持つのか?そしてどのような局面でこれら細胞が機能するのかなど、まだまだ未解決の問題が数多く残されている。これらのマウスシステムがこれら数多くの疑問を理解する上で役だって行くことを期待したい。
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参考文献
1) Abraham, S. N. & St John, A. L. Mast cell-orchestrated immunity to pathogens. Nat Rev Immunol 10, 440-452 (2010).
2) Gali, S. J. Mast cells and Basophils. Curr Opin Hematol 7, 32-39 (2000).
3) Karasuyama H, Mukai K & Obata K. Nonredundant roles of basophils in immunity. Annu Rev Immunol 29, 45-69 (2011).
4) Karasuyama H, Mukai K & Tsujimura Y. Newly discovered roles for basophils: a neglected minority gains new respecr. Nat Rev Immunol 9, 9-13 (2009).
5) Yagi R, Tanaka S & Kubo M. Regulation of the IL-4 gene is independently controlled by proximal and distal 3' enhancers in mast cells and basophils. Mol Cell Biol 27, 8087-97 (2007).
6) Mukai K, Obata K & Karasuyama H. New insights into the roles for basophils in acute and chronic allergy. Allergol Inter 58, 11-19 (2009).
7) Gali, S. J. Immunomodulatory mast cells: negative, as well as positive, regulators of immunity. Nat Rev Immunol 8, 478-486 (2008).
8) Grimbaldeston, M.A & Gali, S. J. Mast cells-deficient W-sash c-kit mutant W-sh/W-sh mice as a model for investigating mas cell biology in vivo. Am J Pathol 167, 835-848 (2005).