執筆者自身による研究論文レビュー



執筆者:近藤裕介、東 雅啓、猿田樹理、林 隆司、杉山弘起、槻木恵一

タイトル:急性ストレス負荷時のラット副腎髄質におけるTrkBの役割


更新日:2013年2月20日
原著論文:Role of TrkB expression in rat adrenal gland during acute immobilization stress. Journal of Neurochemistry 124:224-232, 2013.
執筆者所属:神奈川歯科大学大学院 環境病理学講座・唾液腺健康医学研究所



概要
我々は60分の急性ストレス負荷でラット副腎髄質に発現するTrkBの役割とBDNFの発現と局在についての検討を行った。その結果、TrkBはカテコールアミン放出を誘導することが確認された。またBDNFはTrkBと同様に60分の急性ストレス負荷で副腎髄質に発現することが確認された。これらの結果からBDNF-TrkB相互作用によってカテコールアミン放出がAutocrineによって誘導される可能性が示唆された。また、これらは急性ストレス時のPositive feed-back制御の役割を果たす可能性がある。

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はじめに
 Brain-derived neurotrophic factor (BDNF)は主として中枢神経で発現し、Tyrosine receptor kinase B(TrkB)と結合することで、細胞の成長分化や侵襲からの防御などの重要な生体反応を誘導することが知られている(1)。 また、近年の研究ではBDNFとTrkBは中枢神経のみならず末梢組織においても発現が確認されている(2, 3) 。しかし、末梢組織におけるBDNFとTrkBの相互作用については不明な点が多い。

 以前、我々は末梢組織おけるBDNFとTrkBに着目し、副腎髄質クロマフィン由来細胞(PC12)がBDNFの刺激によってカテコールアミンを放出することを報告し、急性拘束ストレスを60分負荷したラットの副腎髄質細胞でTrkBが発現することを確認した(2, 4)。しかし、ラット副腎髄質に発現したTrkBの役割に関しては検討がなされていない。そこで本研究は、ストレス60分負荷後に副腎髄質に発現するTrkBの役割及び、BDNFの発現とその局在を解析し、ストレス負荷時の副腎におけるBDNF-TrkB相互作用についての検討を行った。

TrkB agonist antibodyについて
 本研究ではin vivoで実験を行うにあたりAnti-TrkB (clone 47/TrkB)(BD Biosciences)がTrkB agonist antibodyとなりうるかの検討を初めに行った。方法はラット副腎髄質クロマフィン由来培養細胞(PC12)にAnti-TrkB (clone 47/TrkB)を添加しカテコールアミン濃度の測定を行った。その結果がAnti-TrkB添加群がコントロール群と比較して有意にカテコールアミン濃度が増加した。また、TrkのインヒビターであるK252aを添加した後にAnti-TrkB (clone 47/TrkB)を添加した群ではカテコールアミン濃度の有意な増加はみられなかった(Fig.1 a,b)。これらの結果はBDNFを作用させた際と同様な結果であったことから、Anti-TrkB(clone 47/TrkB)がTrkB agonist antibodyとして作用することが確認された(2, 5, 6)。

ストレス負荷によって副腎髄質に発現するTrkB役割
 我々は以前の研究ではラットに60分のストレスを負荷したところ副腎髄質でTrkBが遺伝子及びタンパク質レベルで有意に増加することを報告し、副腎髄質で発現したTrkBがストレス応答の重要な役割を果たすことを示唆した(2)。そこで本実験では60分のストレス負荷で副腎髄質に発現したTrkBの役割の検討を行った。本実験では内在性のBDNFの効果と区別するためにAgonist antibodyを使用し、TrkBの役割をより明確になるよう実験を行った。方法はストレス負荷を60分行ったラットにTrkB agonist antibody(Anti-TrkB (clone 47/TrkB))を投与しその後、血中カテコールアミン濃度を測定した(Stress+agonist群)。また、副腎摘出モデルラットに対しても同様な方法で実験を行った(Stress (adrenalectomy)+agonist群)。また、ストレス負荷60分行ったがTrkB agonist antibodyを投与しない群(Stress群)、ストレス負荷もTrkB agonist antibody投与も行わない群(control群)とそれぞれ比較した。その結果、Stress+agonist群の血中アドレナリン及びノルアドレナリン濃度はいずれの群と比較して有意に増加した。また、Stress (adrenalectomy)+agonist群ではいずれの群と比較して血中アドレナリン及びノルアドレナリン濃度は有意に低下した(Fig.2 a, b)。ドーパミンに対してはコントロール群のみいずれの群と比較して有意に低下した(data not shown)。これらの結果から、ストレス負荷60分で副腎髄質に発現するTrkBはアドレナリン及びノルアドレナリンを放出することでストレス応答の役割を担うことが示唆された(7)。

ストレス負荷で副腎髄質に発現したBDNFとTrkBとの相互作用
 我々はストレス負荷60分後におけるBDNFの発現と局在についての検討をラット副腎に対して行った。方法はラットにストレス負荷を60分行った後、副腎に対しPCR法でBDNF遺伝子発現の確認を行った。その結果、ストレス負荷後に副腎においてBDNF遺伝子発現が有意に増加することが確認された。(Fig3, 4)この結果からストレス負荷60分後にはTrkBのみならずBDNFも副腎で発現し、BDNF−TrkB相互作用によってカテコールアミン放出が誘導されることが示唆される(2)。さらに、副腎に対してIn situ hybridization (ISH)と免疫組織化学 (IHC)を行い遺伝子、タンパク質レベルでBDNFの局在についての検討を行った。その結果、ISH、IHC共に副腎髄質でBDNFの発現が認められた(Fig.5, 6)。この結果から、副腎からのカテコールアミン放出は神経系の機序(Sympathetic- adrenal- medullar axis (SAM axis))を介したニコチン受容体の活性化だけでなく、副腎髄質でAutocrineの機序によっても誘導されることが考えられる(8, 9)。

Positive feed-back制御系の可能性
 我々はプロプラノロールを用いて交感神経を遮断したラットに対してもストレスを60分負荷し、副腎でISHとIHCを行った(10)。その結果、交感神経遮断を行わなかったラット副腎と同様に副腎髄質にBDNFの発現が認められた。(Fig.5, 6)この結果より、BDNF-TrkB相互作用によって誘導されるカテコールアミン放出機序は通常のSAM axisの放出機序に加えて、Positive feed-back制御系としての副腎髄質で役割を果たすの可能性が示唆される。また、重篤なストレスはEndoplasmic reticulum stressを誘導することで神経細胞死を導くことでSAM axisの破綻を引き起こす可能性がある。それを補うために、SAM axisの末端である副腎髄質で、BDNF-TrkBによる経路がSAM axisの予備経路として存在する可能性も否定できない(11)。いずれにせよ、神経伝達機構の観点からシグナル伝達に関して詳細な検索を今後行う必要がある(9, 12, 13)。

まとめ
 Anti-TrkB (clone 47/TrkB)が副腎髄質においてTrkBのAgonist antibodyとして作用することが確認された。さらに、急性拘束ストレス負荷60分で副腎髄質に発現するTrkBがカテコールアミン放出の役割を担うことが示唆された。また同様のストレスでBDNFも副腎髄質に発現することが確認されたことから、副腎髄質ではAutocrineの機序によってもカテコールアミン放出が誘導されることが示唆された。さらに、副腎髄質におけるBDNF−TrkB相互作用によるカテコールアミ放出誘導は急性ストレス時のPositive feed-back制御の役割を果たす可能性がある。

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参考文献
(1) Cirulli F. and Alleva E. (2009) The NGF saga: from animal models of psychosocial stress to stress-related psychopathology. Front. Neuroendcrinol. 30, 379-395.
(2) Kondo Y., Saruta J., To M., Shiiki N., Sato C. and Tsukinoki K. (2010) Expression and role of the BDNF receptor-TrkB in rat adrenal gland under acute immobilization stress. Acta Histochem. Cytochem. 43, 139-147.
(3) Saruta J., Lee T., Shirasu M., Takahashi T., Sato C., Sato S. and Tsukinoki K. (2010) Chronic stress affects the expression of brain-derived neurotrophic factor in rat salivary glands. Stress. 13, 53-60.
(4) Tsukinoki K., Saruta J., Sasaguri K., Miyoshi Y., Jinbu Y., Kusama M., Sato S. and Watanabe Y. (2006) Immobilization stress induces BDNF in rat submandibular glands. J. Dent. Res. 85, 844-848.
(5) Qian MD, Zhang J, Tan XY, Wood A, Gill D, Cho S. (2006) Novel agonist monoclonal antibodies activate TrkB receptors and demonstrate potent neurotrophic activities. J Neurosci. 26, 9394-9403
(6) Tsao D, Thomsen HK, Chou J, Stratton J, Hagen M, Loo C, Garcia C, Sloane DL, Rosenthal A, Lin JC. (2008) TrkB agonists ameliorate obesity and associated metabolic conditions in mice. Endocrinology. 149, 1038-1048.
(7) Nakata Y. (1964) Histochemical studies on catecholamine with reference to the paraganglia. Acta Neuroveg (Wien). 26, 75-92.
(8) Tsukinoki K., Saruta J., Muto N., Sasaguri K., Sato S., Tan-Ishii N. and Watanabe Y. (2007) Submandibular glands contribute to increases in plasma BDNF levels. J. Dent. Res. 86, 260-264.
(9) Cortez V, Santana M, Marques AP, Mota A, Rosmaninho-Salgado J, Cavadas C. (2012) Regulation of catecholamine release in human adrenal chromaffin cells by β-adrenoceptors. Neurochem Int. 60, 387-393
(10) Koizumi S, Minamisawa S, Sasaguri K, Onozuka M, Sato S, Ono Y. (2011) Chewing reduces sympathetic nervous response to stress and prevents poststress arrhythmias in rats. Am J Physiol Heart Circ Physiol. 301, 1551-1558.
(11) Higo T, Hamada K, Hisatsune C, Nukina N, Hashikawa T, Hattori M, Nakamura T, Mikoshiba K. (2010) Mechanism of ER Stress-Induced Brain Damage by IP3 Receptor. Neuron. 68, 865-878.
(12) Bertrand PP, Thomas EA. (2004) Multiple levels of sensory integration in the intrinsic sensory neurons of the enteric nervous system. Clin Exp Pharmacol Physiol. 31, 745-755.
(13) Gallo-Payet N, Grazzini E, Cote M, Chouinard L, Chorvatova A, Bilodeau L, Payet MD, Guillon G. (1996) Role of Ca2+ in the action of adrenocorticotropin in cultured human adrenal glomerulosa cells. J Clin Invest. 98, 460-466.

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