シロスタゾールはワルファリンによる出血性梗塞の増悪を改善させる
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執筆者:北庄司輝、江頭祐介、三代圭祐、鈴木悠起也、伊藤秀記、鶴間一寛、嶋澤雅光、原英彰
執筆者所属:岐阜薬科大学大学院 生体機能解析学大講座 薬効解析学研究室
原著論文:Cilostazol ameliorates warfarin-induced hemorrhagic transformation after cerebral ischemia in mice. Stroke 44:2862-2868 2013.
更新日:2013年12月11日
概要
現在、出血性梗塞に対する有効な治療法はなく、ワルファリンによる出血性梗塞の増大は致命的であるため、その治療法の確立が不可欠である。抗血小板薬であるシロスタゾールは神経保護作用および血管内皮細胞保護作用を含む様々な保護作用を有することが知られているが、ワルファリン服用患者には慎重投与とされている。本研究では、シロスタゾールがTight junction proteinsおよびVE-cadherinを増強することで、ワルファリンによる出血性梗塞の増悪を抑制することを明らかにした。また、末梢からの出血時間も延長させなかったことから、本研究が臨床に応用できる可能性も示唆された。
ワルファリン抗凝固療法
脳卒中は年齢に大きく関与している。先進国における高齢化によって、心原性脳塞栓症の主な原因である非弁膜症性心房細動による脳梗塞患者数は2030年までに2倍になることが予測されている。
経口抗凝固薬の投与は広く認められており、特に高血圧、糖尿病、不整脈や脳梗塞歴がある、合併症の危険性が高い患者における、非弁膜症性心房細動による脳梗塞の予防のための標準的な治療として強く進められている。1, 2
ビタミンKのアンタゴニストであるワルファリンは、非弁膜症性心房細動患者の心原性脳塞栓症予防の第一選択薬として、臨床上広く用いられている。他の新規経口抗凝固薬、特にダビガトランやリバロキサバンはワルファリンに比べて出血合併症が比較的少ないが、3, 4 特異的なアンタゴニストがなく、出血が起こった際にその作用を軽減することができないことが臨床で用いられる上で主な懸念となっている。5 それ故、ワルファリンは臨床において標準的な経口抗凝固薬として使われ続けている。
早期の出血性変化は脳梗塞の合併症として生じ、虚血障害や心原性脳塞栓症の大きさが虚血後の早期出血性変化の独立したリスクファクターとして決定づけられている。6 さらに脳虚血後の早期出血性変化の深刻なサブタイプである実質血腫は患者に悪い転帰をもたらす。しかし、現在臨床において出血性梗塞を予防するために利用できる有効な治療法はない。出血性梗塞の主な原因の1つとして、これまでに脳虚血の実験的研究によって、虚血再灌流後の血液脳関門 (BBB) の透過性の上昇が関与していることが明らかにされてきている。7 ワルファリン抗凝固療法患者における出血性梗塞のリスクに関する研究は未だあまりないが、マウスにおいてはワルファリンの前処置が一過性脳虚血後の出血性変化のリスクを増大させることが報告がされている。8
シロスタゾールの保護作用
シロスタゾールはホスホジエステラーゼV阻害作用を有する抗血小板薬であり、脳梗塞の2次予防および末梢動脈疾患における間欠性跛行に広く用いられている。シロスタゾールの特徴の1つは血管内皮細胞を潜在的に保護することである。我々は過去にマウスにおいてシロスタゾールがBBBの破綻を防ぐことで、脳虚血後の出血性梗塞を減少させることを明らかにしてきた。7, 9
そこで本研究は、脳虚血後のワルファリン誘発出血性梗塞の抑制に対するシロスタゾールの作用を明らかにすることを目的に行った。
ワルファリン誘発出血性梗塞モデルの作製
ワルファリンを水ビンに入れ、自由給水下でマウスを飼育し、経時的に血液を採取することで、血液凝固能の指標であるprothrombin time-international normalized ratio (PT-INR) を測定した。その結果、ワルファリン投与開始18時間後にPT-INRが臨床での治療域に達したため、今後モデルを作製する上で、ワルファリン投与時間を18時間に設定した。ワルファリン投与18時間後に、3時間虚血/再灌流を施すことにより出血性梗塞を引き起こし、ワルファリン誘発出血性梗塞モデルを作製した。
ワルファリン誘発出血性梗塞モデルに対するシロスタゾールの出血に及ぼす影響
本モデルマウスを用いて、再灌流直後に梗塞体積を変化させない量のシロスタゾール (1または3 mg/kg) を腹腔内に投与した。出血量はヘモグロビンアッセイによって定量した。ワルファリン単独投与群で出血量が増加したのに対し、シロスタゾール併用群ではそれが抑制された。(図1A-C) また、7日後までの生存率も評価したところ、ワルファリン単独投与群よりもシロスタゾール併用群において有意に生存率が高かった。(図1D)
つぎに、ワルファリンとシロスタゾールの出血に対する相互作用を検討するため、イソフルラン麻酔下で尻尾の直径が2.5 mmの場所の尾静脈を切開し、湧出する血液を30秒毎にろ紙で吸収し、自然に止血するまでの時間を測定した。ワルファリン単独投与群とシロスタゾール併用群の出血時間に有意な差はなかった。(図1E)
シロスタゾールの出血性梗塞抑制メカニズムの検討
つぎに、シロスタゾールがワルファリンによる出血を抑制したメカニズムの解明を目的に、BBBのバリアー機能の1つであるTight junction proteins (TJPs) に着目した。TJPsは膜貫通型タンパク質のClaudin, OccludinおよびJAMから成り、これらのタンパク質はZO-1を介して細胞内のactinに連結しており、特にClaudin-5, OccludinおよびZO-1はBBBの重要な構成因子である。よって今回、TJPsであるClaudin-5, Occludin, ZO-1およびAdherens junction proteinであるVE-cadherinのタンパク量をウエスタンブロットにより測定した。シロスタゾールは、虚血によるZO-1、Claudin-5およびVE-cadherinの発現の減少を抑制した。(図2)
つぎに、過剰な発現が脳損傷後の浮腫および出血に関与すると考えられているMatrix metalloproteinase (MMP) -2および9についても検討を行ったが、ワルファリン単独投与群とシロスタゾール併用群の間に有意な差は認められなかった。
以上、シロスタゾールがワルファリンによる出血性梗塞を抑制した機序として、MMP-2および9は関与せず、虚血によるTJPsおよびVE-cadherinの減少を抑制したことが示唆された。すなわち、シロスタゾールがMMP-2,9を介さず、直接TJPsおよびVE-cadherinを保護している可能性が示唆された。
これらの結果から、シロスタゾールがワルファリンによる出血性梗塞の増悪を抑制する可能性が示唆された。また、その作用機序として、シロスタゾールが虚血によるTJPsやVE-cadherinの低下を抑制することが考えられる。また、ワルファリンとシロスタゾールを併用しても、末梢からの出血時間を延長させなかったことから、臨床にも応用することができる可能性が示唆された。
参考文献
1) Hart RG, Pearce LA, Aguilar MI. Meta-analysis: Antithrombotic therapy to prevent stroke in patients who have nonvalvular atrial fibrillation. Ann Intern Med. 2007;146:857-867
2) Furie KL, Kasner SE, Adams RJ, Albers GW, Bush RL, Fagan SC, et al. Guidelines for the prevention of stroke in patients with stroke or transient ischemic attack: A guideline for healthcare professionals from the american heart association/american stroke association. Stroke. 2011;42:227-276
3) Connolly SJ, Ezekowitz MD, Yusuf S, Eikelboom J, Oldgren J, Parekh A, et al. Dabigatran versus warfarin in patients with atrial fibrillation. N Engl J Med. 2009;361:1139-1151
4) Patel MR, Mahaffey KW, Garg J, Pan G, Singer DE, Hacke W, et al. Rivaroxaban versus warfarin in nonvalvular atrial fibrillation. N Engl J Med. 2011;365:883-891
5) Steiner T, Rosand J, Diringer M. Intracerebral hemorrhage associated with oral anticoagulant therapy: Current practices and unresolved questions. Stroke. 2006;37:256-262
6) Paciaroni M, Agnelli G, Corea F, Ageno W, Alberti A, Lanari A, et al. Early hemorrhagic transformation of brain infarction: Rate, predictive factors, and influence on clinical outcome: Results of a prospective multicenter study. Stroke. 2008;39:2249-2256
7) Nonaka Y, Tsuruma K, Shimazawa M, Yoshimura S, Iwama T, Hara H. Cilostazol protects against hemorrhagic transformation in mice transient focal cerebral ischemia-induced brain damage. Neurosci Lett. 2009;452:156-161
8) Pfeilschifter W, Spitzer D, Czech-Zechmeister B, Steinmetz H, Foerch C. Increased risk of hemorrhagic transformation in ischemic stroke occurring during warfarin anticoagulation: An experimental study in mice. Stroke. 2011;42:1116-1121
9) Ishiguro M, Mishiro K, Fujiwara Y, Chen H, Izuta H, Tsuruma K, et al. Phosphodiesterase-iii inhibitor prevents hemorrhagic transformation induced by focal cerebral ischemia in mice treated with tpa. PLoS One. 2010;5:e15178
10) Kitashoji A, Egashira Y, Mishiro K, Suzuki Y, Ito H, Tsuruma K, et al. Cilostazol ameliorates warfarin-induced hemorrhagic transformation after cerebral ischemia in mice. Stroke. 2013;44:2862-2868