炎症時の情動関連障害はプロスタノイド受容体CRTH2を介して発現する



執筆者情報

執筆者:新谷紀人、羽場亮太、橋本均、馬場明道

執筆者所属:大阪大学大学院薬学研究科神経薬理学分野

原著論文:Central CRTH2, a second prostaglandin D2 receptor, mediates emotional impairment in the lipopolysaccharide and tumor-induced sickness behavior model. (The Journal of Neuroscience 34:2514-2523, 2014)

更新日:2014年3月29日

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概要

化学走性受容体様分子CRTH2はプロスタグランジンD2のII型受容体として機能する。本研究ではその中枢機能をin vivoで初めて明らかにした。CRTH2の遺伝子欠損や拮抗薬の脳室内投与は、細菌内毒素(LPS)やガン細胞で誘発される様々な行動変化のうち、情動関連障害のみを消失させ、また、LPSによる扁桃体の活性化等を選択的に抑制した。本結果から、炎症病態時の意欲低下等に対する治療薬としてのCRTH2拮抗薬の有用性が示された。

プロスタノイド受容体CRTH2

生体内の炎症反応は、インターロイキン(IL)等のサイトカインで全身的に制御されるほか、プロスタグランジン(PG)やトロンボキサン(TX)、ロイコトリエン(LT)等のオータコイドで局所的に制御される。Chemoattractant receptor-homologous molecule expressed on T helper type 2 cells(CRTH2)は、株式会社BMLの永田博士や平井博士によってオーファンGPCRとして同定された後[1]、2001年、同博士らによってPGD2のII型受容体としての機能が見出された分子である[2]。CRTH2の同定が他のPG受容体と比べて遅れた理由には、そのアミノ酸一次配列の違いがある。CRTH2は、DP、EP、FP、IP、TPなどのPG/TX受容体とは低い相同性しか示さないのに対し、BLT1、BLT2、CysLT1、CtsLT2PGなどのLT受容体と高い相同性を示すため[2]、cDNAの単離当初はPGの受容体とは考えられていなかったためである。しかしこの結果は、例えば進化の過程で、CRTH2がオータコイドシグナルの中核を担った可能性を示すもので、その生理的重要性を示す注目すべき知見ともいえる。

CRTH2の機能としては、末梢炎症反応におけるI型受容体DPとの相補的あるいは協調的働きが盛んに解析されている。鼻炎治療薬のラマトロバンがCRTH2/TX受容体拮抗作用を有することからも、特に、炎症反応への促進的役割が確立されている[3]。しかし脳での機能については、DPを介した睡眠誘発作用が極めて良く知られている一方、CRTH2の機能は神経突起伸展の促進的作用[4]の他は、ほとんど不明であった。そこで我々は、その中枢機能の同定を目的として、前述の永田博士、平井博士、そして東京医科歯科大学の中村博士らが作製したCRTH2遺伝子欠損(KO)マウスを用いた検討を開始した。まず実験動物の網羅的表現型解析手法であるSHIRPAプロトコルに従ってCRTH2-KOマウスの表現型変化を探索した結果、同マウスの感覚機能や運動機能は定常条件下では正常な野生型マウスとほぼ同等であった。そこで次に、病態モデルを用いた行動薬理学的解析を行った。

CRTH2を介した特定のsickness behavior制御

ガン患者や細菌感染時に認められる食欲不振や無気力感など、これら一連の生理的・精神的変化はsickness behaviorとよばれ、その動物モデルとして、発熱等を引き起こさない低用量の細菌内毒素(LPS)を投与するモデルが頻用される[5]。PG産生の律速酵素であるシクロオキシゲナーゼ(COX)の阻害剤投与やEP1(PGE2のI型受容体)のKOマウスでは、LPSで誘発される行動変化が消失するため[5][6]、CRTH2もまた、これらの行動変化に関与する可能性が考えられた。なお近年の研究から、一連のsickness behaviorは多様なメカニズムにより制御されることが示唆されている。例えば、LPSで誘発される自発運動量や摂餌量の低下が消失(回復)する、投与の24時間以降においても、社会性行動(幼若マウスとのコミュニケーション行動)や新奇物体探索行動(マウスに新奇な物体を提示した際に認められる探索行動)の低下は持続的に認められる[7](表1)。そこで本研究では、このような時間的変化を念頭に、LPSモデルを用いてCRTH2の機能解析を行った。

その結果、CRTH2-KOでは、LPS投与の24時間後までにおこる自発運動量や摂食量の減少には全く変化が認められない一方、24時間以上持続する社会性行動の低下ならびに新奇物体探索行動の低下が、いずれもほぼ完全に消失した(表1)。また同様の表現型変化は、CRTH2の選択的拮抗薬を脳室内に投与した場合でも同様に認められたが、DPの選択的拮抗薬では認められなかった(表1)。これらの結果から、脳内のCRTH2が、特定のsickness behaviorに選択的に関与することが明らかとなった。またガン細胞Colon26を移植するsickness behaviorモデルを用いた検討を行ったところ、野生型マウスでは、腫瘍径の増大と相まって社会性行動や新奇物体探索行動が著しく減少する一方、CRTH2-KOあるいはCRTH2を薬理学的に拮抗したマウスでは、これらの減少がほぼ完全に消失した(表1)。すなわちCRTH2は、ガン細胞によって誘発される情動機能障害(社会性行動などの減少)にも関与することが明らかとなり、また、CRTH2の薬理学的拮抗が、これら障害の治療標的になる可能性が示された。

LPSによる扁桃体の活性化とCRTH2

Sickness behaviorの発現機構としては、求心性の迷走神経を介した延髄孤束核(NTS)の活性化と、それに引き続く分界条床核(BNST)、扁桃体中心核(CeA)、視床下部室傍核(PVN)の活性化を介した経路(vagal nerve pathway)や[8]、脳内血管の内皮細胞等の活性化を介した経路(hormonal pathway)[9]の関与が示されている。そこでLPSを投与したCRTH2-KOマウスでvagal nerve pathwayの関与を解析したところ、投与後2、6、12、24時間というタイムコース解析において、CRTH2-KOではPVNの活性化が有意に減弱するほか、CeAでは有意な活性化そのものが認められないことが明らかとなった(表2)。さらにPG産生の律速酵素のひとつであるCOX-2の蛋白発現分布を解析すると、COX-2由来のシグナルは、NTSやBNSTなどでは血管内皮細胞マーカーであるCD31と共染色される一方、CeAでは、CD31に加え神経細胞マーカーNeuNと共染色され、CeAには血管内皮だけでなく神経細胞でもCOX-2の発現誘導が起こることが示された(表2)。扁桃体は探索行動に関わる脳神経核のひとつであり、表2に示すように、LPSで誘発されるCeAの活性化は4つの神経核の中で唯一24時間以上にわたって長期的に認められる。これらを併せて考えると、LPS投与で誘発される社会性行動や新奇物体探索行動の低下(いずれもLPS投与の24時間以降まで持続(表1))、そしてCRTH2阻害によるこれら行動変化の消失には、このCeAを中心とした脳神経系の機能制御が重要な役割を果たすと考えられた。

本研究に関する展望など

本稿では十分に記載されていないが、原著論文ではsickness behaviorの発現にCRTH2やCOX2がどのように関与するのか、またCRTH2の拮抗薬にどのような可能性があるのかが詳細に記載されており、ぜひご一読を頂きたい。本研究はCRTH2の中枢機能を初めて明らかにした研究であり、sickness behavior制御におけるPGE2シグナルとPGD2シグナル、あるいはDPとCRTH2の相補的役割や、各種脳神経核の協調的役割、またPGのオータコイド(局所制御分子)としての役割を考察している。精神機能制御におけるPGの機能解析は近年のホットトピックでもあり[10]、今後の詳細な中枢CRTH2研究によってPGの中枢機能に関する新展開が期待される。またCOX-2阻害薬などのNSAIDは、従来から鎮痛や抗炎症作用を目的として使用されているが、本研究成果を基盤とし、NSAIDSやCRTH2の阻害薬について、ガン病態や感染症、炎症時の倦怠感などの治療薬としての研究展開が進むものと期待する。

参考文献

1. Abe H et al. Gene 1999;227:71-77.
2. Hirai H et al. J Exp Med. 2001;193:255-261.
3. Pettipher R et al. Nat Rev Drug Discov. 2007;6:313-325.
4. Hatanaka M et al. J Pharmacol Sci. 2010;113:89-93.
5. Dantzer R et al. Nat Rev Neurosci. 2008;9:46-56.
6. Pecchi E et al. Physiol Behav. 2009;97:279-292.
7. Haba R and Shintani N et al. Behav Brain Res. 2012;228:423-431.
8. Konsman et al. Eur J Neurosci. 2000;12:4434-4446.
9. Serrats et al. Neuron 2010;65:94-106.
10. Narumiya S and Furuyashiki T. FASEB J. 2011;25:813-818.

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