傷害神経におけるVEGFシグナルは末梢神経感作に基づく神経障害性疼痛に関与する



執筆者情報

執筆者:木口倫一、岸岡史郎

執筆者所属:和歌山県立医科大学医学部 薬理学教室 〒641-0012 和歌山市紀三井寺811-1

原著論文:Vascular endothelial growth factor signaling in injured nerves underlies peripheral sensitization in neuropathic pain. (Journal of Neurochemistry 129:169-178, 2014)

更新日:2014年4月18日

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概要

本研究では神経障害性疼痛における血管内皮細胞増殖因子(VEGF)シグナルの役割を評価した。傷害後の末梢神経ではVEGFAを高発現するマクロファージや好中球の浸潤、また病的血管新生の亢進が認められた。一方、VEGF受容体はマクロファージまたは血管内皮細胞に局在しており、VEGFAシグナルの阻害薬を用いると神経障害性疼痛が抑制された。結論として、末梢VEGFAシグナルは末梢神経感作に基づく神経障害性疼痛に重要な役割を果たすことが示唆された。

研究の背景

神経障害性疼痛の分子基盤には慢性神経炎症が付随するとの知見が散見される[1]。通常、炎症反応は免疫細胞に由来する種々の炎症関連因子により調節されると理解されており、その多くは傷害の治癒と共に収束する。しかしながら近年では、複雑なサイトカインーケモカインネットワークに基づく慢性炎症が神経変性疾患を含む様々な難治性疾患の病態と密接に関与することが明らかにされつつある[2]。末梢神経が傷害されると、マクロファージや好中球などの免疫細胞が血中より動員され、種々の炎症性因子の産生に基づく神経障害性疼痛が惹起される。我々はこれまでに、これらの免疫細胞においてエピジェネティック機構依存的にケモカインが産生誘導され、神経障害性疼痛の末梢性調節に重要な役割を果たすことを明らかにしてきた[3]。

血管形成・新生は発達の過程において不可欠の要素であるが、最近では腫瘍進展を含む難治性疾患の炎症性病理においても血管新生が中心的役割を担うと考えられている[4]。血管新生には様々な因子が関与するが、その中でも血管内皮細胞増殖因子(Vascular endothelial growth factor: VEGF)は最も重要な分子の一つである[5]。VEGFはVEGF受容体(VEGFR)に結合し、血管内皮細胞の増殖や形態変化を誘導する。炎症状態において、VEGFシグナルに基づく病的血管新生は免疫細胞により調節されることもまた最近の報告で明らかにされた。そこで我々は、神経障害性疼痛の病態分子基盤におけるVEGFシグナルの役割を明らかにすることを目的として本研究を行った。

傷害末梢神経に浸潤するマクロファージおよび好中球はVEGFAを発現する

マウスの坐骨神経に部分結紮(Partial sciatic nerve ligation: PSL)を施すと、傷害部位におけるVEGFA mRNAの発現増加が認められた。同様にVEGFAタンパク質の発現増加も観察され(図1)、その産生源は血中より傷害部位に浸潤したマクロファージおよび好中球であることが示された。VEGFAの発現調節機構について検討したところ、そのプロモーター領域において遺伝子転写を促進性に制御するヒストンH3のアセチル化やメチル化が生じていた。すなわち、末梢神経傷害後に集積する免疫細胞では、エピジェネティック機構依存的にVEGFA発現が誘導されると考えられる。

傷害末梢神経において血管動態変化・血管新生が亢進する

VEGFRにはVEGFR1およびVEGFR2の存在が知られており、傷害坐骨神経においてはその両者の発現が認められた。VEGFR1はマクロファージおよび血管内皮細胞に発現しており、一方でVEGFR2は血管内皮細胞にのみ局在していた。蛍光色素DiIを用いて血管内皮細胞を標識する組織化学解析により[6]、傷害坐骨神経における長期的な病的血管新生が観察された(図1)。血管新生は血管内皮細胞の増加により裏付けられ、また組織イメージングにより慢性神経炎症の存在が示された。これらの結果より、傷害末梢神経における血管新生の亢進は慢性神経炎症の重要な構成要素であると考えられる。

傷害末梢神経におけるVEGFシグナルは神経障害性疼痛を形成する

PSLにより惹起される長期的な触アロディニアおよび熱痛覚過敏は、VEGFA中和抗体を傷害部位に局所投与することにより抑制された。VEGFRチロシンキナーゼ阻害薬もまた、神経障害性疼痛に対する抑制効果を有していた。従って、傷害末梢神経におけるVEGF-VEGFR経路は神経障害性疼痛の病態生理に重要な役割を果たすことが示唆される。

考察と結論

腫瘍血管新生やリンパ管新生を担うVEGFファミリーには複数のアイソタイプが知られているが、特に病的血管新生においてはVEGFAの役割が注目されている[5]。末梢神経傷害後に発現するVEGFAの産生源は血中より浸潤するマクロファージおよび好中球であるが、その調節にはエピジェネティック機構が関与することも同時に明らかになった。VEGFの産生は通常、低酸素状態に陥った組織細胞や白血球において誘導され、血管新生を介して組織修復や腫瘍進展に関与する[4]。傷害末梢神経において傷害7日後以降では異常血管新生の亢進が認められるが、傷害直後には一過性に血管が破壊されている。それに基づく血流不全や低酸素状態がVEGFAの発現誘導に関与し、後に生じる血管新生の起点になるのかもしれない。さらに血管新生関連因子は血管内皮細胞や免疫細胞を活性化し、炎症性細胞を追加動員すると共に慢性神経炎症の形成に関与すると考えられる。

VEGFシグナルはVEGFR1およびVEGFR2を介して血管新生を制御する。しかしながら、各々の受容体に対するVEGFの親和性やチロシンキナーゼ活性の相違がその詳細を複雑化している[7]。一般的にVEGFR2は血管新生の過程において血管内皮細胞ならびにその前駆細胞に発現し、VEGFシグナルを伝達する。慢性炎症状態において、VEGFシグナルに基づく病的血管新生はVEGFR2阻害薬により減弱することも多く報告されている。一方、VEGFR1は血管内皮細胞に加えてマクロファージなどの免疫細胞にも発現が認められ、血管新生に関連したマクロファージ浸潤や血管内皮細胞の増殖に関与すると考えられている[8]。VEGF中和抗体または受容体チロシンキナーゼ阻害薬を用いてVEGFシグナルを薬理学的に抑制すると、神経障害性疼痛が軽減されることを本研究により見出した。これは傷害末梢神経におけるVEGF-VEGFR経路が神経障害性疼痛に関与することを示す重要な知見である。

本研究の結論として、傷害末梢神経に浸潤するマクロファージおよび好中球においてVEGFAが発現増加し、マクロファージまたは血管内皮細胞に発現するVEGFRを介して病的血管新生を誘導する。このVEGFA-VEGFRシグナルは末梢神経感作に基づく神経障害性疼痛と密接に関与することが示唆された。

参考文献

1. Calvo M et al. Lancet Neurol. 2012;11:629-642.
2. Nathan C and Ding A. Cell. 2010;140:871-882.
3. Kiguchi N et al. Curr Opin Pharmacol. 2012;12:55-61.
4. Weis SM and Cheresh DA. Nat Med. 2011;17:1359-1370.
5. Saharien P et al. Trends Mol Med. 2011;17:347-362.
6. Li Y et al. Nat Protocol. 2008;3:1703-1708.
7. Carmeliet P and Jain RK. Nature. 2011;473:298-307.
8. Kerbel RS. N Engl J Med. 2008;358:2039-2049.

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