研究者の声:オピニオン



2012年6月29日更新

科学英語に関して(4ページ目/全5ページ)

■科学英語に関して その4: 哲学者による分析

ここでは、哲学者が科学論文について書いた論文をこのコラムに紹介したいと思います。

Frederick Suppe,
Structure of a Scientific Paper
Philosophy of Science, 1998;65:381-405

この論文は分析哲学的(Ref.1)なもので、科学論文がどのように科学的な証明の道筋をたどるかという構造を解析したものです。ちょうど、Dr. Leggettが日本人の書く論文について論文構成を解析したのと似ています(Ref. 2)。Dr. Suppeの論文は、論文執筆の際にどのような構成を採るべきかという構想を与えるものと言えます。

この論文では、地殻変動の幾何学的な解析を行い後の地学に大変な影響を与えたとされる論文(Morgan, 1967)を対象に、論理構成を解析し、どのように地殻変動の理論を打ち立てているか議論しています。Dr. Suppeはその論理の構成の型には次の3つがあるとしています。

1.Hypothetico-Deductive:仮説を打ち出して、それを試験する研究・観察し、仮説が正しいことを示す論法。

2.Bayesian Inductive:ベイズの定義に基づいた推論。いくつかの仮説のそれぞれを、過去の結果がどれだけ支持しているか(Prior Probability)を基盤とし、新たな観測結果がそれらの仮説を新たにどれほど支持しているか(Posterior Probability)を論述し、尤も(もっとも)らしい仮説を支持する論法。

3.Inference-to-the-Best-Explanation:観測結果を基盤とし、いくつかの仮説の内、その観測結果を尤も説明し得る仮説を支持する論法。

皆さんの普段目にするJournalの論文は、このどれの構成を採っているものが多いでしょうか?Dr. Suppeによると、地殻変動に関する論文の論説は、上記3つの論法をある程度採りつつも、後述する問題点のために、どれも満たしていないとし、説を打ちたてたとは言 い難いとしています。さらに、自然科学・社会科学どちらにおいても、こうした不十分な論理構成を採る科学論文が、ほとんどであると述べています。

このコラムでは、地殻変動の論文の構成については触れないこととします。というのは、後に続く論文(Commentaries, p406-p424)によると、地殻変動の論文を軸に議論する事は3つの論法を語るに適格かどうかが議論され、必ずしも3つの論法の是非が主論文で述べられているものではないとされているからです。このコラムでは、次の3点を既定とさせていただきます。

i) 3つの論法が科学的な立証手段としてそれぞれ成り立つ。
ii) 1つの科学論文では、1つの論法を採るものとする。
iii) 科学論文を書く際には、3つのうちの1つを採択する。

では地殻変動の論文において、3つの論法で議論した際、どういった問題点が生じるのでしょうか。3つの論法に分けて検討した結果を抽出して次に紹介いたします。

1.Hypothetico-Deductive:
i-a. 実際に行われた研究・観測結果が仮説を試すに相当しない。
i-b. 実際に行われた研究・観測結果のうち、仮説を説明しているもののみに重点を置いて解釈している。
i-c. いくつかの仮説が研究を通じて検討されうるべきであるのに、けっきょく無視・修正されている。

2.Bayesian Inductive:
ii-a. 確率論的な結論を導くものであり、それに基づいて議論がされていない。
ii-b. もともとある仮説を支持していない観測結果を考慮しない(=i-b)、支持している観測結果を得てしても、その仮説が新たにどれだけ確からしく解釈できるか(posterior probability)を議論していない。
ii-c. 仮説が観測結果を、観測結果が仮説を予測し得るものか、関係と議論が明白ではない。(≒1a)

3.Inference-to-the-Best-Explanation:
iii-a. 研究・観測結果が、1つの仮説を支持するように、選択的に紹介されている。(=i-b, ii-b)
iii-b. 1つの仮説に重きを置いている。(Commentaryにて、それでも良いのではないかと議論されているp408)
iii-c. 全ての仮説を考慮しても、得られた研究・観測結果による説明がどれをとっても不十分。

Dr. Suppeの論文に対するCommentariesは非常に否定的です。そのことからも解るように、どの論法が良いのかは結論付けることができるものではありません。しかし、明言されていませんが、それぞれの論法の起こりうる問題点について類似点もあります。それは研究結果の一部を無視するという事と、研究結果と仮説との適合性についてです。これらの問題点に基づいて、論文の構成について考えると次の提言が可能です。

1)仮説は1つなのか、複数あるのか明確にする。
2)(複数の)仮説を検証するための論文なのか、観測が基盤にあり仮説を議論する論文なのか明確にする。
3)研究・観察結果が仮説を支持するためにあるのか、複数の仮説を比較検討するためにあるのか明確にする。
4)仮説が支持されないとき、行われた研究が仮説を支持していないのか、その仮説を試験するに相当する研究が行われなかったのか明確にする。
5)この4点と3つの論法(あるいはそれ以外)のうちのどれかに従って首尾一貫する論文を書く。

こうした論文構成の解析例に触れることで、論文の読み書きを助けることにはなり得ないでしょうか。私の学ぶ疫学の論文には、社会学的(e.g. 社会疫学)なものもあれば、生命科学的(e.g. 遺伝疫学)なものもあり、論調の違いが論文構成にあると考えられます。

社会科学と自然科学の論文の違いについてはよく言われますが、これについてもこのDr. Suppeの主張をする論法の違いがあるかと考えています。私の考える限り、

1)社会科学はベイズ理論的に論文が進んでいます。ある社会現象を説明するためのいくつかの仮説があり、また大きな観測結果があり、その結果の断片に関係したPriori Probabilityを過去の論文に基づいて紹介、そして観測結果に基づいたPosteriori Probabilityを提唱するという流れです。
いくつかの仮説が議論されるのが常で、どうしても論文が長くなるのではないでしょうか。

2)自然科学では、Hypothetico-Deductiveの流れに沿っています。生命現象・物理現象の過去の研究に基づいてある仮説を打ちたて、その1つの仮説を証明するために研究が行われ紹介されるからです。他の仮説との関連や新たな仮説の議論は、研究そのものとその結果の解釈の後となります。こうしたシンプルな流れを組むので、論文は短くなります。

いかがでしょうか。1つの分野に従事すると、それほど論理構成にバリエーションが無いかと思います。論文の執筆・読解の際の参考にしていただけたらと思います。まずは、よく目にされるJournalの論文がどういった論理構成を採っているのか、考えていただけたら幸いです。

次に統計学者の観点から科学論文のTipを紹介したいと思います。

References:
Ref. 1. 武田秀一郎, 【海外サイエンス・実況中継】日本人の多くが想像するイメージとは大きく異なる学問〜 哲学, 2007 Sep.
Ref. 2. A. J. Leggett:Notes on the Writing of Scientific English for Japanese Physicists,日本物理学会誌, 1966;21(11):790−805 日本物理学会ホームページよりダウンロード可能

前のページへ 次のページへ

ページトップへ戻る

Copyright(C) BioMedサーカス.com, All Rights Reserved.