研究者の声:オピニオン



2012年9月7日更新

大学生・大学院生の若者は博士号を取得して海外でポスドクをするべきである

ここ数年の医学生物学業界では、博士号の学位を取得してポスドクをすることは、まるで底なし沼に嵌ったかのような表現をされている。特にネットの世界では、博士課程に進むべきではない、ポスドクなんてするもんじゃない、との文言が至る所で見受けられる。そして、修士課程を終えて大企業に入社することこそが黄金ルートであるかのように言われている。また、ポスドクをしていた人が企業に入れたら九死に一生を得たかのような書き方もされている。

たしかに今のポスドク、特に医学生物学系の博士、を取り巻く環境は悲惨である。そういった人々の生の声をネットなどで聞いたのであれば、それを避けたくなるのは不思議ではない。しかも、企業の研究者が享受している待遇の良さや安定さも同時に聞けば、使えない教授連中のアカハラ紛いの仕打ちを受けて博士号を取得し、身寄りのない海外で将来のあてがないまま安月給でポスドクをしようなどと思うだろうか。

しかしながら、こういった状況だからこそ敢えて私は言いたい。大学生および大学院生の諸君、博士号を取得して海外でポスドク経験を積みなさい、と。

何故そう思うかをこれから述べる。

先に少し触れたように、今の医学生物学系の研究者の卵、つまりは学生、にとって期待値の高いキャリアパスは明白である。ネームバリューのある大学に入って、力のある研究者が率いる研究室に入り、修士課程を終えて大企業に入ることである。もちろん博士号を取得してもよいが、博士課程修了と同時に大企業に入る必要がある。

事実、今の企業(製薬メーカーなど)は、このようにして入社してきた社員が順当に出世して偉くなっていっている。40歳前後で管理職となり、研究グループを率いたりしているのだ。中には海外留学/海外派遣として優雅な駐在員生活を送っている人たちもいる。一方で、40歳前後の人でアカデミアの道を選んだ人の大半は、まあ言うまでもなかろう。

それなのに、なぜ大変な道である博士号から海外ポスドクを目指すことを提言するのか。それは今の黄金ルートのゴールであるとされる大企業が10〜15年のうちに壊滅的な状態に陥るからだ。

歴史を振り返ってみれば、何百年も元気なままの大企業などほぼないことがわかる。何百年と言わず、何十年というスパンで見ても同じである。終身雇用制は崩壊の一途をたどっている。日本を牽引してきた製造業の大手が今どうなっているかを見てみるべきだ。また、安定していると言われていた銀行や証券会社にも同様な例は多々見られる。果たして、医学生物学分野の大企業がこのまま今の水準を保っていられるのだろうか。

潰れていった大企業の内情を簡潔に説明しよう。潰れていった企業は、経営陣が正しい判断を出来なかったから潰れたのである。なぜ経営陣が正しい判断を出来なかったか。それには2つの原因がある。すなわち、経営陣が無能だったということと、経営陣に正確な情報が入らなくなった、ことである。

経営陣に正確な情報が入らなくなったのは、その下の管理職が無能であったためだ。無能な管理職は現場をきちんと把握できない。また、無能な管理職は無能であるが故に上に気に入られなければ管理職になれなかったわけで、管理職になっても上、つまりは経営陣、に気に入られることしかしない。それは経営陣にとって耳の痛くなるような情報は伝えないということだ。

学生の皆さんにとっては理解できないかもしれないが、大企業の出世レースは研究職であってもレースの勝敗は研究能力とは関係ないところで決まる。いかに上司に気に入られるかが問題なのだ。そして上司に気に入られて出世した人は、自分の気に入る部下を昇進させる。そこに研究能力が入り込む余地はない。

現在大手と呼ばれている企業では、一個人の研究能力は会社の業績には直結しない。業績に直結しないということは、社内での評価基準に使えないということだ。であれば、研究者たちの社内での評価基準は業績とは関係のないところになる。実力主義という言葉が一時期もてはやされたが、それは研究の実力ではないのだ。

言うまでもなく、研究開発は医薬生物学分野の企業にとって肝である。そういった部門において、研究とは関係のない判断基準で人が出世していくとどうなるだろうか。敢えて説明するまでもないだろう。そして、そのような企業風土が出来上がった会社に、研究者のキャリアパスの黄金ルートだからといって将来の安定性しか見えていない社員がたくさん入ってくればどうなるか。これもまた説明するまでもないだろう。

無策のまま負ける戦いを挑むのは愚かである。しかし、だからといって勝負そのものから逃げていても結局は負けることになる。博士号を取得し海外でポスドクをするというのは辛いキャリアパスであることは事実である。しかしながら、そういった厳しい環境で生き抜くということは、仮にアカデミアでラボを持つということにつながらなくても、その後の人生を生き抜いていく経験・人脈・知識を得ることにつながる。

単に良い大学を出て長く会社にいたからという理由で偉くなっていく人が管理職としてのさばる会社に、あなたの残りの人生を預けても本当にいいのですか?今の若者は、ネットでの雑音に惑わされずに自分の目で前を見て力強く生きていってほしい。

執筆者:企業人・イガタマナブ

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