研究者の声:オピニオン



2012年10月23日更新

責任逃れのために簡易論文という造語を用意した読売新聞科学部

天下の読売新聞が日本の研究者たちを愚弄しはじめている。

事の始まりは、ハーバード大学客員講師を名乗る森口氏の妄言を真に受けた読売新聞朝刊一面トップでのスクープ記事であった。内容は、今年のノーベル生理学賞を受賞して注目が集まっていたiPS細胞を、日本人研究者が世界に先駆けて初めて臨床応用したというものであった。

しかし、この記事の内容は、医学研究に精通していない者にもすぐにわかる嘘が満載だったため、このスクープ記事は翌日には誰もが誤報だと認識するようになった。さらに、内容がインパクトのあるものだっただけに、そのニュースは世界中を駆け巡り、世界的権威のあるNature誌のサイトのトップページにまで、この騒ぎが掲載されることになってしまった。余談だが、日本に強烈な対抗意識を持っている韓国でも当然のように森口氏の愚行は紹介され、私と同じラボにいる韓国人からはニヤニヤした笑いとともに「大変だね」と哀れまれてしまった。

さて、この大誤報に関して、読売新聞をはじめとして森口氏に「騙された」マスコミたちは、その後に森口氏を絶対悪として報道することで自分たちの無能ぶりを隠す戦略に出た(森口氏が悪いのは事実ではあるが)。それが功を奏したかはわからないが、今では毎日のように森口氏の問題点がテレビで取り上げられ、なぜ今回の誤報が起きてしまったかを客観的かつ論理的に議論する流れは消し飛んでしまったかのように見える。しかも、森口氏および彼の「嘘」がクローズアップされるにつれ、iPS細胞の真の意義を科学的に議論されることも少なくなっていった。

ここまでは私も、多少は悔しくまた寂しい思いをしたものの、オバカなエリートたちが妄想癖のある人間に「盛大に釣られた」ということで多少は微笑ましく感じていた。しかし、こういった私の感情は10月14日に掲載された読売新聞の記事でガラリと変わった。

この記事は、ネット上では多少は物議を醸したが、まだ読んでいない人もいるかと思うので、文章を以下に引用する。

森口氏の「研究成果」多くが簡易論文

 読売新聞など各紙が、米肝臓病学会誌「ヘパトロジー」や英医学誌「ランセット」などに掲載されるとして取り上げた森口氏の「研究成果」は、その多くが正規の論文ではなく、情報交換を目的とする簡易論文だった。

 米国立生物工学情報センター(メリーランド州)の文献データベースによると、森口氏単独か、森口氏を筆頭著者とする英文の論文20本のうち、16本は簡易論文だ。

 森口氏の研究成果の発表の中には、今回の「iPS細胞から心筋作製」のように、国際学会で発表されるものも含まれている。しかし、読売新聞09年9月2日朝刊の記事「肝臓のがん細胞9割正常に戻る」で報じた米ボストンでの学会や、毎日新聞09年7月9日朝刊で取り上げた「肝がん細胞からiPS細胞」が発表されたスペインの学会は、今回のニューヨークの学会と同様に、簡素なポスター発表が行われただけだった。

 学会の発表には、自分の研究を紹介するポスターを用意された掲示板に貼る「ポスター発表」と、演壇から聴衆に向かって研究成果をスライドを使いながら説明する「口頭発表」がある。一般にポスター発表は、口頭発表のレベルに達する前の段階で行われることが多いが、いずれも発表したと認められる。研究者はふつう、優れた研究成果だとの評価を得るため、有力な科学誌の正規論文としての掲載や、国際的な学会での口頭発表を目指す。森口氏の発表方法は、専門家の厳しい目にさらされることなく発表の実績だけを残すものだったといえる。

(2012年10月14日09時05分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20121014-OYT1T00003.htm

恥の上塗りという表現がピッタリの非常に愚かな記事である。しかも、研究者に対して驚くべき失礼な内容を含んでいる。読売新聞科学部はいったい何を考えているのだろうか。保身と言い訳、それに責任逃れしか頭にないと言わざるをえない。

コメントするに値しないお粗末な記事である。しかし、ここまで研究者および研究業界を愚弄されてしまっては、このままスルーすることは日本の科学技術にとって良くない。すでにtwitterなどでは、この記事に対する批判が多くなされているが、敢えてこの場を借りて、この記事の何が問題であり、この記事を書いた記者がどれだけ無知であり無能であるかを晒していこうと思う。

まずは、『森口氏の「研究成果」は、その多くが正規の論文ではなく、情報交換を目的とする簡易論文だった。』の文章から見ていく。はっきり言って、この文章はナンセンスである。「簡易論文」という読売新聞の造語は、読売新聞によれば「正規の論文ではない」と「情報交換を目的とする」として定義されている。しかし、この定義は非常に問題がある。

「正規の論文」ではない論文とは一体なんなのであろうか?「論文」とは、辞書によれば「1. 論議する文。筋道を立てて述べた文。 2.学術的な研究の結果などを述べた文章。」とある。そこに正規もへったくれもない。この業界に無知であろう今回の記者をフォローしてあげるとするならば、学術雑誌には「査読(peer-review)」というシステムを設けているところが大部分であり、査読なしの論文はその信頼性に疑問を持たれることがある。そのため、「正規の論文ではない」と言う表現の代わりに「査読を受けていない論文」というのであれば、かろうじて研究者にも受け入れられる表現であったかもしれない。

もっと言えば、具体的かつ明確な説明をしないまま「簡易論文」という表現を使うことで、「簡易論文」=「短報(short/brief communications or letters)」・「速報(rapid communications)」という勘違いを読者に抱かせる恐れがある。特に研究業界に身を置く人間ならば、このように考えるのが普通ではないだろうか。「簡易論文」は「正規論文」と相対するものとして使われている。すなわち「簡易論文」は「正規」ではないということだ。これは「短報・速報」を「正規」ではない論文と誤解させる恐れがある。当然だが、短報論文であれ速報論文であれ、査読を通ればそれは信憑性が(ある程度は)確保された論文である。事実、短報の論文がノーベル賞につながったこともあるのだ。

それにしても、読売新聞社に限らずマスコミは「差別語」に非常に神経質なはずである。にもかかわらず「簡易論文」という侮蔑の意味合いを多分に含む造語を使うにあたり、全くと言っていいほど研究者に配慮しなかったのは驚きである。研究者は差別しても構わないと思っているのだろうか?それとも森口某を貶めることに集中しすぎて研究業界に身を置く人間に対する配慮を忘れてしまったのだろうか?どちらにせよ、今回の「簡易論文」という表現は使うべきではなかったと私は感じている。

さて、件の記事には、まだまだ突っ込みどころがある。第三段落の『森口氏の研究成果の発表の中には、今回の「iPS細胞から心筋作製」のように、国際学会で発表されるものも含まれている。しかし、読売新聞09年9月2日朝刊の記事「肝臓のがん細胞9割正常に戻る」で報じた米ボストンでの学会や、毎日新聞09年7月9日朝刊で取り上げた「肝がん細胞からiPS細胞」が発表されたスペインの学会は、今回のニューヨークの学会と同様に、簡素なポスター発表が行われただけだった。』について見てみよう。

さりげなく毎日新聞の記事を取り上げて、騙されたのは自分たちだけではありませんよ、と主張している。なんという姑息でみじめな態度だろう。それとも、森口某という輩は騙しの天才で色々な新聞記者がその被害にあっているのです、とでも言いたかったのだろうか?

しかし、この段落の真の問題点は別のところにある。それは『簡素なポスター発表が行われただけだった』の箇所に見られる。米ボストンの学会、スペインの学会、ニューヨークの学会、と学会の正式名称をごまかしてあるのが彼らの取材不足によるものかどうかはわからないが、少なくとも学会でのポスター発表を「簡素」と表現するのは非常に好ましくない。

何をもって「簡素」とするのか、そこのところははっきりと書かれていないが、少なくとも「ポスター発表=大したことのない研究発表」という刷り込みを読売新聞社が狙っていることは想像できる。そして、その試みは次の第四段落(最終段落)でダメ押しとなっている。

その最終段落を再度紹介する。『学会の発表には、自分の研究を紹介するポスターを用意された掲示板に貼る「ポスター発表」と、演壇から聴衆に向かって研究成果をスライドを使いながら説明する「口頭発表」がある。一般にポスター発表は、口頭発表のレベルに達する前の段階で行われることが多いが、いずれも発表したと認められる。研究者はふつう、優れた研究成果だとの評価を得るため、有力な科学誌の正規論文としての掲載や、国際的な学会での口頭発表を目指す。森口氏の発表方法は、専門家の厳しい目にさらされることなく発表の実績だけを残すものだったといえる。』

お話にならない。読売新聞社は素人並みの知識しかないような記者に科学技術に関する記事を書かせているのだろうか?また、それにゴーサインを出した上司は部下の文章の何を見ているのだろうか?先の誤報の責任は読売新聞社にはありませんよ、と主張することで頭がイッパイだったのだろうか?具体的にどこが問題だったかを見ていこう。

問題点その1: 『一般にポスター発表は、口頭発表のレベルに達する前の段階で行われることが多い』という箇所
そんなことは一切ない。この記者は学会の一般演題には「ポスター発表」と「口頭発表」の2種類あるのを知らず、ひょっとして「口頭発表」を「シンポジウム」もしくは「基調講演」だと勘違いしているのではなかろうか。仮にそうだとしても、堂々と「ポスター発表 < 口頭発表」と記載しているのは、学会のポスター形式で研究成果を発表している研究者たちを愚弄する行為である。さらに言えば、「口頭発表のレベル」という表現にも理解に苦しむ。結局のところ、「ポスター発表」は大したことのない研究内容を発表しているだけ、という刷り込みを行わせて、森口某のダメさ加減を強調したかったのであろうと思われる。

問題点その2:『研究者はふつう、優れた研究成果だとの評価を得るため、有力な科学誌の正規論文としての掲載や、国際的な学会での口頭発表を目指す。』という箇所
『優れた研究成果だとの評価を得るため』との表現は、実に俗物的な考え方で研究者を馬鹿にしているのではないかと思ったが、まあこの点はスルーしよう。問題なのは、その目的の手段として『有力な科学誌の正規論文としての掲載』と『国際的な学会での口頭発表』を同列に扱っている点である。分野によって異なるが、少なくとも医学生物学の分野では、『有力な科学誌の正規論文としての掲載』と『国際的な学会での口頭発表』はイコールではない。仮に口頭発表をシンポジウムもしくは基調講演だと考えても、『有力な科学誌の正規論文としての掲載』とは比較にならない。こんな記事を書いてしまったら、この記者はこの業界のことをわかっていない、と言われても仕方がないだろう。

問題点その3:『森口氏の発表方法は、専門家の厳しい目にさらされることなく発表の実績だけを残すものだったといえる。』の箇所
これが本記事の最後の文である。この文章を素直に受け取れば、「森口某は内容のない研究で発表の実績を残しただけの人間であった」ということになり、今回の誤報の経緯を顧みれば、「そういった人間に騙された読売新聞はバカである」との結論になる。はたしてこれが本記事が読者に発したかったメッセージなのだろうか?意味不明である。

いずれにしろ、今回の記事は「簡易論文」という無知ぶりを露呈した造語を出しただけに留まらず、研究業界の内情を悪い方に誤解させる恐れがあるものであった。また、ポスター発表はレベルの低い研究を発表する場であるというメッセージを加えることで、研究者を侮辱している非常に出来の悪いものであった。このような専門家のチェックを受けていないような記事は、読売新聞の言葉を借りれば「簡易記事」とでも言えるであろう。これまでの読売新聞の科学記事は質が低くなかっただけに、今回の誤報を出してからの流れは非常に残念である。読売新聞科学部は一体どこに向かっているのだろうか?

執筆者:読売新聞を毎日愛読している研究者

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