研究者の声:オピニオン



2012年10月25日更新

海の見える街から


日本から遠くはなれたこの街では、海鳥が朝から元気に飛び回っています。
現在、朝5時。
都会で大きなビルが建ち並んでいるのに海が見えて、自然がたくさんあるこの街に来たことは
私にとって必ず大きなものになるだろうと、滞在期間をあと3週間を残して思っています。


この街では、研究室とは違ってゆっくりとした時間が流れています。


どうして、この場所で自分の想いを書こうと思ったのかと考えると、
実際のところよくわかりません。
無題」の方が書かれていたように、自分の生きている証を残したかったのかもしれません。


私は今、某大学院の修士2年生です。
あと、半年もすると民間企業で働くことになります。
あんなにも、博士課程に進んで研究をしたいと思っていた、私が。


工学部から「どうしても医学系の研究をしたい。人の命を助けられるような研究がしたい。」と大学院を受験しました。
何か一つ論文になるようなことを出来た訳でもないし、特別今いる研究室に大きく貢献出来た訳でもありません。
それでも「大学での基礎研究」という環境に身を置いて1年半、学部の頃も合わせると2年半。
私が確かに感じたのは「違和感」でした。


入学してほどなく、私の小さな自信はあっけなく崩れ去りました。


卒業研究では他の同期よりもたくさんの仕事をしてきたし、人一倍実験もしたし、
成績も地方の国立大学では優秀と呼ばれていました。
自分の研究紹介をして、終わった後にポスドクの方に一言、


「でも、全部先輩が実験系を確立してくれてたから出来た仕事でしょ。
 だったらそんなに難しいことじゃないよね?」


「君じゃなくてもできたでしょ。」というニュアンスの言葉は
大学院で新しいことを始めようとする私のかすかな自信をすっかりと消し去ってしまうものでした。
自分がやってきたことが、全く否定されたのですから。


それからも新しい実験手法など色々なことを教えてもらいながらその中で
「この人たちと自分では根本的に学んできたことの質が違う」というのを
はっきりと思い知らされました。
「そんなことも習わなかったの?」と言われたことも何度もありました。
(実際はそこまで直接的な言い方はされてませんが。遠回しにチクチクと。
 博士課程に上がるまでピペットマンの使い方も知らなかったお前に言われたくないし、
 と何度も思いましたが。)
何かをするにしても周りの人や同じ研究室の先輩と違ってすぐには理解できなくて、
調べ物をしながら実験する毎日でした。


新しい分野の実験をしてるんだから分からないことがあって当然だと思いながらも、
自信はどんどんなくなっていくばかりでした。
私は研究には向いてないんじゃないか、やっぱり周りには医学部卒の人とかばっかりだし、
元々頭のいい人しか研究は出来ないんじゃないか、と。


周りの人との差を大きく感じたことが博士課程に進むのをためらい始めたきっかけですが、
一番のきっかけはそれではありません。
知識量の差なら努力さえすれば何とかなる、まだまだ研究をやりかけたところだからだ、
と自分でも思えました。


一番大きな理由は
「目の前にある現象を単に面白いと思えるかどうか」でした。


先輩たちと研究の話をしていて「なんでそれが面白いと思えるのか、それをモチベーションにしてどうして研究できるのか」ということが何度もありました。
個人の差と言えばそれだけなのかもしれませんが、
「目の前にある些細な現象を面白いと思って 突き詰めていけるかどうか」
はアカデミアの世界で研究をして行く上では大切だと私は思います。


それが、私にはなかったのです。
例えば、「このpathwayが解明されたらこんな病気が治るから」と言われれば、面白いと思って研究して行くことも出来ると思います。
しかし、目の前にある現象が面白いと思えても「だから、なに?」と思ってしまうのです。
周りの先輩たちを見ていても、この基礎研究が将来医療に活かされてこんな病気の人が治るといいな、とか「具体的に」こうなるといいなというビジョンを持って研究している人よりも
圧倒的に「目の前にある現象に興味があるから」という理由で研究をしている人が
多いように私は感じました。

(あとは、自分のやりたい研究「だけ」を企業では出来ないから、という人も
 多かったように思います。
 やりたいことが出来るからという理由だけで、自分が指導者・教育者になることを考えていない人が
 多すぎるのはどうかと思うのですが・・・
 そんなものなんでしょうか?)


私がしたかったのは自分の興味だけで研究をするのではなく、
「人の命を救うための研究」がしたかったのです。


それが大きな「違和感」となり、「私は博士課程にいくべきじゃない」という
結論に至った決定打でした。


サイエンスが進んでいくために、その小さな現象を面白いと思って研究する人がいなければいけないことはよく分かっています。
基礎研究が進むからこそ、医療技術が進歩し様々な病気の人が助かることになることも十分に分かっています。
言われなくても、基礎研究があってこそ新しい薬が出来て、新しい治療法が出来て、そんなことわかっています。


それでも、ビジョンが見えないまま研究をすることは私にとって苦痛でしかありません。
私にはサイエンスが進んでいくために研究をする1人にはなれそうにありません。


ここまで読んだ方は「そんな甘いこと言うな」とか「考え方が子供っぽい」と言うかもしれません。
子供っぽくてかまわないんです。


ボスに相談したときも子供っぽいだとか、考え方が安易だとか
それはもう色々と罵られましたが。


正直、自分のビジョンが学生に浸透していないことを指摘されて、
学生に向かって罵倒するようなボスに
「子供っぽい」だなんて言われたくありません。
子供っぽいのは、あなたです。


もし、この文章を読まれている人の中に指導者である立場の方がいたら、気をつけてください。
あなたが発した些細な一言で、結構学生は傷ついてます。
時には私のようにボスに失望して、すっかり期待しなくなる学生もいると思います。
自分が「学生だったとき」「分からないことだらけだったとき」の感覚を忘れないでほしいです。


あと半年で大学院を卒業し、社会人になります。


大学院に進学したことは私にとってよかったことかどうか、はっきり言って分かりません。
あんなに好きだった実験も今では嫌で嫌でしょうがないときばかりです。
どうしてこんなことをしなくちゃいけないんだと、
「データまだなの?」とデスクまで私の椅子を揺らしにくるボスに怯えながら
毎日を過ごしているのですから。


安心できるのは低温室位ですよね。
低温室って入ってくる人分かるし、あとよっぽどじゃないとボスが入ってこないので。


社会人になってしまうことも、内定を頂いた会社で働くことも納得はしたものの、
満足はしていません。
日本を離れて自分と向き合いながら考えた結果、一度は諦めた夢にもう一回だけ
再チャレンジすることにしました。
正直、簡単に実現できる夢ではありません。
でも、働きながら、自分の足でしっかりと立って大変でも夢に向かって努力することは
悪いものじゃないと思います。


とりあえず、当分は海の見えるこの街で
ゆったり流れる時間の中で、自分のスキルを磨き
一回り大きくなって日本に帰りたいと思います。


所詮はアカデミックに残れなかったM2の独り言です。
それでも、一瞬でもこんなM2がいるんだってことが、
みなさんに分かってもらえたら、それで十分です。


執筆者:研究者を目指していたとあるM2

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