研究者の声:オピニオン



2013年3月25日更新

ホンネとタテマエ

本音と建前というのは新聞の家庭欄の親戚付き合いネタあたりで良く出てくるキーワードですが、まさかそのようなものはあるまいと思われるサイエンスの社会でも、しばしば出てくる言葉のような気がします。10年度にはガンの有効な治療が見つかる。10年後には花粉症は治り、アトピーにも有効な治療法が見つかる。10年後に画期的なグリーンエネルギーが実用化に乗る。そんな事そう簡単にできる分けないでしょうというのがホンネ。でもそういわないと研究費が取れないでしょう、文科省がお金を出してくれないでしょう、財務省がウンとは言わないでしょう、というのがタテマエ、という具合です。

ケネディ大統領が「1960年代中に月への有人飛行を実現する」と冷戦宇宙開発競争まっただ中の1961年に言った発言は、ホンネだったのでしょうか。タテマエだったのでしょうか。時代も少しずれているため状況を知る由もないのですが、結果としては、その発言は実現し、技術的な波及効果もおそらく大きく、なによりも、ああ、やはり科学というのはすごいな、という感動を多くの人に、特に若い世代や子供達に植え付けたのは間違いないところでしょう。岡本太郎と月の石。ホンネだろうがタテマエだろうが、そういう話を全てを吹き飛ばしてしまう夢いっぱいの「痛快」な出来事。今で言うなら山中効果でしょうか。

全てのプロジェクトがアポロ計画のように、iPSの様にいけばよいのですが、そうなる訳はないというのは、なんとなく研究の現場にいる皆が思っている事だと思います。研究など、そもそも何処に向かっているのか分からない。人知の範疇を越えた偶然の発見こそが知の壁を打ち破る原動力なのだと。しかしながら、税金で研究している以上、説明責任があります。というわけで、そんな事は出来ると思っていないのに、研究費の申請書には「XXXXという成果が見込まれる」という一文を最後に書いてしまう。というかそういう書式になっているじゃないですか、と言い訳しながら、ホンネを隠し、タテマエを出してしまう。というのが実情だったりするのではないでしょうか。

一方で、本音と建前などなしに研究している方もおられると思います。特に患者さんを目の前にしたお医者さんの研究者にはそういう方が多いのではないかと思います。ホンネとタテマエを使い分けるのはどちらかというと基礎研究者でしょうか。そういう態度は真剣に患者さんと対峙している医療研究者の方々に対して、失礼な、なんかズルいような気がします。その一方で、基礎研究者は、一人の患者も救ってはいないけれども、サイエンスの土台を作り育ててきたという側面もあると思います。研究者がいわゆる「自由な発想」(個人的には「苦悩の発想」だとおもいますが)を積み重ねてきた結果、現在の生命科学の繁栄があるのだと。

いずれにせよ、「ホンネ」と「タテマエ」は、乖離すればするほど、実践的には非効率になるのではないかと、そう思うのです。「XXXを目指す」と言うのであれば、やっぱりそれをやらないとおかしいと思います。その一方で、何かを目指しているわけではない研究こそがサイエンスを発展させてきたといっても過言ではないと思いますから、そのような研究も、同様にサポートされるべきだと思います。国民に対して説明をしなければならない。その「国民」って誰?向こう三軒両隣のおばちゃんが「国民」なら、むしろ後者の方を応援してくれていたりして。

長くなってしまいましたが、ここからが論点です。ともすると、基礎的な研究よりも、実用的な目標を前面に出したプロジェクトの方に、昨今では研究費が多く投入される傾向にはないでしょうか。たしかに、実用的な目的がはっきりしていないものよりもはっきりしているものに研究費を集中させたほうが、社会への還元という観点からすれば効率的であるようにも思われます。文科省への、財務省への説明もつきやすいのかもしれません。しかしながら、現場レベルで見ていると、そんなにうまくいくものではない、どうしても建前と本音がどんどん分かれていってしまっている感覚があります。実用的な目標を定めた研究への研究費をもう少し減らして、基礎的な研究費(科研費とか)を拡充させた方が、学問としては活性化し、そのほうが結果として社会への還元力も多くなるのではないでしょうか。この組織のミッションはこれこれ、この組織のミッションはこれこれ、といって、大学と研究所の役割を分けてしまうのも疑問が残ります。大学でも、理研でも、産総研でも、付属研究所でも、それぞれの場所で、基礎研究でも、応用研究でも、やれば良いと思います。そのかわり、個人レベルでは本音と建前が乖離するような事はやらない。本音と建前をなるべく近づけたい。そのためにもプロジェクト型研究よりも科研費の拡充を、というのが願いです。


執筆者:理化学研究所 中川真一
(この意見は筆者が所属する組織の意見を反映しているものではありません)

*本記事は日本分子生物学会の『日本の科学を考える』より許可を得て転載させていただきました。転載元のページにはコメント欄もあり、本記事の内容に関して様々な議論が行われています。

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