研究者の声:オピニオン
Tweet2013年4月21日更新
安定した基盤的研究費の導入を!
国の研究予算が増加しているのにもかかわらず、一般研究者にはそのメリットを受けている実感はほとんどありません。むしろ、日本の研究者をとりまく環境は、キャリアパス問題や 論文の国際シェアの低下など、マイナスの方向に向かっていることを示唆する情報に満ちているように思われます。
これには、様々な原因があると考えられます。ムダな事務作業、機関内外の教育・研究以外の雑用(各種委員会など)、多すぎる学会・研究会・シンポジウム、不安定なポジションのため研究に集中しにくい、などなど。これらの原因の中で最も大きな要因のうちの一つが、研究に先立つもの-研究費-の不安定さ、ではないでしょうか。
現在の科研費を始めとする研究費のシステムでは、期間が3~5年(1~2年のものも多いです)と短いものがほとんどです。採択か不採択かがall or noneで決まるのでこの期間の最終年度が近づくと気が気でありません。
また、「若手B(基盤C)にはほぼ確実に採択される実力があるのだけれども、若手A(基盤B)だと確率はかなり低くなる。どちらに申請するべきか?」
というような選択も迫られ、ギャンブル的な要素もあります。
さらに、額はそれぞれ少額で、採択率は10~20%と低いものが多いので、たくさんの種目に申請する必要があります。また、科研費の場合、各領域の申請数から採択数が決定されるので、領域内でたくさん申請することを奨励されることもあり、なおさらです。
結果として、ある程度の額をどうしても確保する必要のある分野の研究者は、常に研究費の申請をし続けなければならず、ある時は研究の継続性が途切れてしまうほど困窮し、ある時は(例えばネイチャーに論文が掲載されたりすると)必要以上に裕福になったりします。研究者の多くはただでさえ少ない貴重な時間を申請のために割かなければならず、目的の異なる細切れの研究費の寄せ集めのため一つの大きなテーマにじっくりと集中しにくいような環境にあります。採択率が10〜20%というのは逆に言えば、80~90%の申請の労力は水の泡に帰する、ということを意味しています。この労力には、研究者の人件費(ほとんどの場合、国民からの貴重な税金)というコストがかかっています。正味、いくらの税金がここに使われているのでしょうか?怖くて計算する気がおきません。さらに、我が国の貴重な知的資産であるトップレベルの頭脳が、このような作業に浪費されてしまうわけですが、これの損失はまさにプライスレスと言えるでしょう。
科学技術の研究では、(分野にもよるとは思いますが)大きな難問にじっくりと長い時間をかけ集中して取り組むことが重要ではないでしょうか。世界にさきがけて独自の大きな価値を持つものを発見したり開発したりするためには、そういうことをサポートする仕組みが必要でしょう。つまり、期間が短く少額のギャンブル的研究費が多種乱立している状態ではなく、期間は長く比較的額の多い安定した基盤的研究費がどっしりとあるというのが望ましいのではないでしょうか。
ということで、過去の実績に基づき、評価によってゆるやかに額が変動する安定した基盤的研究費の導入を提案します。
この制度では、研究者の過去の実績の評価に基づいて額がゆるやかに変動しますが、突然ゼロになったり、突然極端に増えたりはしません。
突然ゼロにはなりませんが、長期的に本当に何も成果が出ていなければ、少しずつ減っていきゼロになることもあります。また、突然極端に増えはしませんが、明らかに伸びそうな有望な芽があれば、他の種の研究費(現在の「さきがけ」のようなもの)が措置されるようなことを想定しています。
この提案は日本の研究費の総額の多寡ということとは全く別の話であり、同じ総額であることを前提に、どちらが効率的に成果を生み出せるか、ということについての議論です。自分としては、同じ総額であれば、間違いなくこのような制度のほうが効率的に成果を生み出せるように思います。
この案については、以前、当時の鈴木寛文部科学副大臣のもとで行われた「若手研究者意見交換会」というので提案させていただき、文部科学省にて検討していただいたことがあります。文部科学省からのコメントは、「そのような仕組みは、競争的資金とは言えないので。」とのことでした。評価によって額が変動しますので競争的資金と呼ぶことができるはずですが、この案はそこで止まってしまったという状況です。
しかし、2010年に行われた研究者に対するネット上でのアンケートでは、(適切な評価方法があれば、という前提で)そのような安定的研究費があったほうが良い、という意見が90%をこえました。
また、新学術領域「包括脳ネットワーク」のアンケートでも、競争的研究費についての「制度に対する要望」での10個の選択肢のうち、No.1の得票数を得たものは「安定した長期的・基盤的研究費を増やして欲しい」というものでした。
研究者からのニーズは強く、こういった類の研究費を導入していただくことには大きな意義があると考えられます。
かなり具体的な案をダウンロードできるようにしておきました(パワーポイントのファイル)。これはあくまでもラフなたたき台であって、細かい方法がこのファイル中にあるようなものである必要は全くありません。また、評価の方法については、透明性・公平性が保たれ、研究成果のアウトプット(応用的なものだけでなく基礎的成果のアウトプットも含む)が全体で長期的にみたときに最大化されるような方法が、じっくりと検討される必要がもちろんあります。ここで主張したいことは、細かい方式はともかく、all or noneでギャンブル的に「当たり、ハズレ」があるような現状の研究費にかえて、長期的に安定した基盤的研究費を導入していただきたい、ということです。
いかがでしょうか。皆さまのご意見、よろしくお願いいたします。
執筆者:藤田保健衛生大学・教授・宮川剛
(この意見は筆者が所属する組織の意見を反映しているものではありません)
*本記事は日本分子生物学会の『日本の科学を考える』より許可を得て転載させていただきました。転載元のページにはコメント欄もあり、本記事の内容に関して様々な議論が行われています。また、アンケートも転載元のページにあります。