研究者の声:オピニオン



2013年10月19日更新

監査局や研究公正局の設立の必要性 〜科学者の心と言葉を取り戻す為に〜

この10年あまり、アカデミアの不正経理[i, ii, iii, iv]、データ捏造[v, vi]は言うまでもなく、科学技術予算の配分、審査、評価の不公正性、利害対立や感情論からくる研究妨害、誹謗中傷等による人事妨害、雇用問題は、小手先の対応で一時的に凌ぐものの、悪化の一途をたどり、様々な側面においてモラルハザードが起きてきた。にもかかわらず、未だ、意思決定機関では、過去事例分析のもと事業運営上の具体的な策や詳細を論じることはなく、新たな制度を『新しい枠組み』として次々作り上げて行くことに忙しい。これでは、同じような失敗を繰り返すだけで、公的予算は有効に使われない。結果、改善案のつもりで新たな制度を導入しても、現場に近くなる程どんどんねじ曲がり、事態は更に悪い方向へと動く。これまでのシステム改革事業、トップダウン事業はその典型であり、2013年4月導入された無期雇用制度も制度設計上の甘さはいなめない。どの事業もその志、枠組み自体は大変よい。運用の仕方に大きな問題があるのだ。

多様性が重要と言いつつも審査委員、評価委員はいつも同じ、採択される研究者も委員会委員グループかその関係者(事業目的に合わせた専門性があまり考慮されていない)、報告書は実体のないものでも平気でとおる。調査、修正、訂正を求めても聞き入れられない。偽りの報告書に対し、評価委員会を設け評価し(もちろんここにも公費が費やされているだろう)、そこにSやA評価が下る。何のための事業であったのか、その目的が頻繁にぶれ、事後評価は『やったふりをしている』だけのことも多い。これは紛れもなく日本で起きている現実である。審査、評価がこのような状態では、科学者は、より良い評価を得る為に、研究予算を獲得するため、先ずは権力にすり寄ろうということになる。提案内容・その成果(事業目的によっては、必ずしもNature, Science等のビッグジャーナルに載せることが成果ではないが、成果内容がすり替えられて行く)は、真に審査・評価されておらず、結果として大多数の研究者は、提案内容の善し悪しに関わらず研究費を獲得することが難しくなっている。更に、特にモラルハザードをおこした研究代表のもとで実働した研究者(真の功績者である研究者)の成果は曖昧となり、実働したものが報われないのが今の日本の科学技術分野である。

人事でも、多くの場合、同じような仕組みの審査のもと雇用が決まっていく。そのため無期雇用制度も、詳細を詰めない限り、実働研究者にとってよい方向には働かないか、寧ろ悪用される可能性が高い(本来この制度は、働きの質の管理と一体となってこそ機能するものである)。科学技術分野では、大型プロジェクトの策定やその実施、参加者を決める審査者の選定、審査者による成果の評価など、すべてのレベルにおいて基準やルール等を詳細に決める必要性がある。このことは、行政にもアカデミア意思決定機関にも提案として上がっており、彼等は気づいている。しかし、必須な議論を避けてきているのだ。

日本には上記のような問題が起きた場合、訴える場所がない。公益監査室等色々窓口を設けていることになっているが、個人の利益は必ずと言ってよい程守られていない。何故このようなことが起きるのか、そのすべての問題の根源がどこにあるのかと考えた場合、ソサイアティをリードするものの行動規範が大きく崩れてきたことにあるのではないかと考える。ごく一部の研究者が研究者全体の印象を悪くしている可能性もないではないが、それにしても不正行為や科学者としての誠実性を欠く行為が多過ぎる。『科学者としての言葉』で語るより、予算獲得のために何かにすり寄るか、流れに任せた発言を誰もが同じ言葉を使って説明する(金太郎あめのようだ)。長きに渡り、多くの物事が仲間内で議論・決定されてきたことにより『適当でも許される』『議論したくないことは避けて通る』ことが当たり前のようになったのではないか(それに逆らうことこそ、問題行為、トラブルメーカといった安易な認識しかもたれなくなったのではないだろうか)。

このような日本の問題は、国際化(研究者の国際交流&国際共同研究)が進むにつれ、日本からではなく、海外から問題提起をされることとなった。それが2009年、2010年におよぶシンガポール宣言だ。特に宣言が世界指針として取り上げられたのは、2010年シンガポールで開催された第2回研究公正に関する世界会議(World Conference on Research Integrity)だ。51カ国が参加し、捏造、改ざん、盗用だけでなく研究者としてあるべき態度にまでフォーカスされた。寧ろ研究者としての結果に対する責任や誠実性の重要さを訴えている(文末参考資料の宣言骨子参照)。

多くの国が同意する宣言を順守することは、利害関係があるもの同士間では難しい。また、上記項目において問題が起きた場合、その問題が大きくなる前に速やかに取り上げ、調査や仲裁に入る組織があってこそ宣言の実行は可能となる。その役割を担う機関が監査局(Office of the Inspector General, OIG)や研究公正局(Office of Research Integrity, ORI)あるいはそれに相当する利害関係から独立した第3機関である。これら組織は、シンガポール宣言骨子(参考資料参照)にあるような項目を管轄し、ソサイアティの倫理観を高め、研究者個人の利益を守るためのものである。このような組織は、科学技術先進国である米国、EU諸国、シンガポールに存在する。アジア地域では、世界の研究支援機関(Funding Agency)が協議する枠組みとしてGlobal Research Councilの一部として纏めて設置するか、各国内設置の方向で議論が高まっている。審査&評価をできるだけ客観的・多面的に実施する手法は多種ある。日本国内でよく聞く、研究者の自主的な倫理観に任せるべきだ等の精神論を議論する時期はとうに過ぎている。シンガポール宣言に、51カ国が同意しているということは、これらが科学者の行動規範の国際標準となっていくと考えてもよい。その後も科学者の行動規範に関しては、議論が重ねられ、2012年12月7日には、責任ある研究行動に関する仙台宣言にまで至り[vii]、アジア・太平洋地域から13カ国の参加があった。日本学術振興会がこの取り纏めを行った[viii]。これら宣言は、日本の研究者にも宣言内容を順守してもらいたいという期待を込め発布されている(寧ろ日本をターゲットにこれら宣言は作成されたといっても過言ではない)。責任項目11、12では、科学者としての行動規範を逸脱したものは記録として残され、迅速な措置がとられるわけだが、これは独立した機関であるからこそ、できることである。

シンガポール宣言原則にあるような内容を順守するためには、科学技術分野全体を俯瞰し、健全な運用を促す、監査局(OIG)や研究公正局(ORI)あるいはそれに相当する利害関係から独立した第3機関の存在が必須である。そこには、どの団体からも均等な距離が保て、職業的責任、地位としての責任という言葉の意味、重みが理解できる人材が配置されるべきであり、同時に、組織の役割が骨抜きにならない仕組みが兼ね備えられることが絶対条件である。


Asia Medical Center Singapore, President
尾崎 美和子
(この意見は筆者が所属する組織の意見を反映しているものではありません)


参考資料

- シンガポール宣言骨子 -

序文
研究の価値および利益は研究公正に大きく左右される。研究を組織・実施する方法は国家的相違および学問的相違が存在する、あるいは存在しうるが、同時に、実施される場所にかかわらず研究公正の基盤となる原則および職業的責任が存在する。

原則
研究全ての側面における誠実性
研究実施における説明責任
他者との協動における専門家としての礼儀および公平性
他者の代表としての研究の適切な管理

責任の項目としては以下のような12項目に及ぶ。
1. 公正:研究者は、研究の信頼性に対する責任を負わなければならない。
2. 規則の順守:研究者は、研究に関連する規則および方針を認識かつ順守しなければならない。
3. 研究方法:研究者は、適切な研究方法を採用し、エビデンスの批判的解析に基づき結論を導き、研究結果および解釈を完全かつ客観的に報告しなければならない。
4. 研究記録:研究者は、すべての研究の明確かつ正確な記録を、他者がその研究を検証および再現できる方法で保持しなければならない。
5. 研究結果:研究者は、優先権および所有権を確立する機会を得ると同時に、データおよび結果を公然かつ迅速に共有しなければならない。
6. オーサーシップ:研究者は、すべての出版物への寄稿、資金申請、報告書、研究に関するその他の表現物に対して責任を持たなければならない。著者一覧には、すべての著者および該当するオーサーシップ基準を満たす著者のみを含めなければならない。
7. 出版物における謝辞:研究者は、執筆者、資金提供者、スポンサーおよびその他をはじめとして、研究に多大な貢献を示したが、オーサーシップ基準を満たない者の氏名および役割に対して、出版物上に謝意を表明しなければならない。
8. ピアレビュー:研究者は、他者の研究をレビューする場合、公平、迅速、厳格な評価を実施し、守秘義務を順守しなければならない。
9. 利害対立の開示:研究者は、研究の提案、出版物、パブリック・コミュニケーション、およびすべてのレビュー活動における成果の信頼性を損なう可能性のある利害の金銭的対立およびその他の対立を開示しなければならない。
10. パブリップコメント・コミュニケーション:専門的コメントと個人的な見解に基づく意見を明確に区別しなければならない。
11. 無責任な研究行為の報告:研究者は、捏造、改ざん、または盗用をはじめとした不正行為が疑われるすべての研究、および、不注意、不適切な著者一覧、矛盾するデータの報告を怠る、または誤解を招く分析方法の使用など、研究の信頼性を損なうその他の無責任な研究行為を関係機関に報告しなければならない。
12. 無責任な研究行為の対応:研究施設、出版誌、専門組織および研究に関与する機関は、不正行為およびその他の無責任な研究行為の申し立てに応じ、善意で当該行動を報告する者を保護する手段を持たなければならない。不正行為およびその他の無責任な研究行為が確認された場合は、研究記録の修正を含め、迅速に適切な措置を取らなければならない。

日本学術会議主催、日本学術振興会共催・学術フォーラム「責任ある研究活動」の実現にむけて(2013年 2月19日)の資料(PDF)より一部抜粋


その他参考資料

i. 日本経済新聞, 研究費規定を見直し、罰則を強化 文科相, 2013年2月8日

ii. 読売新聞, 「預け金」判明 北大 研究停滞の懸念, 2013年1月13日

iii. Medical Confidential, 集中出版社,「国立がん研究センター」研究費プール問題の深淵,
2013年4月1日

iv. 文部科学省, 公的研究費の管理・監査に関する研修会 説明資料(PDF)

v. Japan fails to settle university dispute, Nature, (2012) 483, 259

vi. A record made to be broken, Nature, (2013) 496, 5

vii. National Science Foundation (NSF) Tokyo Office 資料(PDF)

viii. Asia-Pacific Regional Meeting of the Global Research Council (GRC) in Sendai,
2012年12月6-7日


*本記事は日本分子生物学会の『日本の科学を考える』より許可を得て転載させていただきました。転載元のページにはコメント欄もあり、本記事の内容に関して様々な議論が行われています。また、アンケートも転載元のページにあります。

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