研究者の声:オピニオン



2016年12月23日更新

さらば研究職

博士号を取得して10数年。先日、ついに研究職を辞めて一般人(?)になりました。葛藤や後悔で眠れない日々が続くと思いきや、今はとっても開放的な気持ちです。毎日快眠快便でここ数年で最も心身ともに体調が良いです。皆さんはお元気ですか?

さて、BioMedサーカス.comは研究者&研究業界の負の側面を凝集したようなサイトなので、そこに引き寄せられる人々も自然と研究に対してマイナスの感情を持っているのではないでしょうか?(この部分、編集部によって削除されそうですが、残ってたら編集部の度量の広さに感謝感激です 笑)

そこで、10数年の苦難に満ちた研究歴を投げ捨てた記念として、また、私の後に続く人たちへの道標的な意味も含め、なぜ私が研究職を辞めたのかをこの場をお借りしてお伝えしようと思います。

と書きながらも、まずは皆さんに聞きたいことが一つあります。それは。。。

「研究してて面白いですか?」

ってことです。

私は・・・研究は面白くなかったですね。特に、博士課程を修了し、ポスドク数年して、助教の職に就いたあたりから、全くもって研究に興味がなくなってしまいました。(ちなみに、私の専門はご多分にもれずバイオ系でした。まさにポスドク一万人計画の被害者ですね 笑)

もうね、ほんとに酷いんですよ、この業界。BioMedサーカス.comをはじめとして、研究業界の負の側面を扱ったサイトに入り浸っている皆様に敢えて言うことじゃないですけどね。(釈迦に説法というんですよね、こういうの 笑)

だって、研究って何となく高尚な感じがするじゃないですか。日夜寝食を忘れ、自分の好きなことに没頭する。自分の夢・目標に向かって、誰も踏み入れたことのない領域に自分がはじめて入っていく。時には一人で、時には同じ夢を持った同士と、誰も知らないことを世界で初めて明らかにする。そして、それを発表し、世の役に立てる。研究職ってそんな素晴らしい職業と思ってたんですよ。

もちろん、会社なんかだと「営利目的」という大事な原則があったりするんでしょうが、いわゆるアカデミックな世界だと、純粋に「科学・サイエンス」を楽しみながら追求するんだと思ってたんです。

でもね、そんなのは全くもって嘘ですね。虚構です、ホントに。研究者になりたいと思ったあの日の私は、まるで白馬に乗った王子様を待っている少女のようでした。でも、そんな王子様なんて一生来ませんよね。それと一緒でアカデミックな研究の世界は全然素晴らしいもんじゃありませんでした。

ちょっと前にSATP捏造で世の中がザワザワしましたよね。研究者&研究業界への風当たりも強くなり、アカデミックな研究活動に対して何だか裏切られたような気持ちを持った一般の方も多かったようです。でも、STAP問題なんて序の口ですよ。あんなの全然たいしたことないです。研究業界はもっと腐ってます。

STAP論文の捏造手法なんて、捏造の初歩の初歩です。あんな捏造手法、もう10何年も前から流行ってます。で、そのときにその手法をうまく使って業績をあげた人が、今ではアカデミックの研究業界の中心に何人もいます。もうほんと酷い。大腸菌をつついたり、Western Blot用のサンプルのタンパク濃度を測定したり、マウスコロニーを確認したり、とか毎日まじめに取り組んでる人が哀れです。

捏造で思いだしましたが、今はもっと捏造手法が高度(?)になってます。もうね、絶対にばれないですよ、今の捏造は。だって、捏造されたデータを追試しようにも、その実験をするだけの設備・試薬・研究費・プロトコルが全てまるっと手に入ることは稀ですから。追試できなきゃ、データが嘘だってばれないし、実験ノート含め必要な書類が一式そろってたら発表データは誰も疑いません(疑えません、という表現の方が正しいかな)。

それに、賢い人は捏造がどうやってバレるかを知ってますからね。捏造ハンターの手法を知ってしまえば、自分の捏造をどうやって隠せるかは簡単にわかります。超一流の詐欺師は騙した相手に感謝される(=自分が騙されたと認識しない)と言われますが、まさにそれです。超一流の捏造師(こんな単語あるのか?)は、ある意味で超一流の研究者になりえます。

そもそも研究業界の問題は捏造だけじゃありません。この業界、もう全てのシステムが崩壊寸前、もしくは崩壊済みです。

え、論文の査読問題のことを言ってるのか、ですって?ノンノン。論文査読に問題があるのは当然です。周知の事実ってやつですね。ここBioMedサーカス.comでも査読問題を扱った最近の記事が話題を呼びましたが、あの記事に書いてあったことは常識です。現実はもっと酷いですよ。おそらく、その記事を書いた方は知ってたんでしょうけど、敢えて書かなかったんでしょうね。あまりにも実情が酷いから。武士の情け的な感じで。

研究業界のシステムのどこが酷いかを挙げるとキリがないのですが、酷いことになってるところを簡単に列挙しましょうか。

・研究室選び
 ・大学院試験
 ・修士号および博士号の授与
 ・博士課程での教育
 ・大学院生の就職活動
 ・ポスドクの生活
 ・ポスドクの将来
 ・研究費の審査
 ・研究者の昇進(@大学)
 ・大学の研究職ポストの公募
 ・大学発ベンチャー
 ・大学と企業のコラボ
 ・学会の運営方法
 ・種々の賞
   などなど

もうね、どの項目も酷い。ほんと「サイエンス(笑)」はどこに行ったの?ってな感じの非科学的な事象で満載ですよ。

で、ここでもっかい皆さんに質問しますね。

「研究してて面白いですか?」

皆さんの研究はどんな意味があるんですか?建前でなく、実際問題な話。あと、実験してデータが出ますよね。で、もちろん論文を書こうとしますよね。教授はきちんと論文見てくれますか?すぐに添削なり何なりでコメントしてくれますか?教授の机の上に原稿が眠ったまま早数ヶ月とかありませんか?で、無事に投稿されたとして、それを誰が審査するんですか?きちんと科学的な側面からの査読がされてますか?意味不明なイチャモンコメントが数ヶ月待った後にやってきたりしませんか?で、そんな非科学的なコメントに沿った追加実験で疲弊してませんか?それでそれで、ようやく論文が世に出たとして、それ誰が読んでるんですか?そんな研究生活送ってて本当に人生楽しいんですか?

いや、煽りじゃないですよ。前段落の質問、全て自分に問うてみたんですよ、私。そしたらね、ホントに研究業界に何の未練もなくなってしまいましてね。繰り返しますけど、私は研究全然面白くなかったんですよ。10年もこの業界にいると、いろんな闇が見えてくるんですね。BioMedサーカス.comの「無題」は心の闇でしたが、業界の闇ってなもんは、それの中にいると目が慣れてきて闇の中でも普通に毎日研究ができてしまうんですよね。でも、やっぱり「闇」なんです。着実に心が「闇」に蝕まれます。

私も蝕まれてました。でも、長年蝕まれていたのに、それに気づかなかったんです。だけど、端から見るとおかしいんです。もうね表情から何から全て変わってくる。お前誰だよってな感じ。私は家族のおかげで気づけました。ほんと家族に感謝です。でも、心を蝕まれてる若手研究者って家庭を築けない(=結婚できない、もしくは、結婚してもまともな家庭生活がおくれない)ことが多いんですよね。お金も将来もアテがないし、そもそも心の余裕すらないですからね。あの人たち、大丈夫かしら?

さて、私が研究者を辞めようと決意したキッカケとなる出来事をお伝えしますね。

私、子どもがいるんです。私の宝です。子宝とはよく言ったもんですね。でもね、研究やってると一緒にいられる時間が少なくて、しかも一緒にいられる間も、心身ともに疲弊してるから、ちゃんと相手をしてあげられなかったんです。で、職場にいるときなんかに、子どもときちんと接することができない自分に嫌気がさして落ち込むんです。でもやっぱり、子どもと居るときは心身ともに疲れてるので、穏やかな気持ちで楽しく遊ぶことができなかったりするんです。で、職場に戻ると・・・という絵に書いたような負のループ。こんな綺麗なループはどんな数式使っても描けませんよ、みたいな完成度の高い美しいループです。私の論文の図は汚かったですけどね。

で、そんな日々が続いていたのですが、ある日、幼稚園に上がった子どものクラスメートの父兄さんと会食をすることになったんです。研究の「け」の字も知らない、穢れなき方々でした。まあ、私もどちらかと言えば人見知りで、そんなに話は盛り上がらなったんですが、「お仕事はなんですか?」みたいな話題になったんです。で、「どこどこ大学で研究してます」って普通に答えたんです。そしたら、「へーすごいですね。かっこいいですね。頭いいんですね」みたいなレスポンスが戻ってきたんです。で、その話題は終わり。まあ、子どものクラスメートの親の職業なんて、これといった問題がないということが確認できればOKですからね。盛り上がりようなんてありません。

ですが私、この会話が非常に心に残りましてね。相手は全くもって悪意はない。見下した感じもない。むしろ、素直に敬意を払ってくれたと思います。でも私は、なんかこう胸に何かかがつっかえているような、そんなアンプレザントな感覚があったんです。

で数日たって、その理由がわかりました。自分が研究者であるという客観的な事実に、無意識的に嫌悪感を抱いていたんです。研究業界が腐っていることを無意識下の私が理解していたようで、自分の抱いていた理想の研究者像と、実際の研究者像のギャップに苦しんでいたようなんです。研究に何の興味もないどころか、自分が研究者という職業に就いているということで、知らず知らずのうちに自分で自分を責めていたようなんです。

非常に苦しかった。ですが、その理由がわかったあとも苦しかった。だって、研究者でいるだけで苦しいのに、私は研究者としてしか生計を立てられないんですよ。博士号なんてホント何の役にも立たない。これまでの研究経験は生きて行く上で何の活用も出来ない。細胞内シグナルのカスケードを知ってても何のビジネスアイデアも浮かばない。PCRのプライマーをどうやって設計すればいいのかわかっても人生設計は立てられない(今、ちょっとうまいこと言いました 笑)。

さっきの話に戻りますけどね、子どものクラスメートの親御さんに「私は博士号を持ってるんですよ」なんていっても、「へー」としか言われません。「どこどこの雑誌に論文が出たんです」と言っても、「へー」としか言われません(実際にはそんなこと言ってませんよ。恥ずかしいだけですから)。

あれだけ苦労して手にいれた博士号なのに。20代の貴重な5年間を使って手に入れた博士号なのに。なけなしのお金(学費など)を使って手に入れた博士号なのに。それに、家族との時間を犠牲にして自分の楽しみを我慢してようやっと出せた論文なのに・・・。

あのときの若さとガッツがあれば、もっと別のことをしてお金を稼げばよかった。私、博士号を取得したあとは、ポスドクとして馬車馬のように働かされたんですよ、やっすい給料で土日の休みなく。ポスドクなんてしないで、もっとお金を稼ぐトレーニングをしていればよかったと心の底から思いますね。自分の人生で最も精力的に働ける期間に、安い給料で長時間、実質的には何の意味もない「論文」を書くために自分の全リソースを注いでたんです。

もうね、研究者でいることが苦痛だと頭で理解したあとは、本当に後悔の連続でしたよ。でも、持つべきものは家族ですね(本来であれば「持つべきものは友人」というんでしょうが、私、友達いません。こんなネガティブな性格で、しかも研究室に篭ってばかりでしたから 笑)。その後、なんと家族のツテで、研究とは全く関係ない職に就くことが出来ました。ラッキー!

で、転職することを告げたんですよ、研究室の教授や周りの人に。研究の引き継ぎなんかを余裕をもって出来るようなプランとともに。でも、そのときのことは、今思い出してもダークサイドに堕ちたくなりますね。「今やってる研究を放り投げるのか?この無責任な奴め。そんなんだから研究者として成果が出なかったんだ」みたいに言われたりしましてね。私の人生プランを放り投げて雑用・雑務ばかり押し付けてきたのに、よくもまあって感じです。挙句の果てには「裏切り者」扱いですよ。私が誰の何を裏切ったのか、今でもよくわかりません。皆様立派な科学者なのに非論理的な叱責ばかり私にしてましたね。

まあ、面倒を見ていた教え子たちに「新しい職場でも頑張ってください。こんな酷い環境なのに親身になって指導してくださって本当に感謝しています」なんて言われたときは、さすがに心が痛みましたね。卒業まで面倒を見てあげられなくてゴメンよ。でも、「こんな私に研究を指導されなくてよかったね(研究室の教授&准教授&一部の博士課程の学生の言葉をお借りしてます)」ということで、私の手を離れた君らの未来はきっと明るいよ。立派な研究者になってね。

で、そんなこんなで研究者を辞めたわけですが、なんというか別世界。いや〜、晴天の空は青いんですね。研究者をしてたときも日中に外に出たことは何度もあったんですが、空の色を見る余裕なんてなかったですよ。

もうこれでPubMedで検索する必要もないんです。Natureはじめ、主要な雑誌のサイトにいって新着論文をチェックする必要もないんです。そこここの論文に書かれている意味不明なストーリーを解読する(論文というより古文書みたいだね!)必要ももちろんないし、論文の追試が取れないなんて苦労する必要も全くなく、研究者なのに研究と関係ない書類に追われる日々も来ないんです。なんて嬉しいんでしょう。

私、転職してから子どもと平穏な気持ちで接することができるようになりました。子どもと一緒にいられる時間も増えました。それに、お給料も増えたんです。で、親友とはまだ呼べないまでも、友達と呼べる人は何人かできましたし、やってて楽しいと思える趣味みたいなものも始められました。もう暫くしたらBioMedサーカス.comも見なくなると思います(笑)。

それでは皆さん、クリスマス&年末年始も頑張って研究しててくださいね。私は家族・友人と心休まる時間を過ごします。

では最後に。。。

「研究してて面白いですか?」

それでは良いお年を。


執筆者:元研究者


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