研究者インタビュー
Tweetハーバード大学医学部 荻野周史 博士(2012年01月16日更新) 2ページ目/全7ページ
癌の分子病理疫学(Molecular Pathological Epidemiology, MPE)の面白さ、と癌の個別化予防・個別化医学(Personalized Prevention and Personalized Medicine)における革新的役割について
Q. ボストンで研究することになったきっかけは何だったのでしょうか?
医学部卒業後すぐの1993年4月に東京大学病理学第一教室の大学院生となりましたが、まもなくその教室での生活が物足りなく感じるようになりました。その後、運よく沖縄米海軍病院インターンの採用試験に合格したので、1994年4月から大学院を休学してインターンとして働き始めるとともに、並行してアメリカの医師免許試験の勉強を始めました。無事に9月までに必要な試験に全部合格して、アメリカ全土の病理科レジデンシーに応募しました。全部で70か所くらいの施設に願書を出しました。それまでの業績がほとんどなかったため苦戦しましたが、当時、米国の病理科は人材難で、外国人への門戸が広かったことが幸いしました。初めての海外旅行として、3週間で11か所の病院を面接してまわりました。結局ピッツバーグのMedical College of Pennsylvania(現Drexel University)付属Allegheny General Hospital(AGH)にマッチして、1995年7月から病理科研修を始めました。マッチしたときの喜びは一生忘れることができません。マッチングとは、全米中の研修プログラムと研修予定者がお互いの希望先、希望者の順位をもとにコンピューターで研修先プログラムを決める制度です。
1995年から97年のAGHでの研修期間において、近年神の手を持つ脳外科医として有名な福島孝徳先生の仕事ぶりに接する機会を得たのは、私のその後に大きな影響をもたらしました。福島先生にはご自宅にもお招きしていただくなど、かわいがっていただきましたが、その後フロリダに栄転されました。当時の私は、彼の存在、ウデ一つでアメリカを渡り歩く姿に大いに感動を覚え、そして勇気づけられました。
1997年から99年までクリーブランドのCase Western Reserve Universityに移り、後期の病理科研修をつづけました。その間、HHMI(Howard Hughes Medical Institute)研究者のDr. Sanford Markowitzのラボで初めて大腸癌の研究に接しました。その後、大腸癌に携わることになったのも何かの縁であったのだと思います。彼とは今でも共同研究を行っています。
1999年にはフィラデルフィアのUniversity of Pennsylvaniaの分子遺伝病理学フェローとなりました。そして、病理学のAmerican Board of Pathology認定専門医の資格を取得しました。臨床分子病理学フェローとして仕事を一年働き、その後はPostdocとして研究を続けました。このときの研究をもとに東京大学の医学系大学院を無事卒業することができました。それに加えて、このときの分子病理学研修をもとに、American Board of Clinical Chemistry認定の分子診断学及びAmerican Board of Pathology認定の分子遺伝病理学の超専門医の資格をとりましたが、どちらも日本人としては初めてのことでした。
Postdocとしての研究生活の傍ら仕事を日米にわたって探しました。そのころはまだ、分子遺伝病理検査が普及していなかったのもあり、難航しました。日本の仕事で気にいるようなものがなかったので、次第に仕事探しは米国中心になりました。米国中探して仕事のInterviewをとりつけたのはわずか3か所だけでした。最終的に運よく、このボストンに職を得ることができて非常にラッキーでした。2001年からハーバード大学のInstructorとして仕事を始めました。その後、2004年にはAssistant Professorとして研究室を独立して、2008年にはAssociate Professorに昇格しました。
Q. 荻野先生はHarvard Medical Schoolの他に、BWHとDFCIにも所属されていますが、現在の仕事の割り当てはどのようになっているのでしょうか?
現在は、Dana-Farber Cancer InstituteのDepartment of Medical Oncologyで研究室を運営して研究するのにおよそ80%を割き、Brigham and Women’s Hospital(BWH)のDepartment of Pathologyの先端分子診断部(Center for Advanced Molecular Diagnostics)での分子病理学診断業務におよそ15%を割き、残り5%でHarvard Medical School研修プログラムとHarvard School of Public Health(HSPH) での教育を行っています。講義では分子遺伝学と分子診断学を医学生や医学研修生に教えていて、分子病理疫学(MPE)をHSPHの学生などに教えています。BWHでの分子診断部門は、病理部の中の数ある部門の中でもとりわけ進歩の著しい部門で、症例数も過去5年の間に10倍以上になっていることからも、その変貌ぶりがうかがえます。BWHの分子診断部で診断業務をおこなう病理医も過去5年の間に4人から8人に倍増しています。実際に患者の治療方針を決めるための新しい検査のリクエストが多すぎて、分子病理検査の開発が追いつかないのが現状です。