研究者インタビュー



ハーバード大学医学部 荻野周史 博士(2012年01月16日更新) 5ページ目/全7ページ

癌の分子病理疫学(Molecular Pathological Epidemiology, MPE)の面白さ、と癌の個別化予防・個別化医学(Personalized Prevention and Personalized Medicine)における革新的役割について

Q. 荻野先生は米国での研究生活が長いですが、日米での違いについてどのようにお考えでしょうか?

日本と一番違う点といえば、米国では人が自由に仕事を選択できるということではないでしょうか。それがどうして可能になっているのかというと、自分の上司や仕事の環境が気に入らなければ、どこか別のポジションを見つけやすいからなのです。逆に部下のいる立場ですと、部下にやりがいのある仕事と環境を与えないと、部下はいなくなるということを意味します。そのため、どこの施設でもどこの部署でも、魅力ある職場づくりに取り組んでいますし、新しいFaculty Memberにはしっかり働いてもらって実績をあげることができるような環境を提供するのが、Department Chair, Division Chiefやその他上司の基本的な仕事です。要は魅力のない職場にはいい人材が居つかないということです。日本ではどうでしょう。みなが働きたい職場で働けるわけではなく、いづらい職場にも、理不尽な上司にも我慢して仕事をするというのがよくみられるのではないかと思います。

実績のある人、実力のある人は仕事をまったく探していないのにもかかわらず、Emailや電話で仕事のオファーがたくさん来ます。ということはその実績のある人を引き止めるだけの職場の魅力、仕事の魅力がないと、その人は新たな仕事へ転職してしまうということになります。

上の点に関連して、米国では仕事での実績がより正当に評価されるということも言えます。そのため米国では、誰でも他の施設に職を探しやすいのです。人によっては、2−4年おきに職場をかえていくことで、ステップアップしてゆきます。私の友人で、Fellowshipを終えて、University of Pittsburghで病理部のスタッフになり、3年後にCleveland ClinicでSurgical PathologyのDivision Chiefになり、そのわずか2年後にMassachusetts General Hospitalで病理部のAssociate Chief (Vice-Chairに相当します)になり、そのわずか2年後に University of Arkansas で病理部のChairになっている人がいます。こうした頻回の転職によるステップアップは米国では決して珍しいことではありません。

NIH(National Institute of Health)のグラントなども、できるだけ公正にPeer-reviewを行うためにさまざまな方法をとっています。私自身の経験では、私は大腸癌が専門なので、EPIC(Epidemiology of Cancer)Study SectionでのReviewの割り当ては大腸癌以外の前立腺癌や乳癌のGrant Proposalばかりでした。それにグラントにスコアをつける会議ではHarvard 界隈から提出されたいかなるProposalの議論にもスコアリングにも加わることはできません。部屋から追い出され、何が議論されていたか知ることはできません。

もう一つの重要なちがいは、研究費の額の違いです。日本の科研費には、こちらのR01クラスのグラントがどれくらいあるのでしょうか? R01とは生物・医学系ではもっとも一般的な独立してプロジェクトをおこなうために必要なグラントで、2億円以上を5年間で使うことができます。研究費で必要なスタッフの給料や研究材料費や機材にあてることができます。R01は独立している研究者にとっては、きわめて普通のグラントです。こうしたグラントがあることで、独立した立場を保つことができるといえます。

Q. 荻野先生は他の研究者とは違う独自のバックグラウンドをお持ちと伺いました。

私自身の経歴の特異な点をあげると、病理学の専門医資格と分子病理学の超専門医資格をとっていながら、Harvard School of Public Healthで疫学と生物統計学を学び、自分で実際に分子病理疫学の研究を行っている点です。世界中探しても、そういう専門分野をもっているのは私のほかにはほとんどいないのではないかと思います。よくある例としては、いろんなExpertiseをもった研究者が共同で研究を行うというのは普通に行われています。私の場合はたいていの統計解析とプログラミングは自分でできますし、自分の研究員に教えることもできます。実際にHarvardの大学院で学んだおかげで、データ一つを取ってみても、その見え方とかが、学ぶ前とはまるで違います。他人の研究や論文の評価も非常に的確にでき、やりやすくなりました。そのせいか、すでにNEJM, Nat Med, Nat Rev Cancer, JAMA, Lancet, Lancet Oncology, J Clin Oncol, J Natl Cancer Inst, Am J Hum Genet, Gastroenterology, GutなどImpact Factor 10-50以上のJournalsをはじめとして実に74ものJournalsにおいてPeer-reviewを引き受けて実行しました。NIHのStudy Sectionにもメンバーとして参加しましたし、数多くのJournalsでEditorial Boardのメンバーも務めています(J Pathol, Clin Cancer Res, Am J Pathol, Expert Rev Mol Diagn, J Mol Diagn, Mod Pathol, Organic Chemistry Insights, World J Gastrointest Oncol, Open Surg Oncol J, Int J Clin Exp Pathol, ISRN Gastroenterol, World J Gastrointest Pharmacol Ther, World J Transl Med, Front Gastrointest Cancersなど)。さらに自分のリサーチフェローに統計学とプログラミングを教えることもできます。もしよく統計解析を行うという研究者でしたら、大学院で統計学をじっくりと勉強するのはお勧めです。

私自身の経歴において他人とちがうことをしてきたのとともに、実際の研究においてもできるだけ他人のやらないことをやるように心がけ、自分しか思いつかないような独創的なことするように目指しています。他人の真似をすることが昔から今まで好きではありません。研究面において、それがうまく機能してきました。そうして分子病理疫学 MPEという新分野の提唱、確立、発展につながっているのだと思います。このMPEを提唱して確立した功績により、2011年にはUnited States and Canadian Academy of Pathology(USCAP)から、病理学研究者にとって非常に名誉あるRamzi Cotran 賞を受けることができました。この賞はHarvardの伝説的な病理学教授Ramzi Cotranから名前をとっています。

特に私の研究で特異な点は、私が10年にわたって築き上げた大腸癌の特徴やマーカーのデータが集積した大腸癌分子病理Databaseです。この大腸癌分子病理Databaseは簡単にコホート全体のDatabaseにリンクできます。この私のDatabase は世界でも全く比類のないものです。コホートの本部では、1976年より10万人以上のさまざまな食事やライフスタイルに関するデータ(喫煙、飲酒、運動、身長、体重、ウエストサイズ、ヒップサイズ、経口ピル・アスピリンなどの薬剤使用、夜勤、癌のスクリーニング歴、など項目がたくさんあります)、癌やそのほかのたくさんの種類の病気についてのデータ、生存に関するデータが蓄積しています。とにかく全体のデータの量は気のとおくなるような膨大な量です。私がボストンに赴任してから最初の4年間は大腸癌の分子病理データを蓄積するために費やされ、論文もほとんど書いていませんでしたが、良質のデータをたくさん集めれば集めるほど、それによって、新しい情報がどんどん出てくるというのを証明する形になりました。とにかく最初は回り道のようにみえても、何年かかろうとも、自分だけが持っているデータの蓄積というようなものを作り上げれば、何をやっても世界初という研究ができます。世界中を探しても競争相手がまずいないので、誰と競争する必要もなくなります。

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