読書感想文:「ポストドクターの正規職への移行に関する研究」を読んで
Tweetその10(更新日:2014年12月22日)
まとめ
本連載も今回が最後の記事となります。前回から少し時間が経ってしまったので、初めて本連載を目にする方もいるかと思います。
本連載の詳細な内容は過去記事をお読みいただければと思いますが、本連載は一言で表すと、文部科学省直轄の科学技術・学術政策研究所が報告した『ポストドクターの正規職への移行に関する研究(http://www.nistep.go.jp/wp/wp-content /uploads/NISTEP-DP106Fullj.pdf)』の中身を精査しているものです。
この報告書では、ポスドクの職に就いている人が次年度に正規職へと移行する割合が6.3%に過ぎないと報告しており、その移行率は大卒や高卒の非正規職の人が正規職へと移行する率よりも大幅に低いとまとめています。
そして、ポスドクになると将来は悲観的なものになることを国が確認したということになるためか、この結論は色々な媒体で取り上げられ、「ポスドクはやっぱり・・・」という意見を補強するものとなってしまいました。
しかし、これまで過去9回の記事で見てきたように、この報告書は、報告書と呼べるものですらないお粗末なものでした。
最終回の今回は、改めて本報告書の何が問題だったかを簡潔に振り返ってみようと思います。
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・本報告書が、文部科学省直轄の国立試験研究機関である科学技術・学術政策研究所に所属している人間による報告書であり、それが科学技術・学術政策研究所のホームページで公開されているにも関わらず、注釈として報告書の内容は執筆者の見解であるとしている。なぜ、そのような逃げ口上を国家機関が出した報告書に入れているのか理解に苦しむ。
・本報告書の「ポスドクの定義」が現状を反映していない。執筆者は、この業界に明るくないのでは、と疑われても仕方がない。
・本報告書の「正規職」の定義が現状を反映していない。「ポスドク=悲惨」の結論を導くために、敢えて「正規職」を厳しいものとして、ポスドクが正規職へと移行しにくいとしているのでは?と思う。
・ポスドク調査のデータの解析に非常に問題がある。「ポスドク=悲惨」の結論ありきのデータ解析と言わざるを得ない。そもそも、執筆者は算数を分かっていないのではないかとすら感じる。
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私は某大学で准教授(バイオサイエンスの分野)をしています。現職の前は、某企業の研究職(採用人事などの経験もあり)もしていたことから、現在は研究の傍ら、大学院生やポスドクのキャリア支援もしています。
率直に申し上げて、ポスドク(バイオサイエンス分野)を取り巻く環境は、好ましいものとは言えません。そこには色々な問題があり、ポスドク本人の資質にも問題があることがある、と言わざるを得ない状況もあります。
しかし、少なくとも私が関わってきたポスドク(博士課程後期の学生も含む)の皆さんは、いずれも向上心があり研究も好きで人柄も悪くはありませんでした(もちろん現在関わっている人も)。しかし、彼ら彼女らの多くは、納得のいくような職を見つけられてはいません。
残念ながら個々人の努力には限界があります。特にポスドクの就職難という大きな流れの中では、個人の力で状況を打破する、ということは困難です。そのため、博士号を取得した研究者の環境を改善するためには、やはりどうしても国のアクションが必要になってきてしまいます。
もちろん、博士号を取得した人が苦労してるのに対して、自己責任論をかざす人が出てくるのは理解しています。しかし、国として見ても、博士号を取った人間を有効活用することは国家戦略としても悪くはないはずです。
そして博士号を取得した人を活用するためには、ポスドクの現状を正確に把握する必要があります。その観点から見ると、この連載で取り上げた報告書の取り組み(ポスドクが正規職へ移行する割合を調査する)は、それ自体は価値のあるものです。
しかし、せっかくの良い試みも、その中身が悪ければ意味がありません。むしろ、ポスドクの実態を誤解させうる恐れがあるという点では、逆効果と言えます。
私が把握する範囲では、本報告書の内容に疑義を持つ人はほとんどいませんでした。それは、本報告書が文部科学省直轄の科学技術・学術政策研究所が出したということもあるのではないでしょうか(国のお墨付きがある)。
ただ、誤解のないように付け加えたいのですが、文部科学省直轄の科学技術・学術政策研究所の全体が怪しいというわけではありません。事実、この研究所が報告した『ポストドクター等の雇用・進路に関する調査−大学・公的研究機関への全数調査(2009年度実績)』などは、膨大なデータを非常に細かく解析している素晴らしい報告書でした。
現在、文部科学省直轄の科学技術・学術政策研究所では、「日本博士人材追跡調査(http://www.nistep.go.jp/archives/18857)」を実施しております。この調査も、日本の博士号取得者を有効活用するために重要なものだと思います。この調査が、本連載で取り上げたような「不正確な」報告書にならないことを祈りつつ、本連載を終わりとさせていただきます。
最後に、このような「色々な問題を引き起こしかねない危険な連載」の掲載を許諾してくださったBioMedサーカス.comさん、最後まで本連載をお読みいただいた読者の皆さんに厚くお礼申し上げます。特に、ブログやツイッターなどで、私の真意を正確に読み取り、本連載の内容をサポートする書き込みをしてくださった方々には大変感謝しております。
ポスドクの有効活用により、この国の科学技術力がより向上することを願っています。
執筆者:広義の意味でのポストドクター