SFミステリー小説:永遠の秘密
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第三章:仲間(3)
翌朝、いつものように沢木キョウが六年三組の教室に入ってきたとき、教室内がザワザワしていた。
また何か問題があったのかなと思いながら、沢木キョウが自分の机の方に歩いていこうとしたとき、自分の机の上に自分の椅子が置いてあることに気がついた。その横には、田中洋一が呆然とした表情で立っていて、田中洋一の机の上にも椅子が置いてあった。
「洋一君、おはよう。これ何?」と、田中洋一にあいさつをしながら、机の上にある椅子を指差しながら沢木キョウが聞いてきた。
「わからない・・・。僕もいま登校してきたばっかりなんだけど、机の上に椅子が乗っていて・・・。」
「みんなの机に椅子があったの?」
「多分ちがうと思う。キョウ君と僕と、あと真中さんと空木さん、かな。」
「四人だけ?羽加瀬君のは?」
「乗ってなかったみたい。」
「そっか。ま、とりあえず椅子を下ろそう。」
と、言って沢木キョウは自分の椅子を下ろした。それを見て田中洋一も椅子を下ろすと、「はい、これ使って」と言って沢木キョウはウェットティッシュを一枚出して田中洋一に渡してきた。
「椅子の足の底が机に触れたと思うから、これでふくといいよ。机の上で今日も勉強したり、給食を食べたりするから。」
「あ、ありがと。いつもウェットティッシュを持ち歩いてるの?」
「うん。アメリカにいたときからだよ。向こうでは、こういう持ち運びしやすいタイプのウェットティッシュってあんまり売ってないから見つけるのに苦労してたんだけど、日本ではどこでも買えるから便利だね。」
「そ、そうなんだ。」
そんな会話をしながら、二人が自分の机をウェットティッシュで拭いているとき、教室の反対の方で大きな声がした。
「あんたたちがやったんでしょ。何でこんなことをするの?」
「知らねーよ。証拠もないのに犯人扱いするんじゃねーよ。」
「そうだよ。お前らのこと嫌ってる奴がやったんじゃねーの。」
ゲラゲラ笑いながら、一ノ瀬さとしと酒見正は、真中しずえに向かって言い返していた。
「よくもそんなことを言えるわね。あんたたちに決まってるでしょ。」
「何が、『決まってるでしょ』だよ。証拠はないんだろ。」
「証拠なんていらないわ。昨日のことが頭にきて、こんなことをしたんでしょ。机の上に椅子を乗せるなんて、あんたたち六年生にもなって子供みたい。」
「お前だって子供だろ。」
「あんたたちよりはずっと大人よ。」
そんな言い争いをしているときに、空木カンナが教室に入ってきた。
「あれ?私の椅子が机に登ってる」と何でもない様子で椅子を下ろし、近くの席の真中しずえの机の上にあった椅子も毎朝のルーチンをしているかのような自然な動作で下ろした。そして、「これ、どうぞ。」と言って近づいてきた沢木キョウからウェットティッシュを受け取って、自分と真中しずえの机を拭いた。
「カンナも何か言ってやって!」と、怒った表情のままの真中しずえにそう言われた空木カンナは、「え?」と返事をしてから、ちょっと考えて、「みんなの椅子が机の上にあがってたの?」と真中しずえに聞き返した。
「違うわよ。カンナと私、それに沢木君と洋一君の四人の椅子だけが机の上にあげられてたの。それも、掃除のときに椅子を机の上に上げる向きじゃなくて、こんな感じで適当な向きによ。こんなの誰かが意図的に嫌がらせしたのに違いないわ!」
「俺もそう思うよ。お前ら嫌われてるからな。だから嫌がらせされたんだよ」と、酒見正がニヤニヤしながら会話に加わってきた。
「あんたは黙ってて。今、カンナと話してるの!」と、キッと怒った目つきを酒見正に向けて真中しずえがそう言うと、「何だよ。俺も一緒に犯人探ししてやろうと思ってるのに。それとも、お前たちお得意の科学の力を使って謎を解き明かすつもりか?科学探偵なんだろ、お前ら」と、ゲラゲラと笑いながら酒見正が言い返す。
「科学探偵の話は今はしてないでしょ。私たちがやってること馬鹿にしないでよね。それに、何が犯人探しよ。あなたたちがやったに決まってるでしょ。」
「おいおい、勝手に犯人扱いすんなよ。証拠がないだろ。そんなんで探偵なんて名乗ってもいいのかよ。」
「うるさいわね。どうせ、あんたたちが昨日のことを根に持ってやったんでしょ。それが証拠よ。」
「おいおい、そんなの証拠にならないぞ。それに、昨日のことが原因だって言うんなら、羽加瀬がやったのかもしれないぞ。昼休みに俺たちと楽しく遊んでたのに、お前らに邪魔されて怒ったんじゃないのか?」
「よくも、そんな適当なこと言えるわね!」と、真中しずえの怒りがさらにヒートアップした。
「ど、どうしよう・・・」と、自分の席のところに戻って座っていた沢木キョウに、田中洋一がオロオロしながら話しかける。
沢木キョウは左肘を机について、頬杖をついた格好で真中しずえ達の言い争いを聞いている。左目は左手で隠されているような形になっており、右目だけが開いているように見えた。
「まあ、もうちょっと様子を見てみようか。」
「えー、そんなんで大丈夫?」
「昨日みたいなことにはならないと思うよ。一ノ瀬君、今日は暴力を振るう感じじゃなさそうだし。」
「う、うん・・・たしかにそうだけど。でも、本当に信太君がやったりしたのかな。」
「ははは、そんなことはないだろうね。」
「じゃあ、やっぱり一ノ瀬君たちがやったの?」
「おそらくね。まあ、空木さんに言ったら証拠はないんでしょって言われちゃうけど。」
「何か楽しそうだね。」
「そう見える?」
「うん。キョウ君の椅子もいたずらされてたのに、どうして?」
「どうしてだろうね。空木さんが何か企らんでいるように見えるからかな?」
「え、それって、どういう意味?」
「あ、空木さんが何かしようとしてるよ。」
「え?」
田中洋一が空木カンナの方を見ると、空木カンナが真中しずえに向かって話しかけようとしているところだった。
「しずえちゃん、ちょっといい?」
「カンナ、あなたはどう思うの?この二人だよね、やったの。」
「うーん、証拠がないんだよね。」
「こんなことするの、この二人しかいないじゃない!」
「おいおい、学級委員長さんよ、証拠もないのに犯人扱いか。科学探偵クラブの名前が泣いてるぞ。科学の力を使って犯人は探せないのかよ」と、今度は一ノ瀬さとしがニヤニヤしながら真中しずえをあおった。
「あなたたち、いい加減にしなさいよね。そんなことしてると・・・」と、真中しずえが言い返していると、「してるとなんだよ、先生にいいつけてやるーって言うつもりか。幼稚園児かよ、お前。どっちが子供だって話だよな」と、酒見正が真中しずえの発言をさえぎって、ゲラゲラ笑った。
「しずえちゃん、もしかしたら本当に羽加瀬君が犯人かもよ。」
「え、急になに言ってるの、カンナ。そんなわけないじゃない。」
「お、話がわかるじゃないか。お前もそう思うよな。羽加瀬が一番怪しいぞ。そいつ、これまでずっと黙ってるじゃないか。犯人っぽいよな」と、酒見正が調子に乗ってベラベラと喋りだす。
しかし、空木カンナは、そんな酒見正には目もくれず、羽加瀬信太に向かって「羽加瀬君、ちょっと手を出して」と話しかけた。
「え?」と聞き返す羽加瀬信太に、「はやく両手を出して」と、静かな声ながらも、不思議な威圧感とともに空木カンナはそう言った。
羽加瀬信太は言われるままに両手を出すと、空木カンナはポーチから何やら小さなプラスチック製の入れ物をだして、その中の少しドロッとした透明な液体を羽加瀬信太の両手に数ミリリットルずつたらした。
突然のことに驚いている羽加瀬信太に、「その液体を早く両手にぬりこんで。石鹸で手を洗うような感じで。はやくして」と、手を洗うジェスチャーをしながら空木カンナは言った。
羽加瀬信太が空木カンナの言う通りにすると、「うん、これで大丈夫。よかった。でも、まさか羽加瀬君がこんなことするなんて思わなかったな。ちょっと悲しかったけど、何か理由があったのかな。今度その理由を教えてね。私、羽加瀬君の嫌がることを知らず知らずのうちにしちゃったのかもしれないから、気をつけるね」と穏やかな様子で話しはじめた。
真中しずえが何かを空木カンナに言おうとしたとき、「お、おい、今の何だよ」と、ちょっと焦った様子で、酒見正が聞いてきた。
「何でもないよ。」
「何でもないわけないだろ。羽加瀬に何したんだよ。」
「別に。ただの解毒。」
「解毒?解毒って毒を消すってことか?」
「まあ、そんなところ。羽加瀬君が犯人だったんなら、私の椅子を触ったってことでしょ。だから解毒したの。」
「お、おい、ど、ど、どういう意味だよ。」
「どういう意味って言われても、そのままの意味なんだけど。それに、あなたは犯人じゃないんでしょ。大丈夫よ。それとも、もしかしてあなたが犯人?」
「え、いや、えっと、俺は犯人じゃないぞ。だけど、ほら、解毒って言われたらちょっと気になるじゃん。」
「あ、池田先生が来た。」
「え?」
すると、「おーい、朝の会を始めるぞー」と今日も間の抜けた声で担任の池田勇太(いけだ・ゆうた)が教室内に入ってきた。そして、教室内の微妙な雰囲気に気づいたのか、「あれ、今日もなんかあったのか?いつもと様子が違うようだけど?」と、誰に話しかけているかわからないような感じで話しかけてきた。
「空木さんが怖いお話をしていたので、みんなが少し怖がってだだけです」と沢木キョウが言うと、「おお、そうだったのか。でも、夏はまだ先だから怪談はちょっと早いんじゃないか。まあいい、早くみんな席に着きなさい。朝の会を始めるぞ」と池田勇太は教室内で起きていたことに少しも興味を示さずにそう言って、朝の会を始めた。自分の席につこうとした空木カンナはチラッと沢木キョウの方を見て軽く微笑んだ。
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