SFミステリー小説:永遠の秘密



SFミステリー小説:永遠の秘密

第三章:仲間(4)

その日のお昼休み、いつものように沢木キョウ・真中しずえ・空木カンナ・羽加瀬信太が田中洋一の机の周りに集まって田中洋一の手品を見ていたとき、酒見正と一ノ瀬さとしが近寄ってきた。

「おい、毒ってなんだよ。教えろよ」と酒見正が言うと、「何の話?」と空木カンナがすっとぼけた様子でそう答えた。「おい、ふざけんなよ」と、今度は一ノ瀬さとしが言うと、「ふざけてるのはあんたでしょ。」と真中しずえが喧嘩ごしに返す。一ノ瀬さとしは「何だと!」と右手を強く握ろうとしたが、真中しずえの横に沢木キョウがいるのに気づいて拳をつくるのをやめた。

すると、「空木さん、実は僕も君が言った『毒』のことがちょっと気になってるんだよね」と意外にも沢木キョウが酒見正たちの肩を持つような発言をした。

「えー、沢木君も興味あるの?大したことないんだけどな。ま、いっか、詳しく話すと長くなるから簡単に説明するね」と言うと、みんなは少し緊張した感じで空木カンナの方を向いた。

「この学校に転校してくる前にいた学校でもね、今朝みたいなイタズラって何回かあったの。でね、そのときの担任の先生が科学が好きでね。理科室にある試薬だけでちょっとした毒を作ったの。毒とまではいかないんだけど、遺伝子にくっつくような試薬にTATタンパク質っていうものをつけたんだけど、TATタンパク質って細胞膜を通過しやすいんだよね。だから、その『毒』は触ると細胞の中に入っていっちゃうの。でね、遺伝子にくっつく試薬ってのは、細胞分裂のときに遺伝子が複製されるのを邪魔しちゃうの。だから、まあ、体には毒なんだけど、私が持ってるあの透明の液体をかければ、その毒は分解されちゃうから大丈夫なの。でね、そのときの担任の先生は教室の中の椅子の中からランダムに選んで椅子の持つところにその薬をぬったの。そういう椅子を机の上に置いちゃうようなイタズラをみんなしないように。で、私は転校するときに、その先生から『毒』と『解毒薬』を少しだけもらってたから、私の椅子に少しだけ、その『毒』を塗っておいたの、イタズラ防止のためにね。でも、羽加瀬君の手は今朝きちんと解毒したから大丈夫よ。」

沢木キョウは左手で顔の左半分を隠しているような様子だったが、少し笑いを堪えているようでもあった。しかし、他のみんなは空木カンナが説明したことの半分も理解できなかったようで、ポカーンとしていた。

「お、おい、もっとわかりやすく説明しろよ。結局、その毒って何なんだよ。それを触るとどうなるんだよ」と、一瞬の静寂のあとで、一ノ瀬さとしが冷静さを欠いた様子で聞いてきた。

「え、今の説明でわからなかったの?えっとね、もっと簡単に言うと、その『毒』を触るとガンになっちゃうってこと」と、表情を全く変えずに空木カンナは説明した。

「え、ガンって、あの病気のガンか?」
 「そうよ。あ、でも大丈夫。羽加瀬君はすぐに解毒したから。あの毒、十時間以内に解毒すれば細胞の中に入らないから平気よ。」
 「十時間・・・」
 「昨日、私は保健室係の仕事があったから、保健室で少し作業したんだよね。それでね、作業が終わって帰る前にこの教室に寄ったんだけど、誰もいなくて椅子は一つも机の上に乗ってなかったよ。だから犯人は、まあ犯人は羽加瀬君だったみたいだけど、今朝早くに椅子を机に置いたんじゃないかなって思ったの。だから、解毒は全然間に合ったよ。」

羽加瀬信太は何も言わずにうつむいていた。

「な、なあ、俺にもその解毒薬をくれないか?」と、いつもとは違った様子で酒見正が空木カンナにお願いをした。

「え、なんで?」
 「いや、特に理由はないんだけどさ、ほら、俺ももしかしたらさ、お前の椅子を触ったかもしれないじゃん。そ、掃除のときとかに。」
 「あー、そういうことね。それなら大丈夫。私が『毒』をぬった場所は、普通は触らない場所だから。机の上に乗せるために持ち上げるときとかに触れる場所なの。だから心配ないよ。」
 「で、でも・・・」

『キーンコーンカーンコーン』

空木カンナと酒見正が会話をしているときに、お昼休みの終わりを告げる予備チャイムが鳴った。午後の授業があと五分で始まることを知らせる鐘の音だ。

「あ、予備チャイムが鳴っちゃった。授業が始まる前にトイレ行ってくる。あーあ、田中君の今日の手品楽しみにしてたのにな」と、空木カンナはそう言って、何かを言おうとしていた酒見正と不安そうな表情をしていた一ノ瀬さとしを置いて教室の外に出て言った。

そして、空木カンナと入れ替わりに担任の池田勇太が教室の中に入ってきたので、田中洋一の周りに集まっていた面々は自分の席へと戻っていった。

***

その日の放課後、お昼休みのときと同じように、沢木キョウ・真中しずえ・空木カンナ・羽加瀬信太が、田中洋一の机の周りに集まっていた。お昼休みに田中洋一の手品が見られなかったことから、みんなが田中洋一に放課後に手品をしてほしいとお願いして、田中洋一が快くOKの返事をしたからだ。

しかし、田中洋一が机の上にトランプを置くのと同じくらいのタイミングで、またしても酒見正と一ノ瀬さとしが、みんなのところにやってきた。

「なに、まだ文句あるの?」と、真中しずえはいきなり喧嘩腰に声をかける。

これまでは、そんな話しかけられ方をしたら二人ともすぐに声を荒げていたのだが、今回は大人しいままで、逆に丁寧な口調で元気なく「なあ、俺たちが悪かったよ。解毒薬、分けてくれないか」とお願いをしてきた。

「は?」と、訳がわからないと言った感じで真中しずえが答えると、横から空木カンナが「全部正直に話してくれるのね?」と酒見正と一ノ瀬さとしに向かって、静かながらも強い口調で問いただしてきた。

「ああ、全部正直に話す」と酒見正が言うと、一ノ瀬さとしも力なく頷いた。

酒見正は、新校舎の図書室にある漫画を羽加瀬信太に盗ませて持ってこさせたこと、それを断られて頭にきたこと、そして、昨日のお昼休み、そのことで羽加瀬信太を問い詰めていたとき真中しずえ達にそれを邪魔されて悔しかったので、机の上に椅子を置くいたずらを思いついて今朝それを実行したこと、などを一つずつ細かく説明していった。

「あんたたち、そんなことやってたの!?」と、真中しずえは怒るよりも呆れた感じで、二人に向かってそう吐き捨てた。

「悪かった。最初は羽加瀬をちょっとからかうだけだったんだけど、そのうち調子に乗ってしまったんだ。お前のことも殴ろうとして悪かった」と、一ノ瀬さとしが真中しずえに対して謝ると、「本当に謝る相手は私じゃないでしょ!」と悪いことをした子供を叱る母親のような口調で言い返した。

すると、一ノ瀬さとしは「羽加瀬、俺が悪かった。許してくれ。もうしないから」と羽加瀬信太に頭を下げて、酒見正も、半分泣きそうな声で「ごめん・・・」と羽加瀬信太に言った。

そしてすぐに空木カンナの方を向いて「なあ、俺たちが悪かったから解毒薬を塗ってくれないか。このままガンになったら嫌だよ。お前の椅子を触ったのは今朝の7時半くらいだから、もう時間がないんだ。羽加瀬に盗ませた漫画もきちんと全部返すから。お願いだよ」と、酒見正は今度は本当に涙を流しながら言った。一ノ瀬さとしの目にも涙がたまっていて、今にも泣き出しそうだった。

あの酒見正と一ノ瀬さとしがそんな状態になっているのを田中洋一は心底驚いて見ていたが、空木カンナはそんな二人の様子には全く興味を示さず、いつものような口調で「羽加瀬君、どうする?」と羽加瀬信太に話しかけていた。

「え、どうするって言われても・・・。」
 「これまで君に意地悪をしていた人たちが許してほしいって謝ってるんだけど、どうするのかなって聞きたいの。」
 「え、許すかどうか僕が決めるの?」
 「もちろんよ。君が許したら解毒薬をあげようかなって思ってるんだけど、君がこれまでのことを絶対に許せないって思うんなら解毒薬はあげないから安心して。」

空木カンナがそう言ったのを聞いて、酒見正と一ノ瀬さとしは懇願するような目つきで羽加瀬信太の方を向いた。何か言いたそうだったが、声が出ないようだった。

「え、解毒薬を二人にあげてよ。可哀想だよ。お願い」と、羽加瀬信太が言うと、「許してあげるってこと?」とちょっと意地悪そうな笑みを浮かべて空木カンナは聞き返した。「うん、もちろんだよ。はやく酒見君と一ノ瀬君に解毒薬を塗ってあげて。」

「良かったね、二人とも。許してもらえて」と言いながら、空木カンナは自分のポーチから今朝出したプラスチックケースを出した。それを見てすぐに、酒見正と一ノ瀬さとしは手のひらを上にして両手とも空木カンナに差し出した。

空木カンナがプラスチックの入れ物から透明のドロッとした液体を二人の両方の手のひらにたらすと、酒見正も一ノ瀬さとしも急いでその液体を両手に塗り込んだ。二人とも涙を流していた。

両手のすみずみまで『解毒薬』をぬりこんだあと、ようやく少し落ち着いた二人は、ふぅっと軽くため息をついてから、羽加瀬信太の方を見て「羽加瀬、これまで悪かった。許してくれてありがとう」と素直な口調でそう伝えた。

逆に羽加瀬信太は何て答えたらいいかわらかない様子で、「え、え、いいよ、そんな。解毒薬がもらえてよかったよ。おめでとう?」とよくわからない受け答えをしていた。

すると今度は、「じゃあ、もういいでしょ。はやく帰ったらどう?これからは羽加瀬君にちょっかい出さないでよね。あと、ちゃんと漫画は返しておくんだよ」と真中しずえが、酒見正と一ノ瀬さとしに向かって、相変わらずの喧嘩腰でそう言った。

田中洋一は、『またケンカになるかも』と心配したが、意外にも二人とも素直に「わかった、これから帰るよ。漫画も返す。先生にもきちんと謝る」と返事をした。

「あ、先生には言わなくてもいいと思うよ」と、空木カンナが会話に入ってきた。「え?」と酒見正が聞き返すと、「池田先生、この問題になーんにも気づいてなかったみたいだから、わざわざ教えてなくてもいいよ。教えちゃったら逆に面倒なことになると思うよ」と返事をしてきた。そして、「君はどう思う、沢木君?」と沢木キョウに意見を求めた。

「僕も空木さんの意見に賛成かな。この問題はこれで解決だし、大人を巻き込まなくてもいいと思うよ。」
 「でしょ。私もそう思う。」
 「あ、それと、空木さんの持ってた『薬』についても内緒にした方がいいかな。話がややこしくなるし。」
 「たしかに。」

そして、「どうかな、お二人さん?」と酒見正と一ノ瀬さとしの方を向いて空木カンナが聞いてきた。

「わかった。言う通りにする。」
 「ん、よかった。ありがと。」
 「じゃあ、俺たちは帰る。漫画は明日家から持ってきて、誰にも見つからないようにこっそりと図書館に戻す。それでいいか?」
 「それでいいと思うよ。あ、あと・・・」
 「わかってる。お前の持ってる『薬』については何も言わない。」
 「それと?」
 「羽加瀬にはもうちょっかいは出さない。」
 「うん、完璧。じゃあまた明日。」
 「わかった。田中の手品、邪魔して悪かったな。」

二人が教室から出たあと、田中洋一は「これで一件落着?」とみんなに聞いた。「そうだと思うよ」と沢木キョウが答える。

「みんなありがとう」と羽加瀬信太が言うと、空木カンナが「あの二人にきちんとノーを言えた君も偉いと思うよ。がんばったね」と羽加瀬信太に話しかけたので、羽加瀬信太は少し照れているような表情になった。

「でもカンナ」と真中しずえが話し始める。「あんた、あんな危険な『毒』を持ってるの?それってよくないんじゃない?」と少し責める口調で空木カンナに聞いてきた。すると、空木カンナの代わりに沢木キョウが口を開いた。

「それ、全部ウソだと思うよ。」
 「ウソ?」
 「うん。そんな『毒』なんてないと思うな。それに、『解毒薬』って言ってたドロッとした透明の液体はハンドサニタイザーみたいなものじゃないかと思うんだけど。」
 「ハンドサニタイザー?」
 「除菌するための消毒薬みたいなもんだよ。」

「正解!」と、ちょっと嬉しそうに空木カンナが二人の会話に割ってはいる。

「あの液体がハンドサニタイザーだってよくわかったね、沢木君。」
 「アメリカにいるとき、ときどき使ってたからね。冬場になるとインフルエンザが流行するから、その時期にはいつも持ち歩いていたんだ。」
 「そうなんだ。でも、そんな『毒』はないってどういうこと?」
 「いやー、そんな危険なものはないよね、常識的に考えて。」
 「常識的に考えて?」
 「うん。だって危なすぎるよね、そんな物質。」
 「あれ?沢木君らしくないな。たしかに、私はそんな『毒』は持ってなかったけど、遺伝子にくっつく試薬はいっぱいあって、そういう試薬は本当に発がん性があるんだよ。それに、TATタンパク質は細胞の膜を通過して細胞内に入っていくってことも、もう知られてるんだ。だから、細胞の中に入りやすいように工夫した発がん性のある『毒』ってのは理論上は作れるのよ。」

「えー、カンナって何でそんなこと知ってるの?」と、今度は真中しずえが会話に入ってくる。

「去年の夏休みに大学の研究室に一緒に見学に行ったでしょ?そのときに、TATタンパク質とか、そういう話をちょっと聞いたじゃない。だから、あの後ちょっと勉強したの。」
 「え、そうだっけ?」
 「もう、しずえちゃんったら忘れっぽいんだから。」
 「えー、カンナがすごすぎるのよ。でも、科学って面白いね。」
 「そうよ。科学が発展すれば何だってできるようになると思うな。」
 「じゃあ、これからもみんなで科学探偵クラブを盛り上げていこうね。偶然にも、今ここに科学探偵クラブのみんなも揃ってるし!」
 「相葉さんは・・・?」
 「あ・・・」

・・・そのとき、旧校舎の図書室でアガサクリスティの『そして誰もいなくなった』を読んでいた相葉由紀は、なぜだかしらないけど突然クシャミが出た。

(「第三章:仲間」おわり)

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